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外伝12「金葉樹の城」

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2.通路

 メイの王女の感涙が落ち着くと、ロムド王は言いました。

「セシル姫は長旅でお疲れだ。準備した部屋で休んでいただこう。オリバンはこのまま残って話を聞かせなさい」

 一時にせよ、オリバンと離ればなれになることを命じられたわけですが、セシルは素直に承知しました。オリバンはこれからメイ国でのできごとを報告することになります。セシルと出会ったいきさつはもちろんですが、メイがロムドに対して企んでいたことや、メイの内情など、セシルにはあまり嬉しくない話もしなくてはなりません。ロムド王はそれを配慮して、セシルに席を外すように言ってきたのでした。

「後であなたの部屋へ行く」

 とオリバンに言われて、セシルはうなずきました。白の魔法使いの後について執務室を出ます。

「いやぁ、若いというのは実に良いですなぁ!」

「文句なくおまえの過去最高の戦果であるな、オリバン」

 というワルラ将軍やロムド王の声が聞こえ、どっと笑い声が上がります――。

 

 賑やかな執務室から遠ざかりながら、白の魔法使いがセシルへ話し出しました。

「おわかりの通り、ロムドは非常に自由な気風の国です。国王陛下は年齢や地位や身分、性別などで人を差別することをなさいません。そのため、陛下の周りには、能力的にも人間的にもすばらしい方々がお集まりになっています。ですが、すべての国民、総ての城の人間がそうだというわけではありません。セシル様がおいでになったメイ国は、つい先日まで、ジタン山脈を巡ってロムドと戦った敵です。メイは直接王都を攻めることはありませんでしたが、連合国のサータマンは疾風部隊や飛竜部隊でこの城まで攻め上ってきました。その記憶はロムド国民にはまだ生々しいものです。セシル様が、そのような戦いに関係がなかったことは、ユギル殿からも聞かされて承知しておりますが、中にはセシル様を敵のスパイや回し者ではないかと疑う者もいるのです」

 魔法使いの女神官は、厳しい口調で厳しい現実を語っていました。取り繕ってもどうしようもないのです。王たちはメイの王女が皇太子妃になることを歓迎していますが、ロムド城やロムドの国内には、それに強く反対する人々がいます。下手に安心させるようなことを言えば、逆に王女が危険になるかもしれないのでした。

 セシルは静かにうなずきました。

「それは承知している。私は敵国の人間だ。いくら同盟を結んだとしても、それを本当のものと信じてもらえるまでには時間がかかる。その間に誤解されてしまうこともあるかもしれない。それでも、私を新しい家族と言ってくださった国王陛下の寛大さを嬉しく思っている。あなたのような優秀な護衛を私につけてくださった、陛下のご厚情も」

 白の魔法使いはセシルを振り向くと、すぐにずっと穏やかな声になりました。

「セシル様は賢い方でいらっしゃる。きっと、じきにロムド国民もセシル様の本当のお姿に気がつくことでしょう」

「それならば良いが……」

 王女は今度は自信のない表情になりました。故国で自分が誰からも顧みられずにきたことを思いだしたのです。

 

 すると、通路を歩く二人のすぐ目の前から、急に男たちの声が聞こえてきました。

「やれまぁ、なんとも似たような二人じゃな。姉妹が歩いているのかと思うたぞ」

「なるほど、これならば白が護衛役に適任ですな」

「ク、ダ」

 声はしますが、人の姿はどこにも見当たりません。セシルが驚いていると、白の魔法使いがじろりと行く手をにらみつけました。

「こら、無礼だぞ、おまえたち。きちんとセシル様にご挨拶しないか」

 とたんに、通路に三人の人物が姿を現しました。深緑の長衣を着た老人、青い長衣を着た見上げるような大男、それに、赤い長衣を着た小男です。小男はつややかな黒い肌と縮れた黒髪をして、猫のような金の目をしていました。全員が、白の魔法使いと同じように手に杖を持っています。

 女神官がセシルに頭を下げました。

「申し訳ありません。私と共にロムド城を守っている者たちです。それぞれ、深緑の魔法使い、青の魔法使い、赤の魔法使いと呼ばれております」

「では、あなた方があの有名な四大魔法使いか――! 噂はメイにも聞こえてきている」

「ほほぅ。わしらはメイではどのように語られておりますかの? 金の石の勇者たちのように、似ても似つかない偉人になっているのではありませんかのう」

 と言って、老人が濃い眉の下からセシルを見つめてきました。穏和に見える顔の中で、二つの目が驚くほど鋭い眼光を放っています。セシルが思わずとまどうと、深緑! と白の魔法使いがたしなめました。ほっほっと老人が笑い声をたてます。

「失礼しました、王女様。なにしろここはロムドで一番大切な方々が住まう場所ですじゃ。正体を隠して忍び込む輩がないとは言えませんからの。王女様は、わしの目で見ても少しも変わらない。それどころか、もっと気高くお優しい姿が見えますの。わしは真実を見抜く目を持つ魔法使いですじゃ。王女様がまこと皇太子殿下のお后にふさわしい方であることは、しかと確かめさせていただきました」

「あのユギル殿が太鼓判を押された方だ。深緑が確かめるまでもない」

 と白の魔法使いはまだ叱る口調でしたが、セシルのほうは、にこりと笑いました。

「ありがとう。有名な四大魔法使いから直々に合格点をもらえたとは光栄だ」

「おお。これはなかなか潔いお方だ。あの皇太子殿下に似合いのお后となられそうですな」

 と青の魔法使いが感心します。口調こそ丁寧ですが、本当に、遠慮のない魔法使いたちです。セシルがまた、ありがとう、と言ったので、深緑の衣の老人が言いました。

「白と姉妹のようじゃと言ったが、ちと訂正じゃな。未来の皇太子妃殿下のほうが、白よりずっと素直じゃ」

「それは見ただけでわかるでしょう。歳だって王女様のほうがずっとお若い。かわいらしさという点でも、白よりはるかに――」

 と言いかけて、青の魔法使いが急に飛び上がりました。白の魔法使いに思いきり足を踏まれたのです。

「素直じゃない年増で悪かったな!」

 たった今まで毅然としていた女神官が、少女のように拗ねた表情で大男をにらみつけます。

「こらこら、こんなところで夫婦喧嘩はやめんかい、白、青」

 と深緑の魔法使いが笑ってたしなめたので、夫婦? とセシルはさらに驚き、白の魔法使いは真っ赤になりました。

「だ、誰が夫婦だ! 馬鹿を言うな!」

「そうそう。我々はそのような関係では――」

「ト! パリ、カ!? イ、アオ、オカ、セ!!」

 平然と話を流そうとする青の魔法使いに、赤い長衣を着た小男が食ってかかります。異大陸のことばなので、セシルには理解できませんが、青の魔法使いを問い詰めていることはわかります。厳然としていた女神官が、耳まで赤くなってうろたえています――。

 

 そこへ呆れたような声が話しかけてきました。

「これはこれは意外な光景。静けさと平穏に包まれているロムド城で誰が騒々しく話し合っているかと思えば、四大魔法使いの皆様方ではありませんか。しかも、いつもは冷静沈着な白の魔法使い殿や無口な赤の魔法使い殿が大声を出しているとは、意外中の意外。いったい何事が起きたのでしょうか。まさか四大魔法使いに分裂の危機でも? いやいやいけない、皆様方の決裂はそのままロムドの決裂。この道化めになにとぞ仲裁をさせてください――」

 驚くほどの早口ですが、言っていることは、はっきり聞こえます。声の主は痩せた中年の男でした。通路の真ん中に立って大げさな身振りで深々とお辞儀をしています。その服は赤と緑に鮮やかに別れていて、鈴付きの青い帽子をかぶり、顔には一目見たら忘れられないような奇抜な化粧をしています。

「我々は決裂などしていない」

 と白の魔法使いは憮然として、セシルへ言いました。

「こちらはトウガリ殿。いつも王妃様と一緒にいる宮廷道化殿です」

「王妃様と?」

 セシルがまた目を見張ったところへ、通路の先の階段から追いかけるような声が聞こえてきました。

「トウガリ! トウガリ! どうしましたの!? 何か悪いことでも起きてますの――!?」

 王妃にしては幼すぎる声です。やがて階段の下から駆け上がってきたのは、プラチナブロンドの巻き毛にピンク色のドレスを着た少女でした。

「これはメーレーン王女様」

 と四大魔法使いたちがお辞儀をしましたが、少女は返事をしませんでした。もっと興味を惹かれる人物を見つけたからです。顔をぱぁっと輝かせて、また駆け出します。

「まぁぁ……あなたがセシルお義姉様ですわね!? お兄様が手紙で教えてくださいました! すてきすてき! 晩餐会までお目にかかれないと思ってましたのに。メーレーンはお義姉様にお会いできて、とても幸せですわ!」

 少女はセシルのすぐ目の前に立っていました。大きな灰色の瞳をきらきらと輝かせ、頬をバラ色に染めて、本当に嬉しそうな顔をしています。その無邪気な素直さに、セシルもつられて笑顔になりました。

「メーレーン王女様ですね。旅の間中、あなたの兄上からお話を伺っていました。聞いていたとおり、本当にかわいらしい方だ」

「お義姉様こそ、本当にお美しいですわ。月の女神がお城に下りていらしたのかと思いました。お義姉様、これからどちらへ? ぜひ、メーレーンやお母様とご一緒ください!」

 メーレーン王女は十三歳でした。自分自身をメーレーンと名前で呼んで話す様子は、実際の年齢より幼く見えますが、それだけに邪(よこしま)な想いなど何も持っていないことがよくわかります。

 

 すると階段からまた別の人物が現れました。金髪を結い上げ、えんじ色のドレスをまとった貴婦人で、数人の侍女を従えています。

 その女性を一目見たとたん、セシルは自分からお辞儀をしました。ロムド国の王妃だと、すぐに気がついたのです。四人の魔法使いがまた、深々と頭を下げます。セシルと白の魔法使いは男のお辞儀をしていますが、王妃もそれを少しも気にしませんでした。見ただけで心の中が暖かくなってくるような、穏やかな笑顔を向けてきます。

「メイのセシル姫ですわね……? 王妃のメノアです。このたびのオリバンとのご婚約、本当におめでとうございます。私たちとも仲良くしてくださいましね」

 一国の王妃だというのに少しも偉ぶらないメノアの態度に、セシルはまた驚きました。自国の王妃であるメイ女王を思い出します。自分より目下の者に、こんなふうに親しく話しかけることなど、絶対にありえない女性です――。

 かたわらに控えていた道化がまた賑やかに話し出しました。

「メイの凛々しき王女様、どうぞメノア王妃様やメーレーン様と一緒においでくださいませ。王妃様はかつては敵国だったザカラスの王女、ロムドと戦った後にロムドへお輿入れされた方です。セシル姫様も何かとご心労がおありでしょうが、王妃様の先輩としてのお話を聞けばきっと安心できるでしょう。及ばずながらこのトウガリめも姫様方のおそばで務めさせていただきます。身は道化でも心は騎士。姫様方をお守りして笑わせるためならばたとえ火の中水の中――」

 トウガリの正体は王妃たちを守る間者です。敵に殺されかかったメーレーン王女を救ったこともあります。おどけた口調でまくしたてていても、言っていることばは真実でした。

 セシルはとまどいながら白の魔法使いを振り向きました。

「王妃様たちとご一緒したりして良いのだろうか……? あなたが叱られたりすることはないのか?」

 彼女たちは準備された客室へ行くよう王から言われたのです。白の魔法使いは微笑しました。

「お気遣いになる必要はありません。セシル様のなさりたいようになさればよいのです。ここはロムド城ですから」

 自国の城とのあまりの違いに、またとまどう顔になったメイの王女でした――。

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