どどどーん……と激しい音が響き渡りました。
ポポロが魔法で繰り出した稲妻が、ダイダラ坊を直撃したのです。まばゆい光が巨人を呑み込み、地面を激しくたたきます。振動に人々は倒れ、頭を抱え込みます。
「ポポロ!」
とルルが驚いて飛んできました。花鳥の上から手を伸ばしている少女をどなりつけます。
「なんてことするのよ! ダイダラ坊の手にはゼンがまだいたのよ!!」
ゼンも巨人と一緒に雷の直撃を食らってしまったのです。ポポロが青くなると、すぐにメールが言いました。
「大丈夫、あいつは心配ないよ。だって、ほら」
稲妻が消えた後にダイダラ坊が現れました。全身を巨大な雷に打たれて、真っ黒に焼け焦げています。そのまま崩れるように倒れていくと、両手が離れて、中からゼンが飛び出してきました。青い胸当てをつけた体は、火傷一つ負っていません。
「あれはポポロの魔法の雷だからさ、ゼンの防具が防ぐんだよね」
とメールは言って、ゼンを見守り続けました。落ちていくゼンに、ポチとフルートが駆けつけてすくい上げます――。
「あーあ。ダイダラ坊がやられちゃった」
とランジュールが言いました。異国の貴族の恰好で、ひらひらと扇子を振っています。
「祈祷師のおじいちゃん、次の怪物を出しなよぉ。このままじゃ勇者くんたちに勝てないよぉ?」
祈祷師は歯ぎしりをすると、また祭壇へ念じ始めました。
フルートはルルに言いました。
「風の刃であの猫を切ってくれ――! 金の石を取り戻すんだ!」
「わかったわ!」
ルルが猫又に向かって飛びました。風の体をひらめかせると、猫の胴体が真っ二つになって、中から金のペンダントが出てきます。地上へ落ちていくところを、天狗が追いついて拾い上げます。
すると、いきなり天狗の隣に二人の人物が現れました。赤い髪とドレスの女性と、黄金の髪と瞳の小さな少年です。
「無様だな、守護の。あんな怪物に食われて出られなくなるとは」
と女性が冷ややかに言うと、少年はむっとしして言い返しました。
「余計なお世話だ、願いの。猫又は闇の怪物じゃない。ぼくの聖なる光では倒せないんだ」
「相変わらず非力なことだ」
「なんだと!?」
二人が空中で口喧嘩を始めたので、天狗が驚いていると、フルートとゼンがポチに乗って駆けつけてきました。
「金の石の精霊と――ぼくの中の願い石の精霊です」
「すぐ喧嘩するんだけどな、けっこう息のがあった二人なんだぜ」
とたんに二人の精霊がにらみつけてきました。
「馬鹿なことを」
「冗談じゃない!」
異口同音に言って、姿を消していきます。フルートは苦笑すると、天狗から受けとったペンダントをまた首にかけました――。
すると、花鳥に乗った少女たちが声を上げました。
「フルート! ゼン! 見なよ、あれ!」
「祈祷師がまた新しい怪物を呼び出したわ……!」
祭壇の上空に靄のようなものが寄り集まって怪物に変わりました。全長が百メートル以上もある大蛇です。太い胴体から八つの頭と尾が生えていて、牙をむいてシャアーッと鳴きます。その大きな体に青空が隠れて、あたりが薄暗くなります。
「ヤマタノオロチじゃ!!」
と天狗が叫びました。
「ヒムカシの国最大の蛇じゃ! こんなもの、とても相手にはできんぞ!」
「どんなにでかくても倒すしかねえだろうが! こんなヤツが戦いに加わったら、とんでもねえんだぞ!」
とゼンがどなり、飛んできたルルに飛び移りました。フルートと一緒に乗っていては、重くてポチが速く飛べないからです。背中から弓を下ろして矢をつがえます。フルートは炎の剣を抜いていました。家をひと呑みにするほど大きな蛇へ、恐れる様子もなく迫って剣を振り上げます。矢と炎の弾が大蛇めがけて飛んでいこうとします――。
ところが、ランジュールが急に言いました。
「はぁい、ちょっと待って、はっちゃん。勇者くんたちを攻撃しなくていいよぉ」
勝手につけた名前で呼ぶと、たちまちヤマタノオロチが身を引きました。狙いのはずれた矢と炎が空中を飛んでいきます。
「な――何をいったい――!? 早く倒さんか!!」
地上で祈祷師が怒り狂いました。祭壇の前で足を踏み鳴らし、空へ手を振り回しますが、それを無視して、ランジュールは言い続けました。
「よぉしよぉし、いい子だねぇ、はっちゃん……。ボクはこのくらい大きくて強い魔獣をずっと探していたんだよ。うふふ、出会えて良かった。あのうるさいおじいちゃんの下で我慢してた甲斐があったよねぇ」
にこにこしながら大蛇の頭を一つずつ撫でていきます。
フルートはようやくランジュールの真意に気がつきました。
「そうか――おまえが式神なんかやっていたのは、祈祷師に強い怪物を呼び出させるためだったんだな!? それを横取りして、自分のものにするつもりだったんだ!」
「うふふ。大当たりぃ」
ランジュールは上機嫌でした。
「このヒムカシは、ロダが昔、管狐(くだぎつね)を捕まえた国だよぉ。小さな島国だけど、けっこう強い魔獣が多い場所でねぇ。皇太子くんの未来の奥さんが管狐を使ってるのを見て、ここを思い出したってわけ。自分で魔獣を探し出すのは面倒くさいから、祈祷師のおじいちゃんに呼んでもらってたんだよ。ホント、待った甲斐があったなぁ。これでようやく、キミたちを倒すことができるよぉ――」
ランジュールの細い目が鋭く光り続けていました。顔は笑っていても、目は少しも笑っていません。冷ややかに、残酷に、フルートたちを見据えています。その後ろでは空をおおう大蛇が鎌首をもたげています。攻撃の姿勢です。
フルートとゼンは空で身構えました。その隣に天狗も飛んできました。それぞれに武器や杖を構え直します。
ランジュールが高く笑いながら言いました。
「さあ、はっちゃん! あそこにいるのが金の石の勇者くんだよ! ボクの愛しい仇敵さ! キミが食い殺す相手だよぉ! それじゃあ――――退却ぅ!」
ランジュールが突然大蛇を後退させ始めたので、身構えていたフルートたちは肩すかしをくらいました。ゼンなど、空中でつんのめって、危なくルルから転げ落ちそうになります。
「なに――!?」
「やらねえのかよ! なんで退却なんだ!?」
「だぁって、はっちゃんは今、ボクのペットになったばかりだからねぇ。もうちょっと訓練してからでなくちゃ、実戦には使えないよぉ。だから、今は退却。でも、近いうちに、はっちゃんと一緒に勇者くんや皇太子くんを倒しに行くよ。楽しみに待っててねぇ。うふ、うふふふ……」
楽しそうな笑い声と共に、ランジュールは姿を消していきました。続けて、ヤマタノオロチも消えていきます。空をおおっていた蛇がいなくなって、あたりがまた明るくなります。
戦場の人々は呆気にとられて上を見ていました。両軍の将軍も、それぞれの陣営から空を見上げます。どこを探しても、八つ頭の大蛇は見当たりません。怪物も一匹も残っていません。誰もが、夢でも見ていたように立ちつくしています――。
ところが、その片隅で、低く何かを唱え出した人物がいました。祈祷師の老人です。祭壇の前に背中を丸めてうずくまり、しきりに念じます。
「いでよ――いでよ――この世でもっとも強くて大きな妖怪よ、早ういでよ――。式神などにはもう頼らん。わしがおまえを指図して、この世のすべてを討ち滅ぼしてくれるわい――!」
祈祷師はずっと南軍の王室に仕えていました。国一番の祈祷師、かなう者のない妖怪使いと誉めそやされてきたのに、この戦闘ではとんでもない失態ばかりです。おまけに、わけのわからない式神からは、さんざん馬鹿にされ、こけにされました。怒り狂った祈祷師は、この世で最強の妖怪を呼び出そうと、これまでやったことがなかったほど強く深く念じていました。
すると、突然丘の上に風が吹き出しました。祭壇の白い幕をちぎれそうなほどはためかせ、張り巡らせた幕や旗印を飛ばし、座っていた将軍や共の者たちを吹き倒します。そのまま祭壇を中心に広がっていって、やがて戦場中を風の渦に巻き込みます。
激しい砂埃に目を細めて顔をそむけた兵士たちは、風が次第に様子を変えていくのに気がつきました。ただの空気の流れのはずなのに、次第にどす黒く染まっていくのです。オォォォォ……と獣のほえるような声が響き渡ります。
不安にかられた兵士たちはまた空を見ました。何かが現れようとしていました。とてつもなく巨大な気配が、空に広がっていきます――。
勇者の一行は青ざめていました。フルートの胸の上で金の石が強く弱く輝いています。闇の敵が現れようとしているのです。
「おい、やべえぞ、フルート! こいつは――」
「ものすごい闇の気配よ! こんな気配をさせるのって――!」
ゼンやルルが口々に言いますが、最後まで言い終えることができません。風が猛烈に吹き荒れていて、まともに話すことができないのです。ついに、花鳥も風に吹き散らされて、ばらばらになりました。乗っていた少女たちが空に放り出されます。
「メール!」
「ポポロ!」
ゼンとフルートが飛んできて、少女たちを抱きとめます。
ポポロがフルートの首にしがみついて指さしました。
「見て、フルート! あれ……!!」
祭壇から吹き出す風が真っ黒に染まっていました。ねじれながら空へ立ち上り、空をすっかりおおってしまいます。あたりが夜のように暗くなったとたん、屈強の兵士たちが頭を抱えて悲鳴を上げました。すさまじい恐怖に襲われたのです。暗がりの中で、空の闇はさらに濃く暗くなり、寄り集まって一匹の竜に形を変えていきます。ばさり、と羽ばたく音がして、巨大な四枚翼が広がります。
「デビルドラゴンだ!!!」
と勇者の少年少女たちは叫びました――。