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外伝14「おとぎ話」

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1.試合

 「貴殿が勇者なのか? ……本当に?」

 ユラサイの王宮の訓練場で、立派な防具姿の大男がとまどっていました。彼の前には、金の鎧兜を着て二本の剣を背負った少年が立っています。とても小柄なので、大男の彼と並ぶと、年端もいかない子どものようです。

 すると、彼らを囲むように立つ兵士の中から、皇帝が声をかけてきました。

「彼はまことに金の石の勇者だ。見た目に惑わされると敗れるぞ、ソウケン」

 皇帝と言っても、こちらも少年です。長身に青い服を着て、興味深そうに二人を眺めています。

 はぁ、とソウケンは答えましたが、やっぱりとまどいは隠せませんでした。こうして向き合っていても、金の石の勇者からは闘争心や覇気のようなものがまったく感じられないのです。兜からのぞいている顔も、まるで少女のような優しさでした。

 すると、勇者の少年が言いました。

「竜子帝が待ちかねているから始めましょう。ぼくのほうは魔法の武器は使いません。普通のロングソードでお相手しますから、安心して好きな武器を使ってください」

 その余裕の口調に、ソウケンは思わず、むっとしました。。

「好きな武器を? では、わしのほうでは魔法の武器を使っても良いのか?」

「剣を損ねるような魔法ですか?」

 と少年が聞き返します。

「いや。だが、貴殿自身が損なわれるかもしれんぞ」

 怖がらせるつもりで言ったのですが、少年はあっさりうなずきました。

「けっこうです。それから、ぼくのことはフルートでいいです。行きましょう」

 

 ソウケンは見物人と一緒に並ぶ部下から、愛用の武器を受けとりました。長剣ですが、鞘から抜くと、大きな波状になった刀身が現れます。竜子帝の隣にいた別の少年が、驚いたように尋ねました。

「なんだ、あの剣は? あんなので戦えるのかよ?」

 背は低いのですが、がっしりした体格をしていて、青い胸当てと弓矢を身につけています。ゼンです。

「蛇剣というものだ。敵を切ったときの傷口が大きく深くなるように、刃が波状になっているのだ。しかも、あれは魔法の力を持っている。ソウケンの一番得意としている武器だ」

 と竜子帝が答えます。

 はぁん、とゼンは言いました。そんな話を聞いても焦る様子はありません。竜子帝と同じように腕組みして勝負を眺めます。

 フルートは背中から剣を抜きました。銀に輝くロングソードです。左手には丸い盾を構えています。対するソウケンは蛇剣を構えるだけで、盾は持ってません。刀身が長いので、盾を持つと邪魔になるのです。

「行きますよ」

 とフルートが言ったので、ソウケンは答えました。

「どこからでも」

 

 とたんにフルートはもうソウケンの目の前にいました。剣を鋭く突き出してきます。

 おっ、とソウケンは驚き、とっさに自分の剣で受け止めました。するとフルートは飛びのき、今度は駆け抜けざまに切り込んできました。ソウケンがまた受け止めると、刃と刃がぶつかり合って火花を散らします。

 ソウケンは仰天しました。この少年は非常に素早く動きます。しかも、小柄な体からは想像もつかないほど強力な攻撃を繰り出してくるのです。攻撃を受け止めたソウケンの手がしびれていました。

 駆け抜けたフルートが振り返りました。次の瞬間にはまたソウケンの間合いに飛び込んできて、低い位置から剣を振り上げます。ソウケンは反射的に飛びのきました。兜から下がる頬おおいが切れ、鉄鋲を打ちつけた革の切れ端が音を立てて地面に落ちます――。

 ソウケンの顔つきが変わりました。ぐっと剣を握り直すと、戦場で敵を前にしているように、全身から気迫を立ち上らせます。

 それを見てフルートも表情を変えました。優しかった顔が厳しくなり、青い瞳が強く輝き出します。もう少女のようには見えません。

 

 今度はソウケンのほうが先に動きました。駆け寄り、フルートの頭上へ剣を振り下ろします。フルートは左腕を上げました。丸い盾で剣を受け止めて跳ね返し、右手の剣を突き出そうとします。

 すると、いきなりソウケンの剣が変化しました。波状の長い刃がぐにゃりと曲がり、まるで生きた蛇のようにフルートに絡みついていきます。フルートは驚きました。あっという間に金属の刀身に上半身を縛られてしまいます。

 ゼンも驚きました。

「おい、なんだよ、ありゃ。あれが魔法なのか?」

「そうだ。あれは刀身が蛇に変わって敵を捕らえる、本物の蛇剣なのだ。無理に抜け出そうとすれば剣に体を切られる。さすがのフルートも脱出できないだろう」

 と竜子帝が答えました。面白がっている声です。

 ゼンは肩をすくめました。

「ぬかせ。フルートがあの程度で降参するかよ。あれでもあいつは金の石の勇者だぞ。よく見てろ」

 

 ソウケンは蛇剣でフルートを捕らえたまま、腰からもう一本の剣を抜きました。刀身の短い小太刀です。蛇剣がするすると縮まってフルートが引き寄せられてくると、その脇腹目がけて切りつけます。

 すると、小太刀がぽきりと折れました。鎧の隙間の守るものがない部分を狙ったはずなのに、まるでそこも堅い鎧におおわれているように、刃が根元から折れてしまったのです。

 驚くソウケンへ、蛇剣に縛られていなかったフルートの足が飛びました。回し蹴りをまともに食らって、ソウケンが吹き飛びます。その間にフルートは蛇剣を払い落としました。金の鎧は鋭い刃にも傷ひとつついていません。

「丈夫な鎧だな。ソウケンの蛇剣は鋼さえ切り裂くのだぞ」

 と竜子帝が感心したので、ゼンは得意そうに答えました。

「あったりまえだ。ノームの名工のピランじいちゃんが作った防具だぞ。たぶん、世界で一番強力な鎧だ」

「だが、守るだけでは勝てないだろう。ソウケンもやられっぱなしでいるような男ではない」

 と竜子帝は自分の家臣の肩を持ちます。

 

 ソウケンが地面から跳ね起きました。切りかかってきたフルートをかわして、肩からぶつかっていきます。体当たりを食らって、今度はフルートが吹き飛びました。地面に思いきりたたきつけられて、ガシャンと派手な音を立てます。

 ソウケンは地面に落ちている蛇剣へ手を向けました。

「来い!」

 とたんに剣がひとりでに宙を飛んで、主の手の中に戻りました。ソウケンはそれを握り、まだ起き上がれずにいるフルートへ振り上げました。気合いを込めて振り下ろそうとします。

 見物していた人々は思わず息を呑みました。そこまで! と竜子帝が試合の終了を告げようとします。

 

 すると、フルートが動きました。倒れたままソウケンへ足払いをかけます。

 ソウケンはふいを突かれて体勢を崩しました。大きくのけぞったところへ、フルートが跳ね起きてきます。あれほど強くたたきつけられたのに、少しもダメージを食らっていません。剣の一撃で蛇剣をたたき落とし、返す刀をソウケンへ突き上げます。

「こ、降参――!」

 とソウケンは両手を上げて叫びました。その咽元には、フルートの剣の切っ先がぴたりと突きつけられています。

 見物していた兵士たちは皆、仰天しました。竜子帝も目を疑いながら言います。

「まことか……? ソウケンは朕の軍隊で最も強い男だぞ? しかも蛇剣を使っていたのに」

「だから言ったろうが。あれでもあいつは金の石の勇者なんだよ。世界を闇から守るヤツが弱くてどうする」

 とゼンは答えると、親友へ声をかけました。

「よう、お疲れ。ちょっと手こずったな」

 

 フルートは剣を引いて収めると、兜を脱ぎました。汗まみれの顔に風を当てながら苦笑して見せます。

「難しかったよ。この人はすごく強いから、少しでも気を抜くとやられそうになるんだ。こっちも本気になるしかないから、手加減が大変だったよ」

 あれで手加減していたのか!? と一同がまた驚くと、フルートは続けました。

「金の石はまだ眠っているから、竜子帝の大事な家来を傷つけたくなかったんだ――。竜子帝、これで気がすんだだろう? あとはもう、ぼくたちに家来と腕試ししてみせろ、なんて言わないでくれよ。ゼンと対戦させたりしたら、それこそ死人がでるかもしれないんだから」

「おう。俺には寸止めなんて芸当はできねえからな。命の保証はできねえぞ」

 とゼンが笑います。それが嘘でも誇張でもないことを感じて、一同はぞっとします。

 

 すると、フルートたちの耳に急に少女の声が聞こえてきました。

「フルート、ゼン、もういい? こっちに来てほしいの……」

 ポポロでした。訓練場にその姿はありません。別の場所から魔法使いの声で話しかけてきたのです。

 フルートは宙に向かって答えました。

「いいよ。どこに行けばいい?」

「書院よ」

 とポポロが答えます。

 書院? とフルートとゼンは顔を見合わせました――。

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