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外伝12「金葉樹の城」

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8.激闘

 メイの王女の命はいただいたよ、というランジュールの声に、会場中の誰もが、ぎょっとしました。白いドレスを着て金髪を結い上げた王女は、たった一人で立っていました。そこへ人面鳥になったランジュールが急降下していきます。

「セシル!」

 オリバンが引き返しますが間に合いません。魔法使いたちは杖を向けましたが、魔法はすべて跳ね返されます。人面鳥の爪と牙がひらめいて王女を引き裂こうとします――。

 

 その瞬間、王女の目の前に突然大きな獣が姿を現しました。見上げるような灰色の狐です。

「わっとっとぉ!」

 狐にかまれそうになって、ランジュールはまた上昇していきました。天井の近くで羽ばたきながら言います。

「あれれぇ。それ、ロダの管狐(くだぎつね)じゃないかぁ。どうしてこんなところにいるのさぁ?」

 その間にオリバンがセシルに駆け寄っていました。セシルをかばって剣を構え、大狐を見上げます。

「管狐を繰り出したのか。いつの間に連れてきていたのだ?」

「いいや、勝手についてきた。今も呼んでもいないのに助けてくれたんだ」

 答えるセシルのドレスの帯には、細い笛のような銀の筒が揺れていました。魔獣の管狐はこの中に棲みついているのですが、セシルがどんな服に着替えても、いつの間にかその腰に筒が現れているのでした。

 うふん、とランジュールが笑って、人面鳥から半分姿を現しました。

「ちょうどいいやぁ。王女様の命令なんか聞いてないで、ボクのものになりなよ、くーちゃん。ボクは強い魔獣が大好きなんだ。思う存分、人間を殺させてあげるよぉ」

 勝手に大狐に名前をつけ、頭上に舞い下りて半ば透き通った手を突きつけます。魔獣使いの力で服従させようというのです。管狐! とセシルとオリバンが叫びます。

 すると、ケーン! と狐が鳴きました。大きく飛び上がって人面鳥にかみついていきます。ランジュールは悲鳴を上げて、また天井へ逃げました。

「えぇ? キミは自分から王女様を守ってるんだって? だから、ボクのものにはならないって? なにさ、それぇ!」

 

 その様子に白の魔法使いは我に返りました。すぐに仲間たちに命じます。

「我々はあの象を倒すぞ! 深緑、正体を暴け!」

「今度こそ承知じゃ」

 老人が杖を突きつけ、濃い眉の下から象の怪物をにらみつけます。とたんに天井まで届く巨大な怪物が縮み始めました。二本足から四本足になり、さらに小さくなって、普通の大きさの象に変わってしまいます。

 ところが象が急に駆け出しました。床に倒れたユギルと、それを抱き起こしているロムド王へ向かっていきます。縮んだとはいえ、やはり大きな象です。地響きが広間の床を揺らします。

 すると、その目の前に二人の男が現れました。青い衣の大男と赤い衣の小男です。突進してくる象に向かってそれぞれの杖を突きつけます。とたんに、象がその場にばったり倒れました。それきり、まったく動かなくなります。

 その真上に白の魔法使いが姿を現しました。象に向かって落ちながら、鋭く杖を向けます。

「そこだ!」

 白い光がひらめき、象の腹のあたりで何かがパンと弾けました。小さな黒いしぶきがあたりに飛び散ります。

 落ちてきた白の魔法使いを青の魔法使いが受けとめました。

「やはり闇が取り憑いていましたか」

「ああ、闇の虫だ。象の中に棲みついて怪物に変えていたんだな」

 答える女神官は武僧の腕の中です。それを見た赤の魔法使いが飛び跳ねながらわめきます。

「ラ! ナ、ダ、レハ!? ツマデ、テル、アオ!」

「ああ、いやいや。これはいわゆる、もののはずみというもの」

「へ、変なことを言うな、赤」

 女神官が真っ赤になりながら武僧の腕から飛び下ります。そんな二人に異国の魔法使いがさらに食ってかかります。

 

「やれやれ。こんなときに何をやっとるんじゃい」

 深緑の魔法使いは呆れながらロムド王のそばに行って、ぐったりしている占者に手を当てました。見る間にその怪我が治って青年が目を開けます。

「陛下、深緑殿――」

「無茶をするでない、ユギル。そなたは占者だ。体を張って王を守るのが役目ではないはずだぞ」

 と王が叱ります。珍しく、本当に厳しい顔と声です。

 青年は体を起こすと、静かに答えました。

「あのままでは陛下のお命がなくなると直感しましたので。わたくしならば、きっと命拾いするという予感もしておりました」

 同じく深緑の魔法使いに怪我を治してもらったゴーリスは、そんな二人を見て微笑しました。王が本気で怒っているのは、それだけ占者を本気で心配していたからです。そして、一見冷静に答えているような占者も、実は感激に目を細めて、泣き笑いのような表情をしていたのでした。

「あとはあいつを倒すだけか――」

 とゴーリスは言って広間の中央を見ました。そこでは、管狐の背に乗ったセシルとオリバンが、人面鳥になったランジュールと戦っていました。

 

「ああもう! ホントに往生際が悪いなぁ、キミたちって!」

 ランジュールが急降下を繰り返しながらわめいていました。

「いいかげん、ボクに殺されなったら! 皇太子くんはとびきり綺麗に殺してあげるからさぁ」

「ご免こうむると何度言ったらわかる! 貴様こそ、さっさと死者の国へ行け!」

 とオリバンがどなり、大剣をふるいます。翼の先を切られそうになって、またランジュールが舞い上がります。

「やぁだよぉ。ボクが黄泉の門をくぐるときには、皇太子くんと勇者くんの魂が手みやげさ。絶対そうするって決めてるんだから、ボクを死者の国に行かせたかったら、皇太子くんもボクに殺されなくちゃ」

「そんなことはさせるものか! オリバンに絶対手出しはさせない!」

 と言い返したのはセシルです。大狐の背中にまたがり、燃えるようなすみれ色の瞳でランジュールをにらみつけています。

 ふふん、とランジュールが笑います。

「勇ましい王女様だなぁ。皇太子くんと熱々で、ホントに妬けるよね。悔しいから、こうしちゃおっかなぁ」

 人面鳥のランジュールの顔が、かっと口を開けました。とたんにそこから光の弾が飛び出してきます。魔法で攻撃してきたのです。

 けれども、それがセシルたちに当たる前に、管狐が大きく身をかわしました。狐の動きに合わせて、ふわりとセシルの背中で薄絹がひるがえります。

 それた魔法が床で破裂したとたん、招待客が悲鳴を上げました。物見高い貴族たちが広間に残って戦いを見守っていたのです。やめろ! とセシルとオリバンが同時に叫びます。

 うふん、とランジュールはまた笑いました。

「そぉかぁ、この手があったね。急がば回れ。まずこっちを攻撃すれば良かったんだぁ」

 と見物客へ襲いかかっていきます。たちまち悲鳴が上がり、貴族や貴婦人が逃げ出します。

「管狐!」

 セシルの声に大狐が飛び上がり、貴族たちを守るように立ちはだかりました。オリバンがまた人面鳥に切りつけます。

 とたんにユギルの声が聞こえました。

「殿下、危ない――!」

 反射的に身を引いたオリバンのすぐ目の前を、魔法攻撃が飛びすぎて行きました。貴族を襲うと見せたランジュールが、振り向きざま、口から発射してきたのです。セシルは管狐にしがみついていたので無事でしたが、オリバンのほうは体勢を崩しました。狐の背中から仰向けに転がり落ちます。

 セシルとランジュールが同時に叫びます。

「オリバン!」

「もらったぁ、皇太子くん!」

 人面鳥が音を立てて羽ばたき、オリバンに向かって急降下します。

 

 すると、またユギルの声がしました。

「白殿! セシル様に剣を!」

 白の魔法使いは突然の指示に一瞬驚き、すぐさま杖を振りました。淡い白い光が管狐へ飛び、セシルの手元で一本の剣に変わります。セシルの部屋に置いてあった彼女のレイピアです。

「飛べ、管狐!」

 セシルの声に大狐が舞い下りてくる人面鳥と同じ高さまで飛び上がりました。セシルが剣を突き出して鳥の胸を貫きます。ギャーッと響き渡った絶叫は、ランジュールではなく、人面鳥本来の声でした。血を吹き出しながらオリバンの目の前に落ちていきます。

 オリバンは即座に跳ね起きて怪物の首を切りました。血をまき散らして転がった頭は、いつの間にかランジュールから元の人面鳥の顔に変わっていました。

 

「あーあ、やられちゃったぁ。せっかく捕まえたとびきりの人面鳥だったのになぁ」

 空中に幽霊の青年が浮いていました。赤い長い上着のポケットに両手を突っ込み、細い肩をすくめています。

「まったく、やっかいなお嫁さんを見つけたねぇ、皇太子くん。魔獣使いの上に剣の腕まで立つなんてさぁ。これじゃますます殺しにくくなったじゃないか。ま、あきらめないけどねぇ」

 のんびりした口調で物騒なことを言って、ランジュールはまた笑いました。

「ふふふ。さあ、皇太子くんと勇者くん、今度はどっちの命を狙おうかなぁ。まだ決まってないけど、きっとまた来るからね。今度こそ必ず皇太子くんの命はいただくから、それまでせいぜい王女様と仲よくねぇ。うふふふ……」

 幽霊の青年は姿を消していきました。その痕を魔法使いたちが繰り出した攻撃が飛びすぎます。

 

「オリバン!」

 セシルは管狐の背中から飛び下りました。両手を広げたオリバンの胸に飛び込み、しっかりと抱き合います。二人とも手には血に濡れた剣を握っています。

 そんな皇太子と王女を、大広間の人々が見つめていました――。

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