ヒムカシの国と言われて、フルートたちは驚きました。今まで聞いたこともなかった国の名前です。
「じゃ、ここはどこにある国なの? ユラサイは近いのかい?」
とフルートは尋ねましたが、まだ幼い子どもたちはそれに答えることができませんでした。しばらく困ってから、こう言いました。
「お兄さんたちをてんじぃのところに連れてってやるよ」
「てんじぃは、すごく物知りなんだ。てんじぃならきっと答えられるよ」
と、砂浜の奥に見える山へ向かって歩き出します。フルートたちはあわててそれを追いかけました。てんじぃというのが何者なのかわかりませんが、とにかく会ってみよう、と考えます。
砂浜はじきに終わって、急な山道が始まりました。道の両脇から木がおおいかぶさって緑のトンネルのようになった道を、子どもたちはどんどん登っていきます。その後をついていきながら、ルルがつぶやきました。
「変よ――あの子たちが通った後の道に、人間の匂いがほとんどしないわ」
鼻の頭にしわを寄せています。ポチが聞きつけて驚きました。
「ワン、そういえば……。だけど、あの子たちから悪い匂いはしないけれど?」
「闇の匂いもしないわよ。でも、怪しいじゃないの。だいたい、あんな小さな子たちが山道をこんなに速く登っていけるって、どういうこと? 山に慣れているゼンより速いのよ?」
それはその通りでした。ゼンもフルートたちも一生懸命山道を登っていましたが、それでも、先を行く子どもたちを見失わないようにするのがやっとだったのです。
「確かめてみるわね」
と言うなりルルは風の犬に変身しました。ごうっとうなりを上げて前へ飛んでいき、子どもたちの前に降り立って激しくほえ出します。
ウォンオンオンオン……!!!
子どもたちは立ちすくんで、いっせいに悲鳴を上げました。とたんに、その体が変化しました。小さな子どもの姿はそのままですが、頭がふくれあがるように大きくなります。足が一本溶けるように消えてしまった子もいます。
駆けつけたフルートたちは驚いて立ち止まりました。五人の子どもたちは皆、大きな頭に大きな一つ目の怪物に変わっていたのです。四人はきゃあきゃあと悲鳴を上げていますが、一番小さな子どもだけは何も言いませんでした。その顔には、口がありません――。
「ワン、サイクロップスだ!!」
とポチは言いました。サイクロップスは一つ目の巨人です。次の瞬間には見上げるような大きさになるのではないかと、フルートたちは身構えました。
ところが、子どもたちはそれ以上変わることがありませんでした。抱き合ったまま悲鳴を上げ続けています。その大きな一つ目からは涙がこぼれていました。牙をむいてほえる風の犬を怖がっているのです。
「待て、みんな」
とフルートは仲間たちを制止しました。ゼンは魔法の弓矢を構え、メールは花を呼び寄せていたのです。ポチは低く身構えて風の犬に変身しようとしていました。一つ目の子どもたちは何もしてきません。ただ抱き合って泣いているだけです。
すると、頭上の梢が急に鳴って、何かが空から急降下してきました。背中に羽根を生やした人のような怪物です。手にした杖をフルートたちに突きつけてどなります。
「よくも山にやってきたな、不届きな人間どもめ!! 許さんぞ!!」
われるような声と共に雷が降ってきました。とっさにフルートが仲間たちの前で両手を広げると、その胸で金の石が輝いて、雷を跳ね返します。激しい音をたてて稲妻が道ばたの木に落ちたので、一つ目の子どもたちがまた悲鳴を上げます。
「なんだよ、こいつらは!?」
ゼンがどなりながら前に飛び出してきました。次の瞬間には、空にいる怪物めがけて矢を放ちます。
翼の怪物が手にしていた羽根の団扇(うちわ)を振りました。たちまち激しい風が巻き起こって、矢が押し返されます。
フルートは炎の剣を引き抜きました。怪物の魔法を跳ね返すために盾も構えながら呼びます。
「ポチ!」
「ワン!」
たちまち小犬が風の犬に変身しました。フルートを背中にすくい上げて、空の怪物へ飛んでいきます。巻き起こった風に木々の梢がごうごうと揺れます。
すると、怪物が言いました。
「これは珍しい。風の犬か! だが、ここはわしの山じゃ! おまえたちをここから生きて帰すわけにはいかんわ!」
ところが、その瞬間にまた悲鳴が上がりました。今度は一つ目の子どもたちだけでなく、ポポロの声も一緒です。
「木が倒れるわ――!!」
稲妻が命中した大木が、風にあおられてゆっくりとかしいでいました。太い幹が一つ目の子どもたちの上に倒れていきます。子どもたちは立ちすくんでしまって、その場から逃げることができません。
「いかん!」
と翼の怪物がまたどなりました。フルートとの戦いを投げ出して飛んでいきますが、木の倒れるほうが先でした。子どもたちが大木の下に消えていこうとします。
すると、フルートが叫びました。
「ゼン、ルル!」
おう、とゼンが木の下に駆け込みました。両手を上げて、倒れてくる幹をがっしりと受け止めます。そこへルルが飛び込んできました。長い風の体に一つ目の子どもたちを巻き込んで、木の下からさらっていきます。
「ったく。なんだって怪物を助けてやらなくちゃならねえんだよ。こいつら、敵かもしれねえんだぞ」
「しょうがないわよ。だって、フルートは金の石の勇者なんだもの」
ゼンとルルがぼやきながら怪物の子どもたちを避難させます。
翼の怪物は空に浮いたまま、ぽかんとその様子を見ていました。ゼンが放り出した木が、ずしーんと重たい音をたてて落ちたので、また驚きます。
空ではポチに乗ったフルートが、ほっとした顔をしていました。たとえ怪物でも、子どもたちが押しつぶされるところなど見たくはなかったのです。そんなフルートを、翼の怪物がふりむきました。金の鎧兜を着た姿をつくづくと見て言います。
「金の石の勇者と言ったな……。おまえのような子どもが? 本当なのか?」
驚く声に敵意は感じられません。
すると、ルルの風の体から解放された子どもたちが、空を見上げて呼びかけました。
「てんじぃ! てんじぃ!」
「あなたが?」
とフルートも驚きました。てんじぃと呼ばれた怪物は白い服を着て、頭に小さな黒い帽子をかぶり、片手に杖を持っていました。さっき風を起こした羽根団扇は腰の帯から下がっています。赤い顔の真ん中に、異様に高くて長い鼻があります――。
すると、地上で花に囲まれていたメールが言いました。
「フルート! その人、天狗(てんぐ)っていうんだってさ! この山の主で、危険な人じゃないって、花たちが言ってるよ!」
「天狗……」
フルートは改めて相手を見ました。今まで会ったこともなかった怪物です。
すると、翼の怪物が言いました。
「これはこれは。確かに金の石の勇者らしいな。不思議な仲間を連れておるわい。いかにも、わしは天狗じゃ。もうずいぶん長いこと、この山に住み着いておるが、実を言えば、こう見えてもエルフ族の末裔(まつえい)じゃ。――ようこそヒムカシの国へ、金の石の勇者。オシラの予言の通りだったな」
歓迎のことばを言って、からからと笑う天狗を、フルートたちはあっけにとられて見つめてしまいました。