戦いは南北に長いヒムカシの国の、中央付近で起きていました。山の裾野に無数の矢が飛び交い、馬に乗った大勢の兵士が激しく戦い合っています。戦場は怒声と蹄の音でいっぱいです。
「変わった防具だな」
とゼンが風の犬のルルの上から目を丸くして見ていました。ヒムカシの兵士たちが着ている鎧兜は、彼らが見慣れている防具とはずいぶん形が違っていたのです。小さな板をつづり合わせたような鎧と、飾りのついた三角形の兜です。
「気をつけなよ。連中、矢を使ってるから、気がつかれたら、こっちが攻撃されるよ」
とメールが花鳥の上から言うと、自分の翼で空を飛んでいた天狗が言いました。
「今はまだ大丈夫じゃ。わしが神通力でこちらを隠しているからな。――これはヒムカシを北と南に分けた戦いじゃ。それぞれ自分たちの帝(みかど)を立てて、こちらが正式な統治者だ、と言い合っておる。妖怪どもが力を貸しているのは、南軍のほうじゃ。そのせいで、戦はどんどん北にやってきている」
その北に天狗やオシラたちが住む山があります。戦場が北へ来れば、山の麓の村々が焼かれて、人間たちが大勢死ぬことになるのです。
フルートが言いました。
「北も南も関係ないよ。とにかくこの戦いをやめさせなくちゃ。――デビルドラゴンは着実に力をつけてきている。金の石の光にダメージを受けても、すぐにまた世界に姿を現すのが、その証拠だ。あいつは人の憎み合う気持ちから力を得るから、戦いがひどくなればなるほど、あいつも強くなってしまうんだ」
「ワン、どうしますか?」
とフルートの下からポチが尋ねました。変身して空を飛んでいるので、周囲でごうごうと風の音が鳴り響きます。フルートは考え込みました。
「たとえばポポロの魔法で彼らをおどかして、この戦闘をやめさせることはできる。だけど、それですべての戦いが終わるわけじゃない。なんとかして、両軍に争いをやめさせなくちゃいけないんだけれど――」
戦場では人と馬が入り乱れて激しく戦っていました。細長い剣がひらめくたびに血しぶきが飛び、切られた兵士が落馬します。矢を受けた馬がいななきながら倒れ、乗っていた兵士が投げ出されます。国が違い、兵士たちの姿が違っていても、戦いのありさまは少しも変わりません。血と怒りと苦しみがあふれかえり、地面には死体が増えていくのです。
また一人、眼下で兵士が切られました。馬から落ちた兵士を、他の兵士の馬たちが踏みつぶします。空まで響いてきた絶叫に、フルートが苦しげに顔を歪めます。
すると、メールの花鳥の上から、ポポロが声を上げました。
「来たわ! あれ――!」
戦場の南の方角から、新たな一軍がやってきていました。鎧兜の兵士たちではありません。奇妙な姿をした怪物たちの集団です。ある者は地を走り、ある者は空を飛び、ほえるような声を上げながら突進してきます。
とたんに戦場の様子が一変しました。兵士の半数は驚いて浮き足立ち、残りの半数は歓声を上げて勢いを増したのです。北へ退却を始めた兵を、南の軍勢が追いかけて討ち取ります。そこへ怪物の集団がなだれ込んできました。南軍の間をすりぬけて北軍に襲いかかります。
「南の妖怪たちじゃ」
と天狗が眉をひそめて言いました。
「鬼、キツネ、狛犬、猫又……九頭竜(くずりゅう)までおるな。皆、こんな戦に手を貸すような連中ではない。何者かに操られているようじゃ」
「ポポロ」
とフルートが振り向いたので、ポポロはうなずきました。魔法使いの目で、妖怪たちを操る者を探し始め、じきに戦場の南側の丘を指さしました。
「あそこ……すごく強力な魔法を使ってる人がいるわ。きっとあの人よ」
「よし」
フルートたちは南の丘目ざして飛び始めました。丘の上に張り巡らされた幕と、寄り集まる人々が見えてきます。ひときわ立派な鎧兜を身につけた戦士が、椅子に座って戦場を眺め、手にした扇を向けては何かを命じていました。南軍の将軍に違いありません。
そのかたわらには、また別に、白い幕を張り巡らせた小さな祭壇があって、一人の男が背中を丸めて祈っていました。祭壇の上空に巨大なヒキガエルが現れて、ひと飛びで丘から戦場へ飛び込んでいきます。
「祈祷師だな――。妖怪たちを呼びだしておる」
と天狗が言いました。
フルートは胸の上にペンダントを引き出していました。魔石は金に輝くだけで、明滅はしていません。
「あの妖怪たちは闇の怪物にはなっていない。祈祷師を止めれば妖怪たちも正気に返るはずだ。行くぞ!」
おう、と仲間たちが答え、いっそう速く空を飛んでいきます。
すると、突然白い幕屋から男が振り向きました。白い髪にまばらなひげの老人です。フルートたちの姿は天狗の魔法で隠されているはずなのに、ぎょろりと空をにらみつけて叫びます。
「わしらの邪魔をするのは何者だ! いね!」
とたんに空に黒雲が湧き起こって雷鳴が響きました。稲妻がフルートたちに向かって落ちてきます。
けれども、それより早く金の光が広がりました。フルートたちを包んで雷から守ります。
驚いて頭上を見た人々が騒ぎ出しました。空にいるフルートたちを指さしています。雷撃に天狗の魔法が打ち消されて、フルートたちの姿が見えるようになったのです。
将軍がどなるように尋ねていました。
「あれはなんだ!? 北軍も妖怪を使い始めたのか!?」
「そんなはずはありませぬ! えぇい、これでも食らえ――!」
祈祷師の声と共に、祭壇から大きな毒虫が現れました。空へ昇ってフルートたちに襲いかかってきます。
「へっ、小せえな! ドワーフの洞窟のグラージゾの方が何倍もでかいぜ!」
とゼンが笑って弓を射ました。白い矢が毒虫の頭を貫いて、虫が地上に落ちていきます。
そこへ戦場から妖怪たちが引き返してきました。角を生やした大男、竜や獣の姿の怪物たちです。
フルートはゼンや天狗と一緒に飛び出していきました。怪物を防ぎながら、メールとポポロに言います。
「祈祷師の祭壇を壊すんだ! そうすればもう妖怪は呼び出せない!」
「あいよ!」
「わかったわ!」
少女たちが花鳥で丘へ急降下していきます。
今度はその目の前に黒雲が湧き起こりました。気味の悪い声が響き渡ったと思うと、雲の中から大きな生き物が飛び出してきます。頭が猿、体と足が虎、尻尾が蛇の怪物です。
祈祷師が叫びました。
「行け、鵺(ぬえ)! その者どもを食い殺すのだ!」
けれども、鵺が来るより早く、メールが言いました。
「花たち!」
ざーっと雨の降るような音と共に花鳥が崩れました。メールとポポロを乗せたまま一回り小さくなり、鳥から離れた花たちが鵺に飛びかかっていきます。怪物が全身を花の網に縛られて、空から落ちていきます。
ポポロが地上へ手を向けました。魔法で祭壇を打ち砕こうとします。
すると、祈祷師が立ち上がって叫びました。
「式神! 出でよ、式神!!」
上空に白い靄(もや)が集まり、形になっていきます。青い長い上着の腰に帯を締め、白いズボンのようなものをはき、黒い細長い帽子をかぶった男です。大きな白い扇子で顔を隠しています。
「妖怪変化を率いて戦え、式神! その者どもを残らず倒すのだ!」
祈祷師に言われて、式神が扇子の陰からゆっくりと顔を上げます。
とたんに、式神が言いました。
「あれれれれぇ! どぉしてキミたちがここにいるのさ、勇者くんたちぃ!?」
メールとポポロだけでなく、フルートとゼン、ポチとルルまでが驚いて式神を振り向きました。それは、あまりにも彼らにお馴染みの声だったのです。
「ランジュール!!?」
と彼らはいっせいに叫びました――。