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外伝15「光を守る闇」

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1.客人

 ロムド城の四隅に建つ高い塔は、守りの塔と呼ばれていました。見張りの兵士や魔法軍団と呼ばれる魔法使いが交代で詰めていて、休むことなく周囲へにらみをきかせています。

 その南の塔の最上階に、白い長衣を着た細身の女性がいました。淡い金髪を後ろでひとつに束ねて金の髪飾りで留め、胸にはユリスナイの象徴を下げています。女神官で魔法軍団の長の、白の魔法使いでした。すんなりしたトネリコの杖を手に、城の内外へ目を配っています。

 八月に入ってからずっと、王都ディーラでは好天が続いていました。青空の下で、城下町のオレンジ色の屋根が明るく輝いています。

 

 そこへ、都の入口を守る魔法使いから、心話の連絡が入りました。

「皇太子殿下とセシル様がエスタ国からお戻りになりました。ただいま馬車で東の大門を通過中です」

「そうか」

 と白の魔法使いは答えました。皇太子のオリバンと未来の皇太子妃のセシルが、隣国エスタを表敬訪問して、四週間ぶりに王都ディーラに戻ってきたのです。予定通りの帰還でした。城で待つ人々にも皇太子の到着を伝えるように、と部下に指示します。

 ところが、門を守る魔法使いはとまどうように言いました。

「皇太子殿下の馬車は通過したのですが――その後ろに、もう一台馬車が続いております。エスタ国の紋章が入った立派な馬車なのですが。どなたの馬車でしょう」

 ああ、と白の魔法使いはうなずきました。

「それについては、先に国境の関所から連絡が入っている。皇太子殿下はエスタ国から友人をお連れになったのだ。大切な客人だから丁重に出迎えるように、と殿下からも伝言が入っている。お通ししろ」

 女性なのに、男のような口調で話す白の魔法使いです。了解、と見張りの魔法使いが答えて、報告を終えます。

 

 すると、北の塔から深緑の魔法使いが話しかけてきました。

「エスタからの大切な客とは、誰じゃろうの? あの国に、殿下が友人と呼ぶような人物がおったじゃろうか?」

 やはり心話を使っているですが、白の魔法使いにはその姿まではっきり見ることができました。深緑色の長衣を着た、目つきの鋭い老人で、自分の身長よりも長い樫(かし)の杖を握っています。白の魔法使いと一緒にエスタ城を守っている、四大魔法使いの一人です。

「ノームのピラン殿ではないかな。エスタ王のお抱え鍛冶屋の。皇太子殿下がエスタ城を訪問したので、またこちらの様子を見に来たくなったのではないだろうか」

 と白の魔法使いは答えて、同じ部屋の中に設置された護具を眺めました。先端に丸い玉がついた金属の棒で、絶大な魔力でロムド城を守っています。この護具を強化したのが、エスタ城の鍛冶屋の長のピランでした。自分が手がけた道具をとても大切にする人物なので、確認のためにやってくるというのは、おおいに考えられます。

 ところが、短い沈黙の後、深緑の魔法使いはいぶかしそうな顔になりました。

「妙じゃな。殿下の馬車の中は見通せるのに、エスタ国の馬車の中は見ることができんぞ」

 深緑の魔法使いは、あらゆるものの真実の姿を見極める、魔法の目を持っています。その強力な目で見通すことができないというのは、普通のことではありませんでした。

「またピラン殿の道具か? 魔法の目をさえぎる道具でも開発されたのだろうか?」

 と白の魔法使いが首をひねると、深緑の魔法使いは腹を立てました。

「なんのためにそんなものが必要になるんじゃ!? むしろ危険じゃろうが!」

 城と都の大門を結ぶ通りの彼方に、皇太子の馬車が見え始めていました。白い馬車の後ろに、黒塗りの立派な馬車が続いています。確かに、白の魔法使いの力でも、黒い馬車の内側は見ることができません。

「誰が乗っているのだろう?」

 魔法使いたちは密かに警戒しながら、近づいてくる馬車を見守りました――。

 

 

 馬に乗った警備隊に続いて、二台の馬車がロムド城の正面に停まりました。ロムド国の紋章が入った白い馬車と、エスタ国の紋章が入った黒い馬車です。皇太子の帰還の知らせに、城の家臣や居合わせた貴族たちがいっせいに入口の両脇に並びます。

 真っ先に白い馬車から降りてきたのは、皇太子のオリバンでした。立派な体格の青年で、誰もがほれぼれとするような美丈夫です。入口のポーチに下り立つと、すぐに振り向いて馬車へ手を差し出します。その手を取って降りてきたのは、オリバンの婚約者のセシルでした。長い金髪に長身の、これまた非常に美しい女性でしたが、白いシャツに青いズボンの男の恰好をしています。オリバンもそうですが、彼女も腰に剣を下げています。

 けれども、出迎える人々は当然のことのように、二人へお辞儀をしました。未来の皇太子妃の男装は、最初のうちこそ、頭の堅い城の人々から驚かれましたが、今では誰もがすっかり慣れっこになってしまったのです。

 オリバンとセシルは、出迎えの家臣たちにうなずいてから、もう一台の馬車を振り向きました。

「到着した。降りて良いぞ」

 とオリバンが呼びかけます。あわてて家来が黒い馬車の扉を開けようとすると、それより早く内側から扉が開いて、一人の人物が降りてきました。白い服に青いマントをはおった青年で、腰にはやはり剣を下げ、長い黒髪を後ろで束ねています。青年がとても整った顔をしていたので、人々の間から感嘆の声があがりました。若い貴婦人たちが思わず胸をときめかせます。

 すると、青年も馬車を振り向いて手を差し出しました。オリバン同様、連れがいたのです。青年に手を取られて馬車から降りてきた若い女性に、人々は驚きのあまり絶句しました。皇太子たちや青年も美しかったのですが、こちらの女性は、この世のものとも思えないほど美しい容姿をしていたのです。青年の服と同じ色のドレスを着て、青い帯を締めていますが、流れるような黒髪と、伏し目がちで遠慮深そうな様子が、彼女の美しさをいっそう際だたせています。

 続けて、馬車の中から三つの生き物が飛び出してきました。黒い羽根の鷹(たか)が一羽と、どこからどこまでそっくりな赤毛の小猿が二匹です。鷹は青年の肩に舞い下り、小猿はちょろちょろ走って女性のドレスの裾につかまります。

 

 出迎えに出ていた宰相のリーンズが、オリバンへ言いました。

「お帰りなさいませ、殿下。こちらがエスタからのお客さまでございますか。どちらの方々でございましょうか?」

 いつも落ちつきはらっている宰相ですが、さすがにこの客人たちには驚きを隠せずにいました。その後ろの人々に至っては、ざわめきながら、身を乗り出して注目しています。皇太子がこの場にいなければ、我先に殺到して客を取り囲んでいたかもしれません。

 オリバンが答えました。

「こちらはエスタ国の王妃の遠縁に当たる方たちだ。ランダトルクの貴族だが、エスタ城で偶然一緒になって意気投合したので、我が国に招待した。当分、城に滞在してもらう予定だ」

 居並ぶ人々がまたどよめきました。客がロムド城に長期滞在するとわかって喜んだのです。青年が笑顔でそちらへ一礼すると、女性たちがいっせいに黄色い声を上げます。

 

 ところが、宰相が客に挨拶しようとすると、そのの前にいきなり老人が現れました。手にした杖でどん、と地面を突いてどなります。

「おまえたちを城に入れるわけにはいかん!! 下がれ!!」

 深緑の魔法使いでした。白い眉の下から射抜くような目で二人の客をにらみつけています。その激しさに人々は仰天しました。魔法使いは、敵に対する態度で客に接しています。

 すると、次の瞬間には白い長衣を着た女性が現れました。白の魔法使いです。深緑の魔法使いと客の間に割って入るように立って言います。

「待てと言っているのだ、深緑! 話を聞け!」

「いいや、聞けんぞ、白! 術にでもかかっとるのか!? ここにいるこの連中は――!」

「深緑!!」

 今度は白の魔法使いが自分の杖で地面を突きました。とたんに、白の魔法使いも深緑の魔法使いも、オリバンもセシルも、二人の客人も、鷹や小猿も、かき消すように姿が見えなくなります。

 人々がいっそう驚いて混乱していると、入れ替わりのように青い長衣の大男が現れました。武僧の証であるカイタ神の象徴を下げ、こぶだらけのクルミの杖を握った、青の魔法使いでした。リーンズ宰相と人々に頭を下げて言います。

「これはこれは、大変失礼をいたしました。実は、あの美しい客人方をこのままお通ししては城中が大騒ぎになる、と深緑が心配しましてな。少々手荒でしたが、魔法で一足飛びにご案内したのです。皆様方を驚かせて、まこと申し訳ありませんでした」

 青の魔法使いの説明に、人々は、本当にそういうことだったのだろうか? と首をかしげました。どうも、そんな友好的な状況には見えなかったのですが、見上げるような魔法使いが平然と言い切っているので、誰も反論できません。ただ、リーンズ宰相だけは、意味ありげに青の魔法使いを見て言いました。

「宰相の私がお客さまに後れを取ってはなりません。私も送っていただきましょうか、青の魔法使い殿」

 五十年近くも王に仕えてきた老宰相は、エスタからの客人たちに何かあると、すぐに確信したのです。

 青の魔法使いがうなずいて杖を振ると、宰相と魔法使いの姿も消え、後には意味がわからなくてとまどう人々だけが残されました――。

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