白の魔法使いが客人や皇太子たちを移した場所は、ロムド国王の執務室でした。王は、護衛の兵に守られながら、一人で机に向かっていましたが、そこにいきなり数人の男女が現れたので、驚いて立ち上がりました。
深緑の魔法使いは王の机の前に立つと、杖をかざしてどなりました。
「何故こんな場所へ来たんじゃ、白!? その連中の正体は見えておるはずじゃぞ! 闇のものに陛下を襲わせるつもりか!?」
長い樫の杖が、客人の青年と女性へ魔法を撃ち出しました。青年の肩で鷹が羽ばたき、二匹の小猿が悲鳴を上げて女性のドレスにしがみつきます。
ところが、白の魔法使いの魔法がそれを跳ね返しました。深緑の光と白い光が、砕けて火の粉のように飛び散ります。
「待てと言っているのだ、深緑――! 落ち着いて話を聞かないか! 陛下の御前なのだぞ!」
と白の魔法使いが叱ると、深緑の魔法使いはいっそう逆上しました。
「何を馬鹿なことを言っておる! 見んか! これがそいつらの正体じゃぞ――!」
老人が鋭く光る目で見据えたとたん、客人たちの姿が変わっていきました。美しい青年と女性の頭に角が現れ、指の爪が伸び、瞳は血の色に変わります。白かった服も黒一色になり、さらに、青年の背中には黒い翼までが現れます。
「ままま、まずいゾ!」
「ままま、魔法が解けちゃうヨ!」
と二匹の小猿がいきなり人間のことばを話し出しました。いつの間にか、猿から小さな怪物に変わっています。目玉の大きなゴブリンです。黒い鷹も、ふくれあがるように大きくなって、怪物に変わっていました。こちらは体の前半分がワシ、後ろ半分がライオンの、黒いグリフィンです。あっという間に、王の執務室がグリフィンでいっぱいになってしまいます。
「見たか! こいつらは闇の民と闇の怪物どもじゃ! 闇のものを城に引き入れるとは言語道断! さっさと消滅させるんじゃ!」
深緑の魔法使いがまた杖を振り上げました。闇の青年が女性と怪物をかばうように手を広げ、白の魔法使いは防御魔法を繰り出しました。深緑と白の魔法がまた激突して、光の火の粉を散らします。
すると、そこへ青い長衣の大男が現れました。リーンズ宰相も一緒です。
「まあ、待ちなさい、深緑。彼らならば大丈夫なんですよ」
と青の魔法使いが言って、深緑の魔法使いを後ろから捕まえました。太い腕に杖ごと抱え込まれて、老人はじたばたしました。放せ、青、放さんか! とわめきますが、抜け出すことはできません。
「まったく……。さっきから落ち着けと言っているのに。王の執務室で魔法合戦など、とんでもない失態だぞ」
と白い女神官は頭痛でもするように頭を抑え、急いでロムド王と皇太子へひざまずきました。
「深緑が早合点をして、大変申し訳ございませんでした、陛下、殿下。この失態は長である私の責任です。いかなるお叱りもお引き受けいたしますので、なにとぞ深緑にはおとがめございませんように。深緑は、彼らを知らなかったのです」
ロムド王は、いきなりの事態に驚いていましたが、白の魔法使いのことばを聞くと、苦笑いしながら皇太子を見ました。
「そなたが連れてきた客人は、思いも寄らぬ者たちだったようだな、オリバン。察するに、彼らは金の石の勇者殿の友人たちであろう。闇のグリフィンがいると聞いたことがある。これほど重要なことをあらかじめ連絡しておかなかった、そなたの落ち度だぞ」
父王に叱られて、皇太子は大きな体を小さくして詫びました。セシルがそれを弁護します。
「陛下、オリバンは彼らの正体が万が一にも外部に洩れることがあってはならないと、ここに来るまでずっと彼らのことを極秘にしてきたのです。エスタ国王も、彼らの秘密を守るために、魔法の馬車を貸してくださいました」
「勇者殿の友人じゃと?」
と深緑の魔法使いは驚いて抵抗をやめました。青の魔法使いは腕を緩めると、肩をすくめました。
「話して聞かせたでしょう。その若者がキースなんですよ。我々が神の都ミコンで出会ったときには、人間に化けて、聖騎士団の一員になっていましたがね。勇者殿たちだけでなく、白や私のこともずいぶん助けてくれました」
「そちらにいるのはアリアンとグーリーだ。これも勇者殿たちからずいぶん話に聞かされていた。本当に、思いがけない客人たちだ」
と白の魔法使いも言うと、闇の青年は照れたように頬をかきました。
「お久しぶり……。こんな恐ろしい姿を見せてしまって、お恥ずかしい限りです。できるだけミコンの時に近い恰好で再会しようと思っていたんですが」
「それは深緑のしたことだ。あなたが気にすることはない。また逢えて、私も青も本当に嬉しい」
と女神官が答えると、青年たちの姿がまた元に戻りました。青年は白い服に青いマントの聖騎士団の恰好に、女性は白いドレスの人間の娘に、二匹のゴブリンは赤毛の小猿に、グリフィンは黒い鷹に変わって宙に舞い上がります。真実を見抜く老人の魔法が切れたのです。
その時、執務室にもう一人の人物が現れました。つややかな黒い肌と縮れた黒髪に、猫のような瞳をした、赤い長衣の小男です。ロムド王を守って立っている警備兵へ、細いハシバミの杖を向けて呪文を唱えます。
「レロ」
とたんに、武器を手に身構えていた兵士たちが武器を収め、生真面目な表情になって王へ敬礼しました。
「承知いたしました、陛下。我々は部屋の外で見張っております」
と一列になって執務室から出て行ってしまいます。人間の姿に戻った青年たちには、もう目も向けません。
驚いている青年たちに、白の魔法使いが言いました。
「兵士たちに、あなたたちの正体を忘れる魔法をかけたのだ……。今到着したのは赤の魔法使い。これで、ロムド城の四大魔法使いが全員揃った」
「いや、今いる重臣全員がここに揃っております」
とリーンズ宰相が口をはさみました。客人が闇の民の姿になったり、また人間に戻ったりしたことに、内心は驚いていたのかもしれませんが、まったく顔には出しません。
「重臣が全員? ワルラ将軍は南部の視察中だが、ユギルやゴーラントス卿はどうしたのだ。私たちがエスタから戻るより先に、フルートの故郷のシルから帰っているはずだったではないか」
とオリバンが聞き返すと、青の魔法使いが答えました。
「ゴーラントス卿の令嬢が長旅の疲れで熱を出されたので、占者殿たちはまだシルに足止めされているのです。占者殿がいらっしゃらないので、我々もいつも以上に神経質になっていたようですな」
とさりげなく仲間の老人を弁護します。
ロムド王が笑いました。
「良い。四大魔法使いがいつも職務に忠実でいるおかげで、この城と国は安泰であるのだからな。この場にいない者もあるが、とりあえず、自己紹介といこう。わしが、この国の王のロムド十四世だ。いきさつはまだわからぬが、オリバンが友人として連れ帰ったのであれば、貴殿たちは我が城の客人だ。自分の家のようにくつろがれるように」
急伸中の大国の王でありながら、ざっくばらんな親しさでそう言います。
闇の青年は目を丸くすると、もう一人の青年へ言いました。
「君の言っていた通りだな、オリバン……。国王陛下はぼくたちを気にせず受け入れてくれるだろう、と聞かされても、正直半信半疑でいたんだ。人間や動物の姿でいれば、なんとかなるだろうか、と考えていたんだけれど、闇の姿をもろに見せても、それでも信じていただけるなんてね。さすがはフルートが仕える王だ」
すると、オリバンは大真面目で答えました。
「父上はフルートの主君ではない。金の石の勇者は誰の家来でもないのだからな。フルートが初めてこの城へやってきたとき、あいつはまだたった十一才だった。荒野の田舎町から出てきた子どもを、父上は金の石の勇者と信用して送りだしたのだ。父上の懐の広さには、誰もが感心する」
「私もロムドと戦った敵国の王女だったのに、こうして未来の皇太子妃としてロムド城に受け入れてもらっている」
とセシルも言います。
ロムド王はまた声を上げて笑いました。
「はてさて、息子たちにほめられるというのは、なんとも面映ゆい気持ちがするものだな……。さて、こんなところで立ち話もなんだ。隣の部屋に移動して、ゆっくり客人たちの話を聞かせてもらおうか」
王の呼びかけで、全員は執務室の隣室へ移動しました。丸いテーブルと椅子があり、いつでも茶が飲めるように支度がされています。
赤毛の猿に変身しているゾとヨが、頭を寄せ合って言いました。
「この王様も、フルートたちと同じ感じがするゾ。すごく暖かいゾ」
「頼りになる感じもするヨ。この王様もオレたちのトモダチなのかヨ?」
すぐ前を歩いていたキースが、あわててたしなめました。
「こら、ゾ、ヨ。陛下に失礼なことを言うんじゃない」
すると、話を聞きつけたロムド王が言いました。
「それはそなたたち次第だな、ゴブリンたち。わしはロムドの王だから、ロムドの国と民に害をなす者は許さんが、ロムドを助けてくれる者は大歓迎する。そなたたちがロムドの友となれるかどうかは、そなたたち自身の行動が決めることだ」
とたんに、二匹の小猿は、くりっと大きな目を回しました。
「やっぱりフルートたちと同じことを言うゾ! だから、オレたち、闇の国を飛び出してきたんだゾ!」
「オレたち、ロムドの王様の役に立つヨ! そして、絶対に王様のトモダチになるヨ!」
口々に言って、その場で宙返りします。
「それは頼もしい。勇者殿たちは、またすばらしい友を見つけてきてくれたのかもしれぬな」
とロムド王は穏やかに笑いました――。