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外伝13「ヒムカシの国」

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4.一つ目

 「ヒムカシの国というのは、ユラサイの東側にある島国じゃ」

 山奥の家で、天狗はフルートたちに食事を勧めながら、そんな話を始めました。

「大小の島々が集まってできている国で、ユラサイとは内海で隔てられておるが、昔からユラサイとのつながりは深い。いろいろなところで、ユラサイと似たものを見つけることができる。ことば、文字、法律、医学――こんな食事の中にもユラサイの影響はある」

「ワン。だから、この国でもユラサイと同じように怪物を妖怪と呼んでいたんですね」

 とポチが言いました。相変わらず、とても賢い小犬です。

「ユラサイは近いんですか?」

 とフルートは尋ねました。

「ぼくとポチは、以前、ユラサイの手前のシェンラン山脈まで行ったことがあるんです。魔王を倒してゼンを助けるために」

「では、金の石の勇者は、もう少しで世界を一回りすることになるな」

 と天狗が笑いました。

「わしの翼でなら、ユラサイまで七日ほどで飛んでいける。風の犬たちならば、もっと早く行けるだろう。――こらこら、そんなにあわてて食うな。飯はなくなったりせんぞ」

 後半は、フルートたちではなく、同じ部屋で食事をしている子どもたちに言ったことばでした。一つ目の子どもたちは、刻んだ野菜や魚が混ざった粥をむさぼるように食べていたのです。食べ終わるとすぐに自分で鍋からお代わりをして、また食べます。体は小さいのにかなりの食欲です。

 フルートはまた尋ねました。

「この子たちはなんていう怪物なんですか? 一つ目だけれど、サイクロップスとは違うんですか?」

「無論違う。この子らは一つ目小僧たちじゃ。サイクロップスとはまったく別の生まれ方をしてきた妖怪よ」

 と天狗が答えます。

 一つ目小僧たちは賑やかでした。せわしく粥をかき込みながら、同時にしゃべり、笑い、口喧嘩をしています。なんだか人間の子どもたちを見ているようなので、フルートたちはいつの間にか彼らを気味が悪いと感じなくなっていました。

 

 一番小さな子は、目が一つしかないだけでなく、その下に口もありませんでした。他の子たちは大口を開けて食事をしているのに、その子だけは静かに座って、にこにこと笑い続けています。

 子どもたちと同じ粥をかき込みながら、ゼンが言いました。

「おい、天狗、この子は何も食わなくていいのかよ? 口がなかったら食事ができないんじゃねえのか?」

「ああ。その子は何も食べん」

 と天狗はあっさり答え、フルートたちの表情を見て、続けました。

「この子らは妖怪じゃ。本来、妖怪は何も飲み食いせんでも死にはせん。ただ、この子らは腹を減らしながら妖怪になったからな。食う必要はなくても、やっぱり腹を減らしておるんじゃ」

 フルートたちはさらにいぶかしい顔になりました。腹を減らしながら妖怪になった? とメールが聞き返します。

 すると、天狗は口のない一つ目小僧に手招きをしました。やって来た子を膝に抱いて、静かに話し出します。

「この子らは、元は人間の子どもだったのよ。飢饉の年に親に山に捨てられて、そのまま飢えて死んでいったんじゃ。本当はもっと生きたかったという未練があるから、黄泉の門をくぐることができん。そのまま妖怪に生まれ変わってきたんじゃ。片足を折られた子もいる。それ、その一本足の子がそうじゃ。この口のない子は、寝ている間に濡らした紙で口と鼻をふさがれて、息が詰まって死んだ。間引き、と言うんだがな――」

 フルートたちは本当に驚きました。あまりに凄惨な話に何も言えなくなってしまいます。

 一つ目の子どもたちは賑やかに食事を続けています。おかずを取った取られたで、とっくみあいの喧嘩が始まります……。

 

 天狗は、口のない子を膝にのせて、優しく頭を撫でていました。同じくらい優しい声で話し続けます。

「なんてひどい親たちだ、とおまえたちは思うだろうな。我が子にそんな残酷な真似をするなど、とんでもない、と。だが、このヒムカシの国は貧しい。特に、北部のこのあたりは、夏にもしばしば冬の木枯らしのように冷たい風が吹く。そうなれば秋に米が実らなくなって、たちまち飢饉じゃ。米とは、そら、今おまえたちが食べている、その粥の元よ。ヒムカシの人間たちの主食じゃ。しかも、わずかしか実らない米を、役人たちが税金としてかき集めていく。食うものがなくなれば、家族全員が飢え死にするしかない。生き延びるために、人間たちは弱い子どもや必要のない子どもを、山へ捨てにいくんじゃ。子どもが親を追いかけて山を下りてこないように、子どもの足を折ることもある……。残された子どもらに生き延びていく術はないから、じきに山の中で飢えて死ぬ。親たちのほうも、自分たちがしでかしたことを正しいとは思うとらんから、子どもを捨てた山を恐れて忌み嫌うようになる。そんな気持ちが山に宿って、山は子どもらの魂を妖怪に変えていくのよ。飢饉がこの地を襲うたびに、行く先を見失った子どもらの魂が、一つ目小僧になっていくんじゃ」

 天狗の話に、ゼンとメールは青ざめた顔を見合わせました。ドワーフたちは地下で安定した暮らしを送っていますし、海もいつも豊かなので海の民は食料に困るようなことはありません。それほどすさまじい飢えと悲劇を、とても想像することはできませんでした。天空の国に住むポポロやルルも同様でした。魔法使いの彼らは、天候さえ魔法で変えて、常に豊かな実りを得ているのです……。

 ところが、ポチが少しの間考えてから言いました。

「ワン、ぼくやフルートが住んでるロムド国も、四、五十年前まではそんな感じだったんですよ――。ロムドは元々荒れ地や山地が多かったから、王都の東側以外は、いつもすごく貧しかったんです。ちょっと天候不順が続くと、すぐ飢饉が起きたし、そうなると、やっぱり子どもたちが森に捨てられました。女や子どもが人買いに売られることも多かったって聞きます。今のロムド王は、そんな国民の様子に胸を痛めて、西部の大荒野の開拓事業を始めたんです。街道を整備して、水路を引いて。荒野に畑や牧場が広がっていったおかげで、ロムドでは飢え死にする人が出なくなって、今みたいな豊かな国になっていったんです」

「おまえたちには実に賢い王がいるんだな」

 と天狗が穏やかに笑いました。口のない一つ目小僧は、天狗の膝で眠ってしまっていました。それをまだ撫でながら話し続けます。

「人間ならば、それができる。だが、わしにはそれは許されておらん。山に捨てられた子どもがどれほど泣いていても、天狗のわしには助けてやることができん。人間の世界の出来事は、人間だけにしか変えていけんからな――。だからせめて、妖怪になった子どもたちだけは助けてやりたいと思うのよ。飢えている子どもたちには腹一杯食わせて、寒さを忘れられない子どもには暖かい服や布団を準備してやってな。どれほど手を尽くしても、子どもらは一つ目の妖怪のままじゃ。だが、初めは笑わない子どもたちも、ここに来ればじきに笑うようになるんじゃ」

 

 他の四人の一つ目小僧たちは、食事を終えて遊び始めていました。一人が回す独楽(こま)に他の子どもたちが歓声を上げます。

 それを見て、天狗がまた叱りました。

「こら、そんなところで独楽回しをするヤツがあるか! 外でやらんか、外で!」

 はぁい、と子どもたちは言って、ぞろぞろと家の外に出て行きました。一本足の男の子は、ぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして歩いていきます。一つ目の女の子たちが何かをささやき合って、楽しそうに笑います。

 そんな子どもたちを見ながら、フルートは静かに言いました。

「ぼくたちには、死んで闇の民から人間に生まれ変わった友だちがいるんです……。その友だちが言っていました。自分たちが死んで生まれ変わってくるのは、人生をやり直せって言われているからだと思う、って。あの子たちも、きっと同じですよね。人間だったときに悲しい人生しか生きられなかったから、あなたのところで、幸せな一生をやり直してるんだ」

 それを聞いて、天狗はにっこりしました。

「ありがとう。そんなふうに言ってもらえると、わしもこの子らも実に嬉しいな」

 いかつい赤ら顔がとても優しくなります。

 

 すると、ずっと黙って考え込んでいたポポロが、おずおずと口を開きました。

「あの、天狗さん……あたしたち、海岸で、石ややこっていう赤ちゃんや、ものすごく痩せたグールと出会っているんですけど……あれもやっぱりそんなふうに生まれてきた妖怪なんですか?」

「痩せたグール? ああ、餓鬼(がき)どもだな。そうじゃ。石ややこは口減らしに捨てられた赤ん坊の妖怪だし、餓鬼は飢饉で飢え死にした大人の魂がなる。連中に出会ったのに無事だったのか。さすがは金の石の勇者たちだな」

「餓鬼はフルートが金の石で消滅させたわよ。石ややこは、フルートが抱き続けていたら消えちゃったの」

 とルルが答えると、ほう、と天狗は言いました。

「石ややこは喜んで消えていっただろう。生まれてすぐに捨てられた赤ん坊だから、親から存分に抱かれた覚えがない。だから、自分を抱いてくれ、と泣いて訴えるし、下ろすと怒ってその人間を取り殺してしまう。だが、石ややこが満足するまで抱き続けてやると、石ややこは喜んで黄泉の門へ旅立っていくんじゃ。……餓鬼のほうはもうちょっと性悪で残忍だからな。連中を救うには、連中を消滅させるしかない。金の石の勇者というのは、実に優しいものだな」

 天狗はしきりに感心していましたが、フルートは何も言えませんでした。天狗の膝で眠り続ける子どもを眺めてしまいます。大きな一つ目を閉じた寝顔は、とても安らかです……。

 

 その時、とんとん、と家の入り口の戸がたたかれました。

「客じゃ。わしは立ち上がれん。すまんが開けてもらえんか?」

 と天狗に言われてゼンが戸を開けに行くと、外に大人の女の人が立っていました。黒髪を結い上げて、真っ白い服を着ています。

「おお、今、知らせに行かせようと思っていたところじゃ」

 と天狗が言うと、女の人が答えました。

「今日、金の石の勇者が到着することは、とうの昔にわかっていました。どうぞ、うちへおいでください」

 とても綺麗な人ですが、なんだか不思議な雰囲気が漂っています。

 すると、天狗がフルートたちに言いました。

「これはオシラ。人間たちは生活の守り神と崇めておるが、やはりエルフ族の仲間じゃ。どれ、オシラの家へ行こう。オシラは予知能力があって、おまえたちがこのヒムカシの国を救うだろう、とずっと以前から言っていたんじゃ」

 自分たちがヒムカシの国を救う?

 意外な話に、フルートたちは驚きました――。

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