「さてさて。わけのわからん式神は消えたし、デビルドラゴンも去った。あとはこの人間どもをどうするかだな」
戦いが終わった地上を見て、天狗がそう言いました。
丘の上には祭壇の残骸が飛び散り、祈祷師の老人が倒れています。南軍の将軍は部下の兵士と一緒に、地面で腰を抜かしていました。天狗やフルートたちが次は自分たちを殺すだろうと考えて、真っ青になっています。
そこへ、ゼンがルルに乗って飛んで来ました。
「こいつらに説教してやるんだろう? 面倒がねえように連れてきてやったぞ」
と一人の男を、ぽんと天狗の目の前に放り出します。立派な鎧兜を身につけた、北軍の将軍です。ゼンに猫の仔のようにつり下げられ、風の犬で空を運ばれてきたので、やはり腰を抜かして立ち上がれなくなっています。
「わしは説教はせん――」
と天狗は苦笑いして言いました。
「それはわしらには許されておらんからな。それは金の石の勇者の役目じゃ」
急に話を振られてフルートは目を丸くしましたが、すぐに真剣な表情になると、将軍たちへ話し出しました。
「ぼくたちは金の石の勇者の一行です。デビルドラゴンを倒す方法を探して、この世界を旅しています。デビルドラゴンというのは、あの影の怪物のことです。人の憎しみや怒り、恨みといった気持ちで強大になっていく、悪の権化です。――どうか戦いをやめてください! そんなことをしていたら、また奴を招き入れることになって、今度こそヒムカシの国が滅ぼされてしまいます! ヒムカシだけでなく、世界中の国や人も全滅させられます! あいつはすべての破滅を望む闇の竜なんです――。お願いです、戦いをやめてください!!」
フルートは必死で話し続けました。あまり上手な説得ではないような気がします。戦いを止めたい、闇の竜からこの国を守り、一つ目小僧のような悲しい子どもたちが生まれてこないようにしたい――そんな想いのほうが先に立ってしまって、ことばが充分に浮かんでこないのです。
けれども、その懸命さは将軍たちにも伝わりました。地面に座り込んだまま互いの顔を見合わせ、やがて、南軍の大将が先に口を開きました。
「あの影の怪物は我が軍の兵を大勢殺した。北軍でもそうであったか?」
「ああ。何十という兵があっという間にやられて、死体さえ残さずに消えてしまった。勇敢なはずの将たちが、一人残らず覇気(はき)を吸い取られて、立ち上がることができなくなっていた。実に恐ろしい怪物だ」
と北軍の大将が答えます。
「では、あれはわしらに共通の敵か」
「そのようだな……殿にお知らせせねば」
「わしらもだ。急ぎ知らせて備えをせねば」
ついさっきまで敵に別れて戦っていた両軍の将が、さらに大きな共通の敵に気がついて、同じ行動をとろうとしていました。
フルートは言い続けました。
「南軍も北軍も、それぞれの王様に伝えてください。あいつは必ずまた襲撃してきます。それはこの国かもしれないし、また別の国かもしれないけれど、戦いが広がれば、必ずこの国も巻き込まれてしまいます。ヒムカシに住むものは、大人も子どもも、妖怪も獣も、命あるものすべてが殺されてしまうんです。――そんなことは駄目です! 絶対に駄目なんです!!」
やっぱりうまいことばにはなりません。
それでも、北と南の将軍はうなずきました。フルートに向かって承知した、と答えようとします。
すると、老人の声がさえぎりました。
「愚か者の大将が。これが敵に勝つ千載一遇の好期だと、どうして気がつかないのだ。あの闇の竜の力は絶大だ。あれをつかえば、北軍などたちまち打ち破れるのだと、何故わからん!?」
祈祷師が正気に返っていました。地面から起き上がり、笑いながら言い続けます。
「あれしきの闇に怖じ気づいて戦いをやめるとは、普段武士だといばりくさっていても、大したことはないな。その北軍の大将を捕らえるんだ! わしはあの竜をもう一度呼び出してやろう! さすれば、北軍は総崩れ、ヒムカシは明日にもわしらの天下だ!」
フルートたちは息を呑みました。北軍の大将が真っ青になります。祈祷師の言うとおり、彼は敵陣のただ中に一人きりでいます。あっという間に人質にされる立場だったのです。てめぇ、何を――とゼンが祈祷師に殴りかかろうとします。
すると、それより早く南軍の大将が言いました。
「わしらは人質は取らぬ。我らの本当の敵は、あの闇の竜。あれは人の力で操れるような妖怪ではない。利用しているつもりで、こちらが利用され食らいつくされるのは自明。おまえこそ、己の立場を見誤るな。おまえは帝でも大将軍でもないのだぞ」
と祈祷師を叱りつけますが、老人は耳を貸しませんでした。笑いながら言い続けます。
「帝になってやるともよ! わしが新しいヒムカシの帝だ! 妖怪どものように、おまえたちもこき使ってやる! 闇の竜の力をわしのものとしてな!」
それを聞いてフルートは苦しそうに顔を歪めました。祈祷師のことばは、歴代の魔王たちとまったく同じでした。心に野望を抱く人間は、闇の竜に接触すると、同じことを考え始めるのです。闇の力を使って天下を取ろう、と――。
南軍の大将がどなりました。
「愚か者が! 貴様はヒムカシの国を滅亡に導くぞ! そんなことはさせぬ!」
自分の部下だった祈祷師へ、刀を抜いて切りつけようとします。
すると、その目の前で祈祷師の姿が消えました。一瞬で見えなくなったのです。天狗が自分の杖をそちらへ掲げていました。
「これ以上殺し合いをするな、人間たちよ……。奴は別空間にある裁きの迷宮へ送ってやったわい。罪人を送り込む、いにしえの牢獄じゃ。心正しい者ならばすぐ出られるが、邪(よこしま)な想いを持つ者は、その想いが消えぬ限り、絶対脱出することができん。あの男が再びこの世に戻れるかどうかは、奴次第だな」
北と南の大将は意味が分からなくて、目を丸くしました。北軍の大将が尋ねます。
「それはつまり、どういうことなのだ?」
「要は、天狗に神隠しにされた、ということじゃ」
天狗は答えて静かに笑いました――。
それから数時間後、戦場から離れた川辺で、フルートたちは天狗に別れを告げていました。
「どうしても、わしの山には戻らんのか? 一つ目小僧たちががっかりするだろうに」
と残念がる天狗に、フルートは言いました。
「ぐずぐずしていられないんです……。デビルドラゴンは、ぼくたちがここにいると知りました。ぼくたちを倒そうとして、また襲ってくるかもしれないから、一刻も早くヒムカシを離れなくちゃいけないんです。本当にお世話になりました。オシラさんたちにもよろしく伝えてください」
「でもさぁ、戦争が本当に終わるかどうか確かめられなかったのは残念だよね。平和になるのを見届けたかったな」
とメールが言うと、ゼンが腕組みしました。
「それだ。北と南の大将たちは、もう戦争はやめると言って握手までしてたけどよ、その上にいる王様どもが承知しなかったら、結局戦争は終わらねえんだろう? 大丈夫なのかよ」
「ワン、きっと大丈夫ですよ……。あの将軍さんたち、戦いをやめさせてデビルドラゴンに備える、ってものすごく堅く決心してたし、戦場の兵士たちも、デビルドラゴンには本当に怖い想いをしたみたいだし。みんなの話を聞けば、王様たちだってきっと、何をするべきか気がつきますよ」
「ヒムカシの国を二人の王様で治めればいいのよね。東と西の大海を二人の海の王様が治めてるみたいに」
とポチやルルが言います。
天狗はうなずきました。
「この先、ヒムカシがどうなっていくか、帰ったらオシラにまた占ってもらうことにしよう。おまえたちのこの先の旅路のこともな……。息災でいけよ、勇者たち。わしらはヒムカシの地と共に生きる者になっているが、世界に危機が迫ったときだけは、ヒムカシの住人と一緒に参戦することが許されておる。きっとおまえたちの応援に駆けつけるからな」
「妖怪軍団か? すげえ応援だな!」
とゼンが声を上げれば、フルートも言いました。
「ありがとうございます。その時には、よろしくお願いします」
少女のように優しい顔でほほえみます――。
見送る天狗に手を振って、少年と少女たちは風の犬で飛びたちました。あっという間に空の高い場所まで昇っていきます。
「で――次はどこに行くんだよ、フルート?」
「このまま当てもなく飛ぶわけにはいかないだろ!?」
ルルに乗ったゼンとメールが尋ねると、ポチの上からフルートが答えました。
「もっと西へいくよ。最初に天狗さんが教えてくれただろう? ここはユラサイの東にある島国だ、って。海を越えた西に、ユラサイ国があるんだよ。ポポロに方角を確かめてもらって、そこへ行ってみよう」
フルートの後ろからポポロがうなずきました。自分をあてにされたので、嬉しそうに頬を染めています。
ひゃっほう! とゼンとメールは歓声を上げました。
「いよいよユラサイか! 名前は何度も聞いてたけどよ、ついにその国まで行くんだな!」
「どんな国だろうね!?」
とメールも目を輝かせます。
「ワン、大きくて古い国ですよ。不思議な生き物や魔法もたくさんあるって」
とポチが答えたので、ルルが聞き返しました。
「不思議な生き物?」
「ワン、竜だよ。それも、空を飛ぶ大蛇のような竜なんだ。他にもさまざまな竜が棲息してる。ユラサイは、竜の棲む国っても言われているんだよ」
竜の棲む国――とフルートたちは繰り返しました。彼らは闇の竜の倒し方を探しています。竜の国ならば、手がかりが見つかるかもしれません。
フルートは言いました。
「よし、行こう! ユラサイに――竜の棲む国に!!」
おう! と仲間たちがいっせいに答えます。
ヒムカシの国には山と緑が延々と続いています。それを眼下に眺めながら、一行は西へ西へと飛んでいきました――。
The End
(2009年9月26日初稿/2020年3月30日最終修正)