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外伝12「金葉樹の城」

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3.要(かなめ)の国

 執務室では、ロムド王と重臣たちが、オリバンからの報告を聞き終わったところでした。ロムド王が、ふむ、と言います。

「なるほど、今回のメイでの一件はそのようなことであったか。世界はまたしても勇者殿たちに救われたのだな……。我が国は、オリバンとセシル姫の婚礼を機に、ジタンでの捕虜を還してメイと同盟を結ぶ。エスタ、ザカラスに続いて三国目のことだ。まったく、勇者殿たちには感謝してもしきれぬ」

 すると、銀髪の青年が口を開きました。

「勇者殿たちはただ、ご自分たちの道を進んでいるだけでございます。今回のメイとの同盟で、ロムドを核とした中央大陸の勢力はいっそう強固なものになりますが、勇者殿たちは、それをご自分たちのしわざとは気がついておられません。それが運命に定められた大きな役目だということにも――」

 運命に定められた役目? と執務室の人々は思わず聞き返しました。

「地上に光の軍勢を作り出すことでございます。影の竜は自分の拠り所を求めて、世界中を転々としています。いずれは強大な依り代を見つけ、魔王となってこの世に襲いかかってくるでしょう。どれほど勇者殿たちが防ごうとしても、それは必ずやってくる運命です。魔王が率いる闇の軍勢と対抗するには、この地上に光の軍勢を作らなければなりません……。勇者殿たちがなさっていることは、世界を光の下にひとつにまとめていく努力です。むろん、勇者殿たちにはそんな意識はまったくありません。ただ闇の敵に苦しめられる人々がいるから、守るために戦わずにはいられないだけです。ですが、その無償の姿が非常に多くの人々を惹きつけ、敵味方を越えてひとつにしていくのです」

 

 それを聞いて、リーンズ宰相が言いました。

「宗教都市ミコンからは、先日、新しい大司祭長の名前で協力の申し出がありました。ロムドや勇者殿たちに何事があれば、ミコンの全市民が光の神へ祈りを捧げ、闇の徒を退けるために武僧軍団や聖騎士団を送り出す、というものです。これまでミコンは大国並みの力を持ちながら、どこの国や勢力とも手を結ぶことがありませんでした。それが堂々と連盟を申し出てきたわけですから、驚くばかりです」

 ワルラ将軍がうなずきました。

「ミコンはユリスナイを主神とする神の都だし、中央大陸には、王や国民がユリスナイを信仰している国が非常にたくさんある。闇と戦うために聖戦を始めるとミコンが言えば、参戦してくる国家はいくつも出てくる。非常に大きな勢力になりますな」

 すると、ゴーリスが話し出しました。

「フルートたちはこれまで、本当にいろいろな場所へ行った。エスタ、ザカラス、メイといった中央大陸の国々はもちろんのこと、天空の国や海、北の大地のような、大陸とは違う場所にも行って、そこに住むものたちを守ってきた。その結果、人間とドワーフは協力するようになったし、ドワーフとノームは長年の誤解を解いてジタンで一緒に暮らし始めた。二人の海の王も、あいつらによって和解したと聞いている……。世界の国々や種族をひとつにまとめていくのがあいつらの役目なのだと言われれば、なるほどそうかと納得できる気はする」

 ゴーリスのことばは、どこかひとりごとのようでした。遠いまなざしで思いだしているのは、シルの町にいた頃の幼いフルートの姿なのかもしれません――。

 ユギルはテーブルの占盤を見つめ続けていました。

「勇者殿たちの本当の役目は、闇の竜から世界を守ることそのものです。今は、闇の竜を倒す方法を求めて世界を旅しておられる。それがどのような方法であるのか、わたくしの占いの目にも見えてはまいりません。総ては未来の彼方です。ですが、勇者殿たちが行かれる道には、常に新しい友と味方が生まれ続けます。そうやって結び合わされた人と人、種族と種族、国と国とが、真の敵を知って協力しあうようになるのです。本当に幼く見えるし、優しげな姿をしていますが、あの方たちは確かに真の勇者です。世界をひとつに結び合わせて光の軍勢を作り、その先頭に立って闇と戦う、光の戦士たちなのです」

 厳かな占者のことばに、部屋の者たちが納得します。

 

 やがて、口を開いたのはロムド王でした。

「此度(こたび)、勇者殿たちによって結ばれたのはロムドとメイだった。オリバンもセシル姫と出会うことができた。我々がするべきことは、そうやって勇者殿たちが結んでくれたつながりを、さらに強固なものにしていくことであるな。いつか必ず来る闇との決戦に備えて」

 すると、オリバンは、はっとした顔になりました。少し考えてから言います。

「私は今回、城へ戻ってくることを非常につらく思っておりました……。彼らは私とセシルを残して旅立ってしまった。私たちが守るべきものは他にあるのだから、と言って。私もれっきとした金の石の勇者の仲間のつもりでいました。彼らに置いてきぼりを食わされたような気がしたのです。ですが、今、父上のことばを聞いて、自分が間違っていたことを知りました。彼らは世界を結んでいく。だが、それをしっかりとつなぎ留め、まとめる存在がなければ、闇と対決するときに力を発揮することはできません。それがこのロムドの役目であり、そのために務めることが、皇太子である私の役目なのでしょう。デビルドラゴンはロムドを要(かなめ)の国と呼んでいた、とフルートたちから聞いたことがあります。それはきっと、こういう意味だったのです」

「おそらくそうであろう」

 とロムド王は言いました。

「人にはそれぞれ役目があり力があるものだ。勇者たちには勇者たちの、我々には我々の。異なる力をひとつに寄せ合ったとき、それは、思いも寄らないほど大きな力に変わる。おそらく、闇の竜も倒せるほどのな――。要の国とは良い呼び名だ。我がロムドは喜んで要の国となろう。そして、勇者殿たちが結び合わせた国や人々をつなぎ続けるために、これからも全力を尽くしていくのだ」

 歳をとっても、王の声は、強くはっきりと響きます。執務室の臣下ははいっせいに深く頭を下げました。皇太子のオリバンが、黙って大きくうなずきます。

 

 すると、ユギルがまた静かに言いました。

「セシル様も、そのための大切なお一人でございます。そして、今セシル様をメイへお帰しすれば、姫様のお命がなくなる、と占盤は告げております。ご婚儀まではまだ間がありますが、セシル様にはこのままずっとロムド城に留まっていただく必要があります」

「実に苦労をしてこられた姫君であるな。オリバンと似ておる」

 とロムド王はしみじみとつぶやき、口調を変えて家臣たちに言いました。

「ユギルの占いだ。セシル姫にはこのままロムド城の一員となってもらおう。そのための手はずを整えるように」

 はっ、と重臣たちはまたいっせいに頭を下げました。

 リーンズ宰相が言います。

「そのためには城で大きな催し事を開かなければなりません。国内に皇太子殿下のお后としてセシル姫を紹介するのです」

 オリバンは思わずたじろぎました。

「催し事というのは、ひょっとすると祝宴のことか?」

「さようです。殿下とセシル姫の婚約披露のお祝いでございます。華やかに舞踏会など開くのがよろしいかと」

 ロムドの皇太子はさらに困惑した表情になりました。

「セシルはダンスは踊れる。メイで私と踊ったからな。だが、人前にドレス姿で出て、それで人々が納得するかというと……。彼女はずっと軍人として育ってきた姫だ。身のこなしも自然とそうなっている」

 それを聞いて、全員は先刻のセシルを思い浮かべました。非常に美しい姫です。ドレスを着れば、皇太子の婚約者として少しも恥ずかしくない姿になるでしょうが、男のような口調と態度は、確かにそう簡単には変わらないような気がします。

 すると、銀髪の占者が穏やかな微笑を浮かべました。

「大丈夫でございます。この城には、非常に頼もしい味方がおられますので」

 とたんに、全員が別のある人物を思い浮かべました。うなずきながらロムド王が言います。

「ラヴィア夫人か。確かに彼女は適任だ」

 ロムド城で長い間、ロムド王や王の新しい重臣たちに礼儀作法を教えてきた老婦人です。その道にかけて右に出る者は、この国内にはいませんでした。

「では、さっそくラヴィア夫人においでいただきましょう」

 とリーンズ宰相が執務室を出て行きます。

 

 全員がなんとなく、ほっと安心する中、オリバンだけは難しい顔を続けていました。ワルラ将軍が話しかけます。

「どうされました、殿下。ラヴィア夫人にお任せすれば、きっと万事うまくいきますぞ。なにしろ、勇者殿をあれほど完璧な貴婦人にした方ですからな」

「札付きの悪ガキも、宮廷一上品な占者に仕立て上げられたしな」

 とゴーリスが笑いながら口をはさんで、銀髪の占者から、じろりとにらまれます。

 すると、オリバンが言いました。

「婚約披露の宴ということは、やはり私もそこに出席しなくてはならないのだろうな……。どうにもそういう場所は不得手で、ずっと避けてきたのだが」

 一国の皇太子のくせに、集まりごとの嫌いなオリバンでした。重臣たちが呆れて苦笑いすると、ユギルが言いました。

「良い機会です。国中の主だった者たちに、セシル様とご一緒に顔見せなさいませ。殿下は幼少の時分から城にいなかったために、国内にも殿下の顔を知らない者が大勢おります。今まではむしろそれが好都合でしたが、これからはそうはまいりません。国の内外に出かけて陛下の代理を務めることも多くなりましょう。国民に皇太子の顔を覚えてもらうことは、大切なことでございます」

「オリバンにも教師をつけねばならぬか。必要なのは、さしずめ社交術の先生だな。社交界で必要な教養を身につけねばならぬだろう」

 とロムド王が面白がるように言ったので、オリバンは憮然としました。

「そうおっしゃいますが、父上はお若い時分、社交術の先生についたりなさったのですか?」

「むろんだ。そして、講義はすべてすっぽかした」

 とんでもない腕白坊主だった王は、そう答えると、声を上げて笑い出しました――。

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