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外伝13「ヒムカシの国」

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9.祭壇

 祈祷師に呼び出されて、デビルドラゴンが姿を現していました。祭壇から空へ黒い風になって立ち上り、影の体を次第に濃くしていきます。大きな四枚の翼が羽ばたきを繰り返します。

「コレハコレハ」

 と影の竜が首をねじってフルートたちを見ました。同時に地の底から這い上がるような笑い声が響きます。

「コノヨウナ場所デマタ逢エルトハナ。ココハひむかしノ国カ。ナルホド、渦王ノ島カラ西ヘ向カッテキタノダナ」

 デビルドラゴンは闇の権化なので、聖なる力の中にいるものを見つけることはできません。金の石に守られたフルートたちを、ずっと見失っていたのです。

 祈祷師が興奮して歓声を上げていました。

「来たな、この世でもっとも強い妖怪! さあ、そいつらを倒せ! 空にいる連中も、北軍のヤツらも、残らず討ち滅ぼすんだ――!」

「勇者ハ金ノ石ヲ持ッテイル。我ノチカラガ、マダ足リナイ」

 とデビルドラゴンが言いました。影の体の奥で、何かが、ざわりとうごめいた気がします。

 とたんに、ゼンとポポロが叫びました。

「やべえ!」

「よけて、みんな――!」

 闇の竜の体から、たくさんの黒い鞭のようなものが飛び出してきました。闇の触手です。あわててかわしたフルートやゼンたちをかすめて、地上へ飛び、うずくまる兵士や馬たちを突き刺しました。兵士は皆、鎧兜をつけていますが、そんなもので触手を防ぐことはできません。地上が悲鳴やいななきでいっぱいになります。

 

 自軍の兵士までが触手に襲われているのを見て、南軍の将軍が祈祷師をどなりつけました。

「馬鹿者、何をしている!? 早くやめさせんか!!」

 祈祷師も青ざめていました。手を振り回してわめきます。

「よせ! やめろ! やめんか、黒竜――!!」

「あれは黒竜なんかじゃない! 闇の竜のデビルドラゴンだ!」

 とフルートは言い、ポチと一緒にうなりを上げて地上へ飛びました。炎の剣で次々と触手を切り払っていきます。ポポロはフルートの背中に顔を伏せて、必死でつかまっています。

 ルルも必死で飛び続けていました。闇の触手は風の刃では切れません。自分やゼンやメールを襲われないように、触手から逃げ続けるしかなかったのです。その間にも地上の人々が触手に襲われ、生気を吸われてひからびていきます。ちっくしょう! とゼンがわめきましたが、どうすることもできません。

 そこへ行く手から触手の束が飛んできました。あまり速すぎて、ルルにもかわすことができません。とっさにゼンが自分の体でメールをかばいます。

 すると、その前に天狗が飛び込んできました。杖を掲げて気合いを込めると、神通力で触手が跳ね返されます。

「ありがとよ、天狗!」

 とゼンは言うと、剣で戦い続けているフルートへどなりました。

「多すぎてとても手に負えねえ! 金の石を使え、フルート!!」

 フルートはうなずき、すぐに空いている手で胸のペンダントをつかみました。闇の竜へかざして叫ぼうとします。

「金のい――」

 

 ところが、フルートの頭上からいきなり怪物が襲いかかってきました。全身を鋼のような毛におおわれた大男です。太い手や腕には数え切れないほどの目があります。

「行け、百目鬼(どうめき)! そら、そいつを空からたたき落としてやれ!」

 祈祷師が地上から言いました。また新しい怪物を呼び出したのです。怪物がポポロにも襲いかかるので、フルートは金の石を使えなくなりました。剣をふるって怪物を撃退しようとします。

 そこへゼンが飛んできました。百の目がある怪物の腕に、刃のような毛は生えていません。ゼンはそこをつかんで怪物をフルートから引き離しました。そのまま空中で振り回し、地上へ投げ落とします。

 けれども、フルートが金の石を使おうとすると、また別の怪物が襲ってきました。今度は全身緑色の子どものような姿をしてますが、口が鳥のくちばしのように尖り、手足には水かきが、毛がない頭のてっぺんには丸い皿のようなものがあります。それもゼンが捕まえて投げ飛ばすと、今度は燃えさかる車輪が回転しながら現れます――。

 

「きりがねえぞ!」

 とゼンがわめきました。

「怪物を呼び出す大元をたたかなくちゃダメさ!」

 とメールも言います。

 丘の上の祭壇では、祈祷師が次々と新しい怪物を呼び出していました。その間にもデビルドラゴンは触手を伸ばし、人間たちから生気を吸い取っているのです。空の闇がますます濃く大きくなっていきます。

「祭壇を壊す!」

 とフルートは急降下していきました。祭壇へ炎の弾を撃ち出そうとしますが、とたんに黒い触手に襲われました。デビルドラゴンに妨害されたのです。ポチが体を回転させて触手をかわします。そこへまた何匹もの怪物が襲いかかってきます。

 攻撃をかわして飛び続けるポチの背中に、フルートはしがみついていました。飛ぶスピードが速すぎて何もできません。ポポロはそんなフルートにつかまっていましたが、急に、ぎゅっと強くフルートの体を抱きしめました。驚くフルートに、後ろから身を乗り出してささやきます。

「考えがあるの。聞いて……」

 かわいらしい顔が息もかかりそうなくらい接近したので、フルートが思わず赤くなります――。

 

 間もなく、フルートとポポロを乗せたポチが、怪物を引き連れたままルルの方へ飛んできました。すれ違いながら、フルートが言います。

「ゼン、少しの間、こいつらを頼む! 天狗さん、こっちへ!」

 と怪物の集団を親友に任せて天狗を呼びます。ところが、天狗がフルートの元へ飛んでいくと、また別の方向から怪物が襲いかかってきました。天狗とよく似た姿をしていますが、一回り小柄で、顔の真ん中に尖ったくちばしがあります。広げた翼でばさばさとフルートたちをたたき、奇声を上げてつかみかかってきます。

「カラス天狗! おまえまで操られておるか!」

 と天狗が大声を上げました。カラス天狗に邪魔されて、フルートから引き離されてしまいます。

 フルートは迫ってくる怪物へ必死で剣をふるい続けました。何度か金の石に、光れ、と言いましたが、周りを怪物に取り囲まれているので、光がさえぎられてしまいます。群がってくるのは、皆、闇の怪物ではないのです。聖なる光はデビルドラゴンに届きません。

 すると、突然ゼンが声を上げました。

「危ねえ、天狗!」

 丘の上に舞い下りて祭壇へ駆け寄ろうとしていた天狗に、デビルドラゴンが闇の触手を飛ばしてきたのです。天狗が振り向き、きわどいところで触手を避けました。次の触手が伸びてきたので、あわててまた空へ飛びたちます。

 メールが歯ぎしりしてわめきました。

「なんとかして祭壇を壊さなきゃ! あたいがやる! ゼン、あたいを下ろしなよ!」

「馬鹿言え! この状況でどうやってあそこまで行くんだよ!?」

 とゼンがどなり返します。周囲は呼び出されてきた怪物でいっぱいですし、空からは闇の竜が見張っています。それらをかわして祭壇までたどり着くのは不可能でした。

「ポポロ! こんな時こそあなたの魔法よ! なんとかならないの!?」

 とルルがポチを振り向いて、あらっ? と目を丸くしました。ポチに乗って怪物と戦い続けているフルート。その後ろに、黒衣の少女は乗っていなかったのです。

「フルート――ポポロはいったい――?」

 

 すると、突然丘の上の祭壇から声が聞こえてきました。

「ローデローデリナミカローデ……」

 祭壇のそばには祈祷師の老人がいるだけです。将軍やお付きの兵たちは皆、頭を抱えて丘の上に伏せて、恐怖に震えています。他には誰もいないはずなのに、少女の声が聞こえてくるのです。

 空からデビルドラゴンがほえました。

「ソノ声ハぽぽろ――! 祈祷師、声ノ元ヲ確カメロ! 祭壇ヲ破壊サレルゾ!」

 老人は飛び上がり、声の聞こえる方へ腕を伸ばしました。そこには何も見えませんでしたが、闇雲に手を振り回すと何かが触れました。捕まえて引っぱると、呆気ないほど軽い手応えと一緒に、薄絹の肩掛けが祈祷師の手の中に現れます――。

 続けて、祈祷師の目の前に人が現れました。きらめく黒い衣に赤いお下げ髪の少女です。その片手はまっすぐ祭壇に向けられていました。

「セワコーオンダイサ!!」

 呪文と共に上空の闇を引き裂いて、稲妻が降ってきました。祭壇を直撃して、あたりを真っ白に照らします。

 とたんに、祭壇は木っ端みじんになりました。轟音が響き渡って、猛烈な風が巻き起こります。

 そこに叫び声が重なりました。

 オォォオーオォォー…………

 デビルドラゴンの咆吼です。影の体が黒い風になり、壊れた祭壇に吸い込まれていきます。

 それを見て、フルートはペンダントをつかみました。周囲の怪物たちも同じ風に巻き込まれて祭壇へ戻っていきます。邪魔者がいなくなった空へ金の石をかざして叫びます。

「光れ!!」

 先の雷に負けないほどの光が輝き渡りました。空をおおうデビルドラゴンがたちまち薄れていきます。再び、竜の咆吼が響き渡りました。空と大地を震わせて、消えていきます――

 

 

 風が完全に収まって、空からまた日差しが降りそそいできました。

 青空にはもう闇の竜はいませんでした。呼び出された怪物たちも、もう一匹も見当たりません。後には壊れた祭壇と、死んだように倒れている祈祷師の老人、そして、頭を抱えて地面に伏せる兵士たちが残っているだけです。

 祭壇の近くに天狗が立っていました。明るくなった空を見て、腕の中からポポロを放します。周囲には強風に飛ばされてきた石や木の枝が転がっていますが、ポポロは天狗に守られていたので、かすり傷一つ負っていませんでした。

 天狗が足下に落ちていた薄絹の肩掛けを拾い上げました。

「オシラの織った絹が役に立ったな。着れば姿を隠してくれるんじゃ。わしもこれを織り込んだ隠れ蓑(みの)をオシラに作ってもらったぞ」

 とポポロに手渡してくれます。ポポロはその薄絹で姿を隠して、祭壇まで天狗に運んでもらったのです。

 すると、ひゃっほう! と空から声がしました。二匹の風の犬が少年少女を乗せて近づいていました。

「やったな、ポポロ!」

「やっぱり大トリはあんただよね!」

 とゼンとメールが歓声を上げ、ワンワンワン、と犬たちがほえます。

「ポポロ――!」

 笑顔で空から舞い下りてきたフルートに、ポポロはにっこりほほえみ返しました。

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