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外伝12「金葉樹の城」

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5.皇太子と王女

 皇太子の婚約披露の日は、あっという間にやって来ました。

 夕刻から続々と招待客が到着して、城の大ホールに入っていきます。何百人という貴族の男女で、全員が金のかかった立派な格好をしています。城から正式な招待状が届いてから祝宴の当日まで、わずか一週間しかありませんでした。誰もが準備に血まなこになり、やっと間に合った真新しい服に身を包んでやって来たのです。この一週間、王都とその近辺では、仕立屋という仕立屋が徹夜で仕事に追われたのでした。

 会場のホールでは招待客が賑やかに話し合っていました。話題の中心は、なんと言っても皇太子の婚約者のことです。先日ロムドに攻め込んだメイの王女を皇太子妃にするというので、誰もが不満顔でした。

「まったく、王といい皇太子といい、王室は敵国の姫がお好きだな! 敵をロムドに引き入れて無事ですむはずがないというのに。何を考えておられるのだ」

「実際にはメイの王女は賠償金なんだよ。メイがロムドの属国になる証に贈られてきたんだ。后と言っても、ただの飾り人形だ」

「だが、十四年前そうやって嫁いできたメノア様は、今は正真正銘の王妃だぞ?」

「メノア様はザカラスの王女だったじゃないか。持参金だって相当なものだったと聞いている。貧乏で野蛮なメイとは全然話が違うさ」

「私はメイの王女が城に到着したところを見かけたが、なんと、男の格好をして腰には剣まで下げていたぞ。メイが野蛮だという意見には実に賛成だな」

「さしずめ獣の皮の服でも着て登場するんじゃないのか、メイの王女は」

 意地の悪い笑い声が、どっと上がります。

 華やかな格好をした貴族の娘たちは、母親と話をしていました。

「ねえ、お母様、皇太子殿下ってどんなお方ですの? 今まで話にも聞いたことがなかったのに」

「私もよく知りませんよ。なんでも、ずっと辺境部隊にいらしたのですって。とても乱暴で怖い方だとお父様が言っていたわ」

「まあやだ。そんな方が未来のロムド王になるの? ねえ、お母様、私もう家に帰りたいわ」

「私もですよ。陛下のおことばがすんでご挨拶が終わったら、さっさと屋敷に戻りましょう。こんな急支度な宴は面白くもないでしょうからね」

 そんな感じの会話があちらこちらでやりとりされています。

 

 会場の隅にひっそりと立っていた青の魔法使いが、別の片隅にいた深緑の魔法使いに心で話しかけました。

「やれやれ、ものすごい言われようですな、セシル様も皇太子殿下も。会場中、悪口の洪水ですぞ」

「好きなように言わせておけばよかろう。どうせ貴族どもには何も見えとらん。連中の目はただの節穴じゃからな」

 と深緑の魔法使いが心話で答えます。周囲に魔法を張り巡らしているので、そこに彼らがいることに、招待客はまったく気がついていません。自分たちの会話が一言もらさず聞かれているということにも――。

「ガ、ブ、カ?」

 と赤の魔法使いがまた別の片隅から話しかけてきました。やはり声には出さない心話を使っています。

「セシル様ですか? 白が言うには、見た目はまったく心配がないという話でしたがな。問題は中身のほうだ。この意地悪な連中に尻尾をつかまれれば、あっという間につるし上げられますぞ」

 と青の魔法使いが心配そうに答えます。

 

 そこへ会場にラッパの音が鳴り響きました。王と王妃の入場の合図です。入り口という入り口から綺麗な服を着た給仕や城の家来が入ってきて、招待客へ丁寧にお辞儀をします。客はいっせいに話をやめ、奥の大階段に注目しました。分厚い絨毯を敷き詰めた階段を、宝冠をかぶったロムド王が王妃の手を取って下りてきます。王はロムドを象徴する緑と銀の服に白テンのマントという衣装、王妃は初夏らしい薄緑色のドレスに、銀の刺繍をした白い薄絹をマントのようにはおっています。そのすぐ後ろを下りてくるのはメーレーン王女です。今日もバラ色のドレスを着ていますが、プラチナブロンドの巻き毛を結い上げているので、いつもより少し大人びて見えます。

 王の一家にうやうやしく頭を下げた招待客の前へ、王たちを追い越して階段を駆け下りてきた人物がいました。赤と緑と青の服を着た、背高のっぽの道化です。大げさな身振りで客に向かってお辞儀を繰り返し、笑うような化粧をした顔をあちこちへ向けます。その滑稽な姿に客人の間から笑いが洩れると、道化が声を上げました。

「本日は皇太子殿下とメイのセシル王女様の婚約披露宴にお集まりいただき、まことにありがとうございます! 季節は折しも緑麗しい季節。若いお二人のめでたい宴にふさわしゅうございます――!」

 派手に感動しながら道化が両手を広げると、とたんに何もなかった手の先から花が飛び出しました。手を振るたびに花が次々湧き出してくるので、道化は驚いた顔になり、それでも花が尽きないので笑いながらあたりに振りまき始めました。

「どうやら花の女神も殿下と王女のご婚約を祝っておいでのようでございます! これはめでたい! いやめでたい!」

 道化は踊るような足取りで客の間に飛び込んでいくと、さらに客へ花をまき散らしました。ついさっきまで婚約に文句を言っていた客人たちが、思わず声を上げて笑い出します。

「ほう、さすがはトウガリ殿じゃな」

 と深緑の魔法使いが感心しました。道化がやって見せているのはただの手品ですが、色とりどりの花吹雪と共に、不満に充ちた会場が一気に和やかになっていました。王や王妃、メーレーン王女も笑顔で会場の正面の席に着きます。

 

 すると、どこからともなく黒ずくめの剣士が現れて、王の一家を守るようにそばに立ちました。ゴーリスです。めでたい席でも剣を携帯することを許されています。

 正面の入り口が一度扉を閉じ、そこから案内係が入ってきて会場へ呼びかけました。

「オリバン皇太子殿下のご入場です!」

 会場の楽団が音楽を奏で始めます。人々がいっせいに入り口に注目する中、扉が再び大きく開かれると、そこに皇太子が立っていました。黒と銀の服に身を包み、緑のマントをはおった、大柄な青年です。

 とたんに貴族や貴婦人は息を飲み、貴族の娘たちが歓声を上げました。皇太子は見るからに立派で美しい容姿をしていたのです。正面の玉座に座る王や王妃に向かって一礼する姿にも、王族の気品と威厳が漂います。

「お母様、お母様、あれが皇太子殿下なの!? とても乱暴で怖い方だなんて嘘ばっかり! 信じられないくらい素敵なお方じゃないの!」

「私のせいじゃありませんよ。私はおまえのお父様からそう聞いていたんですからね。まあ、本当になんて立派な方だったんでしょう――」

 母と娘が興奮しながらそんな会話をするかたわらで、貴族たちも頭を寄せ合ってひそひそ話をしていました。

「あれが皇太子殿下か? 信じられん。前に見たときと、ずいぶん感じが違うじゃないか」

「ああ。以前はいつも不機嫌そうで、しょっちゅう周囲にどなりちらしていたんだ。父君の国王陛下とも、臣下の面前でおおっぴらにやり合っていたというのに」

「落ちつきと威厳のある皇太子だ。まるでもう若い王のようだな。先のロムド十三世によく似ておられる」

 誰もが、威風堂々としたオリバンの姿を、驚き呆気にとられて眺めています。

 

 すると、オリバンの後ろでまた扉が閉じました。案内係が再び声を上げます。

「皇太子殿下の婚約者、メイの王女セシル様のご入場です!」

 とたんに、会場の招待客がざわめきました。セシルという男名にとまどったのです。ところが、扉がまた開いたとたん、そんな声は潮が引くように消えていきました。誰もがぽかんと口を開けて入り口に立つ人物を見つめます。

 そこにいたのは、目が覚めるように美しい女性でした。長い金の髪を結い上げ、花嫁のような純白のドレスを着ています。大きく開いた襟ぐりの後ろには薄絹が直接縫いつけられていて、マントか長いベールのように後ろの床に流れています。ロムドでは見たことがなかったデザインの服に、貴婦人や貴族の娘たちが目を丸くします。

 オリバンが入り口へ歩いていって、王女の手を取りました。非常に大柄な皇太子ですが、王女のほうもそれに見劣りしないだけの長身です。さらにとても女性らしい体型をしているので、二人並ぶと非の打ち所がない一対になります。黒と白の美男美女です。王女のドレスや薄絹には銀の刺繍がほどこされ、結い上げた髪には緑の宝石が飾られていて、オリバンの衣装やマントとさりげなくお揃いになっていました。

 会場中の人々が声もなく二人に見とれる中、リーンズ宰相が身をかがめて、かたわらの女性にささやきました。

「こんな短期間に、よくあれだけの衣装をセシル様に準備されましたな。さすがはレイーヌ侍女長です」

 すると、ふくよかな体型をした侍女長は微笑を返しました。

「いいえ、あれはセシル様がご自分の国からお持ちになったドレスです。セシル様の母君がたくさんの衣装を荷物に入れてよこされたので、その中から殿下のお衣装と一番釣り合いの取れるものを選んだのです。こちらで準備したのは、あの髪飾りだけです。ご覧なさいな、宰相。女性たちのあの熱いまなざしを。断言しますが、あのメイ風のドレスは、これからロムドの社交界で大流行しますよ」

「それは悪くない話です」

 と宰相も笑いながら答えて、国王一家の前に進んでいく皇太子とメイの王女を見守り続けました。

 玉座の前で、セシルはドレスの裾を広げて深く一礼しました。まるで一羽の白鳥が翼を広げたような優美さが漂います。会場中から、ほうっと溜息が上がります。セシルは、完璧なロムド式の女性のお辞儀をして見せたのでした――。

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