祈祷師に呼び出されてきた式神はランジュールでした。フルートたちの命を狙ってつきまとっている幽霊です。異国の服を着た体は半ば透き通っています。
ゼンが拳を振り回してわめきました。
「この、ランジュール! おまえこそなんでここにいるんだよ!? 何だ、その恰好は!?」
「これぇ? ヒムカシの国の貴族の恰好だよ。ステキだと思わない? うふふ……」
まるで女のような笑い方も、少しも変わりません。
「ボク、今は式神になってるんだよねぇ。式神って知ってる? 祈祷師に呼び出されて命令通りに行動する幽霊や怪物のことだよぉ。ボクもこの祈祷師に呼び出されちゃってさぁ、しばらく前からヒムカシの国で働いてるってわけ。でも、この祈祷師ったら、霊使いが荒いから、忙しくてしょうがないんだよねぇ」
南軍に力を貸していたのはこの祈祷師とランジュールだ、とフルートは気がつきました。ランジュールは非常に強力な魔獣使いです。呼び出した妖怪たちを操って、戦のために働かせていたのに違いありません。
とはいえ、ランジュールがおとなしく祈祷師の命令に従っているというのは腑に落ちませんでした。一筋縄でいくような奴ではないのですが……。
ゼンも同じことを考えていました。
「祈祷師に働かされてるだぁ!? 冗談ぬかせ! おまえがそんな玉なもんか! いったい何を企んでやがる!?」
ランジュールはそれには答えませんでした。また、うふふふふ……と笑います。
攻撃のために呼び出した式神が、敵とのんびりおしゃべりしているので、祈祷師が顔を真っ赤にしてどなりました。
「早くそいつらを倒せ! わしに消滅させられたいのか!?」
とたんに、ランジュールではなく、フルートたちと戦っている怪物たちがすくみあがりました。次の瞬間には前より激しく襲いかかっていきます。
うふん、と幽霊の青年は笑いました。
「無駄だよぉ。このくらいの妖怪で倒せるわけないって。こう見えたって、金の石の勇者の一行なんだからさぁ」
叱られた本人はまるで平気な顔です。
狂ったようにかみついてきた九尾のキツネを、フルートは炎の剣で防ぎました。つかみかかってきた鬼を、ゼンが捉まえて空から投げ落とします。天狗は腰の羽根団扇であおぎ、猛烈な風で他の妖怪を押し返します。妖怪たちは、地面に落ちると姿が見えなくなってしまいます。
「早く倒せ! 早く!!」
祈祷師がわめき続けるので、ランジュールは肩をすくめました。
「ホントしょうがないなぁ、このおじいちゃんは。召喚する力は強いくせに、それをちっとも使いこなせてないんだからさ。もう雑魚(ざこ)しか残ってないじゃないかぁ。これで勇者くんたちを倒せるわけないね。もっと強い怪物を出しなよぉ」
「えぇい、式神の分際で偉そうに!」
歯ぎしりしながらも、祈祷師はまた祭壇へ念じました。とたんに、見上げるような男が戦場に現れます。異様に長い手足をした一つ目の巨人です。ダイダラ坊だ! ダイダラ坊が出たぞ! と戦場の兵士たちが口々に騒ぎ出しました。
「ダイダラ坊だぁ? だが、あれは――」
「ワン、テナガアシナガだ!」
とゼンとポチが言いました。仮面の盗賊団の戦いの時に戦ったことがある怪物だったのです。あの時の怪物よりずっと小柄ですが、手足の長い姿はまったく同じです。
すると、ランジュールがまた笑いました。
「うふふ、どっちも同じものだよぉ。場所によってダイダラ坊って呼ばれたり、テナガアシナガって呼ばれたりするのさ。ついでに言うと、ボクらの国でサイクロップスとかギガースなんて呼ばれているのも同じ仲間だよ。大昔にこの世界を支配してた巨人族の、末裔の末裔さぁ。――うん、これならまあいいかなぁ。勇者くんたちと戦えそうだ」
空中で白い扇を広げて、舞うように巨人へ動かします。
「そぉら、行くよ、ダイちゃん! 勇者くんたちを追いかけて、虫みたいにつぶしちゃいな! うふふふふふ……」
楽しそうなランジュールの笑い声が響きます。
ダイダラ坊がポチを追ってきました。壁のような両手が勢いよく飛んできて、バチン、と宙をたたきます。ポチはその前に手の間をすり抜けましたが、激しい衝撃に風の尾が一瞬ちぎれました。湧き起こった風にあおられて、フルートが危なく転落しそうになります。
ダイダラ坊の足下では騒ぎが起きていました。怪物がフルートたちの後を追って、戦場に飛び込んできたからです。馬に乗った兵士たちが、南軍も北軍も関係なく、大きな足に踏みつぶされていきます。
南軍の将軍が祈祷師にどなりました。
「馬鹿者、何をしているか!? 早く怪物を引け!!」
祈祷師は顔を真っ赤にしながらランジュールに言いました。
「やめさせんか、愚か者! あんなちびどもに何故そんなに手こずるのだ!? さっさと捕まえて殺さんか!」
とたんにランジュールはきらっと目を光らせました。細い目を糸のように細くして、笑顔で答えます。
「好き勝手言ってくれちゃってぇ。金の石の勇者たちが、そんなに簡単に倒せるわけないだろぉ。ちょっと痛い思いをするくらい、我慢してほしいなぁ」
口調はのんびりしたままですが、その陰にひどく剣呑なものが見え隠れしていました。ダイダラ坊が風の犬を追って南軍の主力の中へ飛び込みます。さらに今度は北軍の主力が固まっている場所へ。ダイダラ坊の進む先々では悲鳴が上がり、つぶされた馬と人の血で大地が染まります。
「やめろ!」
とフルートは叫びました。怒りに真っ青になって震えています。それを見てランジュールがまた笑います。
「相変わらず優しいねぇ、勇者くんは。関係ない人間でも、目の前で殺されるのは嫌なんだからさぁ。ダイダラ坊に捕まりなよ、勇者くん。そうすれば、巨人は止まるよ。うふふ」
ダイダラ坊はフルートの後を追い続けます。一歩がとても大きいので、風の犬のポチでも、その手をかわすのがやっとです。足下でたくさんの人と馬が蹴散らされます。
「やめろ――!!」
とフルートはまた叫び、振り向きざま炎の弾を撃ち出しました。巨人がひょいとそれをかわします。フルートは唇をかみ、今度はペンダントを首から外して突きつけました。
「光れ!」
ダイダラ坊は闇の怪物ではないので、聖なる光で倒すことはできません。ただとにかく目をくらませて、足止めしようとしたのです。金の石がまぶしく輝きます。
とたんに、ランジュールの声が響きました。
「そうしてくれるのを待ってたよぉ! そぉら、ニャーちゃん、それを食べちゃってぇ!」
巨大な化け猫がフルートに襲いかかってきました。尾が途中で二叉に別れている猫又です。鋭い牙をひらめかせたと思うと、フルートの手からペンダントを奪い取り、そのまま呑み込んでしまいます。
「金の石!!」
フルートとポチは驚いて叫びました。聖なる魔石はペンダントごと怪物に食われてしまったのです。闇の怪物ではないので、魔石も脱出してくることができません。
ランジュールは上機嫌でした。
「勇者の一行を倒すには、金の石を使えなくすること――新しくボクが考え出した勇者攻略法だよぉ、うふふふ」
茫然とするフルートたちにダイダラ坊が迫っていました。壁のような手がポチとフルートをたたきつぶそうとします。
そこへ風の犬のルルに乗ったゼンが飛び込んできました。フルートに飛びついて突き飛ばします。
「馬鹿野郎! 早く逃げろ!」
フルートとポチが押し出されるのと同時に、ダイダラ坊の手が打ち合わされました。バチン、と大きな音をたてた両手の間に、ルルとゼンが消えていきます。
「ゼン!! ルル――!!」
フルートとポチが思わず叫ぶと、手の隙間からルルが脱出してきました。風の犬なので怪我はありませんが、その背中にゼンは乗っていません。フルートが青ざめます。
ダイダラ坊が立ち止まりました。合わせた自分の両手を見つめます。その間に足下から兵士たちが逃げていきました。馬に乗った者は馬に鞭を入れ、徒歩の者は全力で走って、巨人から離れようとします。
「どうしたのぉ、ダイちゃん? ドワーフくんを殺したら、次は勇者くんの番だよ」
とランジュールが声をかけました。立ち止まったまま動かないダイダラ坊を不思議に思ったのです。巨人は自分の手を見つめたままです。
すると、その手が急に震え出しました。太い腕に筋肉が盛り上がり、腕と肩、背中までが震え始めます。巨人が合わせた手に力を込めているのです。何かを抑え込もうとしているようです。
それを押し返すように、じりっと怪物の両手が外へ動きました。手と手の間にわずかに隙間ができます。そこから声が聞こえてきました。
「へっ、でくの坊め。俺をつぶそうだなんて、百万年早いぞ! さっさと放しやがれ!」
ゼンです。両手両足を突っ張って、ダイダラ坊の手を押し返しています。あぁあ、とランジュールが声を上げました。
「ちょっとぉ、ドワーフくん! ホントに、どぉしてキミそんなに力があるわけぇ!? いくらなんでも反則だったら! もうちょっと常識ってのを考えてよぉ!」
「るせぇ! てめえこそ、死んで幽霊になったくせに、生きてる人間より元気にフルートを狙うんじゃねえや! 常識ってのを考えて、さっさと黄泉の門をくぐりやがれ!」
「やぁだよ。ボクはやることはきっちりやりとげていくのさ。勇者くんと皇太子くんを殺して魂を手に入れるまでは、ぜぇったいに死者の国には行かないもんねぇ」
ダイダラ坊の手の中と空中で言い合いをする二人を、ダイダラ坊や周囲の人々がぽかんと眺めます。
すると、フルートが突然振り向きました。空で羽ばたく花鳥へ叫びます。
「今だ! やれ、ポポロ――!」
魔法使いの少女は鳥の背中からダイダラ坊を見つめていました。フルートに言われてうなずき、さっと手を向けます。
「ローデローデリナミカローデ……テウオウボラダイダ!」
とたんに上空に巨大な暗雲が広がり、稲妻がダイダラ坊へ落ちていきました――。