外伝14「おとぎ話」

４．手がかり

　フルートが広げる巻物を、金の石は照らし続けていました。

　何も書かれていなかった白紙の部分に金の光が当たると、まるであぶり出しのように、次々と文章が現れてきます。筆で書かれた黒い文字です。

　飛びつくようにそれをのぞき込んだゼンたちが声を上げました。

「全然読めねえぞ！」

「ユラサイ文字だよ――！」

「竜子帝！　リンメイ！」

　とフルートがユラサイ人の友人たちを呼びます。

　

　とたんに、キャン！　とポチが飛び上がりました。巻物がいきなり火を吹いたのです。端のほうからめらめらと燃え出します。

　ルルが叫びました。

「闇の魔法よ！　ポポロ、消して！」

「ロエキ！」

　ポポロが巻物に手を突きつけて呪文を唱えます。

　ところが火は消えませんでした。ますます大きくなって、巻物全体に燃え広がっていきます。フルートがあわてて炎を手でたたきましたが、やはり消えません。

　駆けつけてきた竜子帝たちが驚きの声を上げました。

「それは！？」

　燃える巻物の中で絵が変わっていました。獣の群れは鎧兜をつけた戦士やたくさんの生き物に、緑の竜は白い竜と青い服を着た男性に、コウモリは大きな黒いドラゴンになっていきます。ドラゴンの背に四枚の翼が現れます。

「神竜と琥珀帝が描かれている――！　これがユウライ戦記だ！！　早く火を消してくれ！！」

　と歴史学者が悲鳴のように叫びましたが、燃え広がっていく炎を止めることはできませんでした。机から床の上へ落ちて伸びた巻物が、みるみる火に包まれ、黒い燃えがらになっていきます――。

　

「だめだ。もう読めぬ……」

　と竜子帝が茫然として言いました。巻物は燃え尽きた後、燃えがらまで崩れて、跡形もなく消えてしまったのです。不思議なことに、巻物が載っていた机や床に焼け焦げた痕はありませんでした。重なるように広げてあった他の巻物にも、火は燃え移っていません。

「魔法の火だったのよ。この世から光と闇の戦いの記録を消すための……。デビルドラゴンの魔法だわ……」

　とポポロが震えながら言って、大粒の涙をこぼします。

「なんということ！　なんということだ――！！」

　歴史学者は大声を上げて座り込みました。彼らが追い求めていた歴史の真実が、目の前に現れて燃え尽きていったのです。あまり突然のことだったので、それを読む暇さえありませんでした。

　どん！　とフルートは拳を机にたたきつけました。そこに戦いの絵巻物はもうありません――。

　

　すると、机から飛び下りていたポチが、床を見つめながら話し出しました。

「金の石の勇者が世界から失われた後、我らは光の名の下に再び集結し、闇の竜と対決した。かの竜が己の宝に力を分け与えたので、我らはそれを奪い、竜の王が暗き大地の奥へと封印した。宝を取り戻さんとしたかの竜は捕らえられ、世界の最果てに幽閉された。これは、全世界と我らの存在を賭けた、闇の竜との戦いの顛末（てんまつ）である……」

　一同は仰天しました。ポチは、まるでそこに書物があるように、すらすらとそれだけのことを語ったのです。

「ポチ、それは……？」

　とフルートが尋ねると、小犬は顔を上げて言いました。

「ワン、今の巻物の前書きです。燃えてしまう前に、なんとかここまでは読めました」

「前書きだと！？」

「ポチ、あんた、ユラサイ文字が読めたのかい！？」

　仲間たちがまた驚く中、リンメイが言いました。

「私が教えたのよ。ポチがキョンになっていた間に――」

　フルートは思わず自分の両肩を抱きました。全身に総毛立つような戦慄が走ったからです。気がつかないうちに、ことばが口をついて出ます。

「手がかりだ……デビルドラゴンを倒すための……。とうとう見つかった……」

　

「金の石の勇者が巻物を開いたときに文面が現れる魔法がかけられていたのね。だけど――」

　とルルが言って、困惑したように口ごもりました。戦記の前書きはあまりにも簡略で、具体的にどんなことを意味しているのか、よくわかりません。

　すると、フルートは言いました。

「デビルドラゴンが去っていくときに、言い残していったことがあるんだ。間もなく我は力を手に入れる。約束の時が来れば、世界は我がものになる、って――。デビルドラゴンは宝に自分の力を分け与えていた、と戦記は言ってる。その宝が、奴を倒すための鍵なんだ！」

　興奮して、自然と声が大きくなります。

「でもよぉ、デビルドラゴンの宝ってなんだ？」

「光の軍勢は宝をどこにやったってわけ？」

　ゼンとメールが口々に言うので、ポチが答えました。

「暗き大地の奥ですよ。竜の王、つまり、神竜がそこに宝を封印したんだ」

　暗き大地の奥……と一同は繰り返し、顔を見合わせました。竜子帝が全員の想いを代表して言います。

「それはいったいどこのことだ？」

　

　書院の奥の間は沈黙になりました。誰もが考え込んでしまいます。

　やがて、また口を開いたのはポチでした。

「暗い大地の奥……暗いのは闇……大地の奥は地底……闇の地底……地底にある闇……」

　連想するようにことばを連ねていきます。

　とたんに、フルートたちは、はっとしました。ひとつの場所に思い当たったのです。少女たちがとまどい、ゼンが渋い顔で頭をかきむしります。

「ったく。行かなくちゃならねえのか？　マジかよ？」

「行くさ。そこに奴を倒す方法があるなら、どこへだってぼくらは行く」

　とフルートがきっぱりと答えます。

　竜子帝やリンメイや歴史学者は意味がわからなくなって、目を丸くしました。

「そなたたちはどこのことを言っているのだ？」

　と竜子帝に聞かれて、フルートは答えました。

「地底にある闇の世界のことさ――闇の国だよ」

　口調は穏やかでも、ことばは重く響きます。

　勇者の少年少女と犬たちは、互いの目を見交わすと、静かにうなずき合いました。闇の民が住み、闇の怪物がひしめく闇の国――次はそこへ行くと決めたのです。

　

　書院の外で、名もわからない鳥が、予兆のようにキィーッと鋭い鳴き声を上げていました。