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外伝14「おとぎ話」

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2.書院

 書院と呼ばれる建物は、広大な王宮の一角に建っていました。大量の書物を保存したり、複製や修復をしたりするための場所です。フルートとゼンと竜子帝が足を踏み入れると、紙とにかわの匂いが、ぷんと鼻をつきます。

 書院の入口の広間ではメールがいらいらしながら待っていました。フルートを見ると飛びついて、ぐいぐい奥へ引っぱっていきます。

「早く! 早くおいでよ! すごいことがわかってきてるんだからさ!」

「す――すごいことって?」

 フルートは面食らって尋ねました。その後を追いかけながらゼンも尋ねます。

「おまえら、ここで何をしてたんだよ? ポチやルルもいるのか?」

「リンメイもいるよ。ポチがユラサイの歴史をもっと詳しく知りたいって言い出してさ、リンメイに頼んでここに連れてきてもらったんだ」

「リンメイが?」

 と竜子帝も驚きます。

 

 その一同は書院の奥の部屋にいました。巻物を何本も広げた大きな机に向かってポポロとリンメイが座り、ルルも別の椅子の上に腰を下ろしています。ポチは机に上がり込んで、巻物を眺めていました。

 同じ部屋にはもう一人、フルートたちの知らない人物がいました。緑の衣を着た年配の男性です。長いあごひげをしているので、フルートたちへ頭を下げると、ひげの先が床につきそうになります。

「そなたは学者の――」

 と竜子帝が言うと、男性はまた深々と頭を下げました。

「歴史学者のコウでございます、帝。リンメイ様のご命令で勇者の皆様方にユウライ砦(さい)の話をお聞かせしておりました」

 ユウライ砦? と少年たちがまた聞き返します。

 すると、ポチが言いました。

「ワン、そこが光と闇の戦いの戦場になった場所なんですよ。歴史書にはあまり詳しく書かれてなかったから、学者さんに聞けばもっとわかるんじゃないかと思って、リンメイに頼んだんです」

「そういえば、占神もそんな話をしていたね――。二千年前に、西から攻めてきた闇の軍勢をユウライ砦で防いだって。ユウライ砦は、ぼくらのことばで言えばユリスナイ砦になる、とも教えられたよ」

 とフルートが答えます。

 歴史学者のコウがうなずき返しました。

「左様、それはユラサイの二千年の歴史の中でも、昔から学者たちの大きな関心を集めてきた部分です。この国の開闢(かいびゃく)となる戦いであり、しかも異国の神の名にちなんだ国名になったにも関わらず、かの戦いに関する記述は非常に少ない。この時にどのような出来事があったのか、どのようにしてこの国は始まったのか、その謎を解き明かすために我々歴史学者は研究組織を作り、幾星霜(いくせいそう)にわたって研鑽を重ねて――」

 

「ちょっと待て、おっさん!」

 とゼンがいきなり話をさえぎりました。おっさん呼ばわりされた学者が、目を白黒させて絶句します。

「話が難しすぎらぁ。こちとらフルートやポチみたいに頭は良くねえんだからな。簡単に話せ、簡単に」

「朕も同感だ。学者たちの話は難しすぎてついていけぬ」

 と竜子帝も賛同すると、リンメイがあきれたように言いました。

「ほんとにしょうがないわね、キョンは。皇帝なんだから、もうちょっと国の歴史に興味を持ちなさいよ」

 婚約者から叱られて、竜子帝が憮然とします。

 

「ワン、つまり、こういうことだと思うんです」

 とポチが机の上に乗ったまま、また話し出しました。

「二千年前、このユラサイまで攻めてきた闇の軍勢は、光の軍勢とユラサイの連合軍に敗れた。闇の軍勢の総大将だったデビルドラゴンは、自分を倒した方法が記録に残っていると、次に世界に復活してきたときに、またやられると思って、歴史の記録の中から、光と闇の戦いに関することを消してしまったんじゃないかな、って――」

「戦いに関することを消した? どうやって? デビルドラゴンはもう倒されていたのだろう?」

 と竜子帝が聞き返したので、フルートが答えました。

「デビルドラゴンを殺すことはできないよ。だから、光の軍勢は奴を捕まえて、世界の最果てに幽閉したんだ。あいつはそこから力を伸ばして、魔法で戦いの記録を消したんだよ……。記録はどこにも何も残っていないんですか? まったく?」

 とフルートに尋ねられて、歴史学者が答えました。

「史書には、ユウライ砦の攻防とユラサイの国名の由来が載っていますが、それ以外の書物にはまったくありません。いや、本当は、かつてユウライ戦記という書物が書かれたことはあるようなのです。ユウライ砦の攻防戦を書きとどめたものなのですが、そういう書が作られたという記述があるだけで、原本はどこにも残っておりません」

「消されたんだと思うわ。デビルドラゴンに……。特定のことばか文章があると発動するような魔法を、この世界にかけたのよ」

 とポポロが言います。

 

 ふぅむ、と竜子帝はうなりました。

「では、どうしようもないではないか。二千年も昔の戦いだ。記録が残っていなければ、我々がそれを知る手段はないぞ」

「いいえ、帝。それを知るために、我々は長年研究を続けたのでございます」

 と学者が答えました。

「真実を知りたいと熱望する気持ちは、不可能を可能にしていくものです。我々歴史学者は、失われた戦いの記録を探し求め続けました。自分の足で国中をくまなく歩き回り、各地から戦いに関すると思われるものを持ち帰って検討を重ねたのです。研究は先達(せんだつ)から後輩へ引き継がれて何百年にもわたり、今もなお続いております。この研究にたずさわった歴史学者の人数は、もはや数えることができません」

 フルートたちは思わずことばを失いました。気が遠くなるような時間と情熱をかけて真実を追い求める学者たちの姿に、圧倒されてしまったのです。

 竜子帝が言いました。

「そなたたちは実に立派だな。このようにすばらしい学者たちのいる国を、朕は誇りに思うぞ」

 難しい研究内容はわからなくても、学者たちの熱意には素直に感心したのです。

 すると、学者は深く頭を下げました。

「身に余るおことばです、帝。我々がこうして続けてこられたのも、ひとえに、歴代の皇帝陛下がご支援くださったおかげでございます」

 竜子帝はうなずきました。

「では、朕もそなたたちを応援しよう。この書院で研究をさらに深め、いつの日か必ず、失われたユラサイの歴史を復元するように」

 わがままでも本質はとても素直な竜子帝です。当然のことのようにそう命じたので、ゼンが、へっ、と笑い、歴史学者は感激してさらに深々と礼をしました。

「実にありがたいご命令でございます……。我々の研究はまだ完成しておりませんが、それでも、長い間に少しずつ明らかになってきたことがあります。それを帝や勇者の皆様へお知らせすることができるのも、幸せなことと思っております」

「では、何かわかったことがあるんですね!?」

 とフルートが身を乗り出しました。デビルドラゴンを倒す手がかりになるかもしれないと思うと、自然と声が踊ります。

「あたいたち、さっきからその話を聞かせてもらっていたんだよ」

「デビルドラゴンの魔法を逃れて残った記録があるんですって」

 とメールとルルが口々に言ったので、それは? と少年たちがさらに身を乗り出します。

 

 歴史学者は話し続けました。

「失われた戦いの記録は、書の中には残っておりませんでした。ですが、人が歴史を伝える手段は、なにも書物だけとは限りません。我々は人から人へ口伝えしていくものの中に史実が現存するのではないかと考え、事実、いくつか発見することができたのです。――それは、おとぎ話になって語り継がれておりました」

 意外なことを聞かされて、フルートたちは目を丸くしてしまいました。

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