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外伝12「金葉樹の城」

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9.金陽樹の城

 「オリバン、セシル姫」

 と王から呼ばれて、抱き合う二人は我に返りました。玉座にロムド王が座り直していました。その両脇には、ユギル、ゴーリス、四大魔法使いが並び、広間の周囲には大勢の招待客がいます。それに気がついて、セシルは真っ青になりました。彼女は血に染まった剣を握り、後ろには見上げるような狐の怪物を従えています。何をどう言っても取り繕うことなどできない状況でした――。

 すると、オリバンがセシルの手から剣を取り上げました。自分のマントの端で怪物の血をぬぐい、床に落ちていた鞘に収めてセシルの手に戻します。

「私たちの命を守った大切な剣だ。恥じることはない」

 と言い、自分が使っていた大剣も、やはりマントで血を拭き取ってゴーリスへ返します。その堂々とした態度に、セシルは何も言えなくなります。

 ロムド王が再び呼びました。

「二人とも、こちらへ来なさい」

 セシルはまた青ざめました。オリバンについて行きますが、足が震えるのを止めることができません。自分は未来の皇太子妃として取り返しのつかないことをしてしまったのだと考え、王の前でドレスを広げてお辞儀をしたまま、顔を上げられなくなります。管狐が心配して大きな鼻先をセシルの背中に押し当てましたが、それに気がつく余裕さえありません。

 

 すると、ロムド王が言いました。

「オリバン、セシル姫――よくぞ広間の者たちを守った。すばらしい戦いであったぞ」

 セシルは思わず顔を上げました。驚いてロムド王を見つめてしまいます。その隣でオリバンが頭を下げていました。

「撃退に手間取って申し訳ありませんでした、父上。あの幽霊は私やフルートの命をずっとつけ狙っているのです。皆を危険な目に遭わせてしまったことにも、すまなく思っております」

「皆、無事であってなによりだ。特に、四大魔法使いとセシル姫の活躍は見事であった。そこの大狐殿もな。我々を守ってくれたことに感謝する」

 そのことばがわかったのか、ケーン、と大狐は返事をして、そのままセシルの腰の筒に消えていきました。おおっ、と貴族や貴婦人たちが声を上げます。その中に感心する響きを聞き取って、セシルはさらにとまどいました。不作法をしでかした彼女を非難する声ではありません……。

 ロムド王は穏やかに笑いました。

「何故そんなに意外そうな顔をされるかな、セシル姫。ロムドには、自分を救ってくれた人物に感謝しないような、愚かで薄情な国民はおらぬぞ。そうであろう、皆の者?」

 王の声はよく響きます。貴族や貴婦人たちはいっせいにうなずきました。誰かが手をたたき始めると、すぐに広がって、大きな拍手に変わります。

 何も言えなくなっているセシルの肩を、オリバンが抱き寄せました。王に向かって言います。

「これが私の妻となる人です、父上。私を助け、私と共にロムドを守っていく、未来のロムド王妃です」

 大階段の上からトウガリと共にメノア王妃とメーレーン王女が広間に戻ってきたところでした。皇太子のこのことばを聞いて、揃って笑顔になります。会場の拍手がいっそう大きくなります。

 ユギルの隣には、リーンズ宰相とレイーヌ侍女長に付き添われて、ラヴィア夫人が戻ってきました。戦いの間、安全な場所にいたので、怪我はありません。セシルと視線が合うと、夫人は眼鏡の奥で目を細めてうなずき返しました。まるで、それでよろしいのですよ、と言うように――。

 

 セシルは自分の右手を見ました。白い鞘に収まった剣を少しの間見つめてから、おもむろにそれを横に構えます。そして、彼女は床に膝をつき、王を見上げて言いました。

「わたくしは、このすばらしいロムドの一員となれることを本当に嬉しく思います。わたくしの心と剣は生涯この国と陛下のもの。国を守る方々と共に、ロムドのために尽くしていきたいと思います。どうぞお受け取りください」

 それは騎士が主君に忠誠を誓うときのことばでした。ドレス姿でひざまずき剣を捧げる彼女に、もう迷いやとまどいの表情はありません。

 王は玉座から立ち上がり、自分から歩み寄ってセシルの剣を受けとりました。それを一度前にかざして、再びセシルの手に戻します。

「姫の忠心は確かに受けとった。オリバンと共にロムドの未来を守り、国民を幸福と発展に導いていってくれるように」

 セシルは剣を受けとって一礼すると、オリバンの隣に立ち上がりました。白いドレスに金の髪のすらりとした姿は、遠いナージャの森に生える金陽樹によく似て見えます――。

「姫の象徴の樹はロムドに根付きました。これからその枝葉を大きく広げ、嵐から国を守り、青き獅子を樹下に憩わせることでしょう」

 とユギルが静かに言いました。未来を厳かに告げる占者の声です。再び人々が手をたたき始めました。美しく凛々しい皇太子妃へ、割れんばかりの拍手を送ります。

 

 それを聞きながら、セシルは隣のオリバンを見上げました。そっとささやきます。

「やはり、私は普段は男の格好をしていようと思う。あの姿が一番自分らしい気がするからな……。かまわないだろうか?」

 セシルは完全に男の口調に戻っていました。オリバンが笑って答えます。

「どんな格好をしていても、あなたはあなただ。外見が中身まで変えてしまうはずはない。それに、私はあの姿が気に入っている。そのことばづかいもな」

「物好きだな……だが、ありがとう」

 頬を染めてほほえみ返したセシルを、オリバンがまた抱き寄せます。

 

 金陽樹の姫を迎えた城に、拍手はいつまでも鳴り響いていました――。

The End

(2009年4月2日初稿/2020年3月26日最終修正)

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