おとぎ話? と驚いた竜子帝やフルートやゼンに、歴史学者のコウが話し始めました。
「『コウモリ』という題名でよく知られている物語でございます。一般には、このように語られます――。昔、国中の鳥と獣がささいなことから対立して戦争を始めた。鳥の陣営が優勢の間、コウモリは『私は羽を持つから鳥の味方だ』と言っていたが、やがて獣の陣営が優勢になると、『私は毛の生えた体を持つから獣の仲間だ』と寝返った。やがて戦いは鳥と獣の引き分けで終結したが、どちらの陣営にも良い顔を見せたコウモリは、どちらからも信用されなくなり、以来、夜の中をこっそり飛び回るようになった――というものです」
「その話ならば、朕も知っている。子どもの時分にリンメイの母からよく聞かされた。コウモリのように八方美人にならずに、自分の立場をきちんと定めよ、という教訓話だ」
と竜子帝が言いました。その話のどこが過去の史実なのだ、と考えているのが、はっきりとわかります。
すると、学者は静かに続けました。
「これは形を変えられた物語でございます、帝。本来の筋は違っておりました。そもそもは、このような物語だったのです――。昔々、コウモリが世界中の獣を相手に戦いを起こした。その時、コウモリは竜を味方に引き入れようとしてこう言った。『おまえは我々と同じように空を飛ぶのだから、我々の仲間だ。我々の陣に加われ』すると、竜が答えて言った。『我ら竜は日の光の中を飛ぶもの。夜の闇を飛ぶコウモリの仲間にはなれない』竜は獣の陣営に加わってコウモリと激しく戦い、その宝を奪って隠してしまった。そのため、コウモリは敗れ、小さな姿になって、他の生き物の目につかないように夜の中を飛び回るようになった……」
「かなり違うな。戦ったのはコウモリと獣なのか。しかも、間に立つのが竜とは――」
と驚く竜子帝の隣で、フルートが考える顔になりました。
「世界中を相手に戦いを起こしたコウモリ……光と闇ってことばも出てきている。しかも、元々コウモリはかなり大きかったような感じだ。なんだか似てるぞ、ゼン」
「ああ。そういや、あいつの翼はコウモリそっくりだもんな」
とゼンも真剣な顔でうなずきます。
ポチが口を開きました。
「ワン、北の大地の戦いの時、ロキや占いおばばが最初の光と闇の戦いのことを話してくれたけれど、あれもトジー族のおとぎ話みたいになって伝わっていたじゃないですか。光と闇の戦いは、書物に書き記すと、デビルドラゴンの魔法で消されてしまうけれど、こういう形でなら伝えることができたんですよ。このおとぎ話のコウモリは、きっとデビルドラゴンのことだと思います。獣と言われているのは、きっと光の戦士たちのことです」
「じゃあ、竜ってのはなんだ? デビルドラゴンだって竜だよな」
とゼンが言うと、竜子帝が即座に答えました。
「このユラサイのことだ。この国はしばしば竜に例えられるのだ」
「左様でございます、帝。ここにこのような絵巻もございます」
と歴史学者が机の上の巻物を広げて見せました。色鮮やかな緑の竜が、虎や鹿、馬、鳥などと一緒に、黒いコウモリと向き合う絵が描かれています。
リンメイが竜子帝に言いました。
「緑の竜とくれば、なおさら、このユラサイの象徴よ、キョン。これは間違いなく失われた記録なのよ」
なるほど、と竜子帝やフルートたちは絵巻を眺めました。そこに描かれているコウモリは、竜と匹敵するくらい巨大な姿をしています――。
学者が話し続けました。
「二千年前、闇が西から攻めてきたとき、ユラサイは光と闇のどちらでもない中立的な立場にあったのだと思われます。その時コウモリは――」
「デビルドラゴンだよ」
とメールが訂正します。
「ああ、はい。そのデビルドラゴンは、時の王であった琥珀帝に協力を迫ったのですが、琥珀帝はそれを断って対立し、後からやって来た光の軍勢と手を結んだのです。ユラサイは闇に対して非常に大きな戦闘力を発揮したようです」
「ワン、ユラサイは光とも闇とも違う魔法が使える国ですからね。ポポロの光の魔法で術が防ぎきれなかったみたいに、闇の魔法を使う連中にも手強かったんだと思いますよ」
とポチが言います。
フルートはいっそう考え込みました。
「そうか、それでユラサイは、デビルドラゴンと再び戦うときまで、神竜によって守られることになったんだ……。だけど、おとぎ話の中で言っている、コウモリの宝っていうのはなんだろう? それを竜が奪ったから、コウモリは負けたんだろう? つまり、ユラサイが宝を奪ったから、デビルドラゴンは負けたってことだ。デビルドラゴンの宝っていうのは、いったい……?」
「残念ながら、そこまでは物語でも触れてはおりません」
と学者が言いました。
「このおとぎ話自体が、ごく限られた場所にしか残っていないのです。その場所には、決まって神竜の社殿があります。デビルドラゴンの術によっておとぎ話が変形させられるのを、神竜の加護が防いでいたのだと思われます」
ふぅ、と一同は溜息をつきました。二千年前の戦いが少しずつ見えてきた気がするのですが、肝心の部分はまだ深い霧の中です。
すると、竜子帝が言いました。
「逆に、神竜の加護を受けている場所になら手がかりは残っているとも言えるではないか。大社殿や王宮は特に神竜の加護が厚い。おまえたち学者もすでに調べているだろうが、改めて手がかりを探してみてはどうだ」
歴史学者はすぐに頭を下げました。
「は、そうさせていただければ……。なにぶん恐れ多い身分の方たちばかりなので、一介の学者である我々には、話を聞かせていただくことがなかなか難しゅうございました」
「よし、朕が命令して、王宮と社殿の人間全員に協力させてやる」
すると、リンメイも言いました。
「ねえ、キョン、竜仙郷にも行ってみるといいんじゃないかしら? あそこも神竜の加護が厚い場所よ。しかも占神がいるわ。私が竜仙郷まで飛んでもいいわよ」
さっそく打ち合わせを始めた三人に、勇者の少年少女たちは思わず笑顔になりました。手がかりはまだつかめなくても、そのために動いてくれる人々がいることを心強く感じます。
ポチは机の上に乗ったまま、おとぎ話の巻物をのぞき込んでいました。コウモリと竜と獣たちの絵をつくづく見ながら言います。
「ワン、こんなに長い巻物なのに、絵はこれひとつしかないんですね。続きの場面が描いてあればいいのに」
「そうだね。そうすれば、コウモリの宝が何なのかわかったかもしれないんだけど」
と言いながら、フルートも改めて絵巻を眺めました。絵の先は白紙になっていましたが、念のため続きの部分も見てみようと、巻物を先へ広げます。
その時、フルートの胸で魔石がきらりと光りました。――フルートはペンダントを鎧の外に出していたのです。灰色の石ころのようだった石が、みるみる色と輝きを取り戻して金色に変わります。
「フルート!」
とポポロが声を上げた瞬間、魔石が光を放ちました。金の光で巻物を照らします。
とたんにフルートやポチも息を呑みました。それまで何も書いていなかった巻物の空白に、黒々とした文字が浮かび上がってきたからです。何行にも渡って書き連ねられています。
「文章だ!」
とフルートは叫ぶと、あわてて巻物を広げました――。