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外伝11「森の奥に住むものは」

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2.魔の森

 それからどこでどうしていたのか。

 気がつけば、男は故郷から遠く離れた森にいました。

 そこはエスタ国とロムド国の国境に横たわる、闇の森と呼ばれる場所でした。無数の怪物や悪霊が棲みついていて、入り込んだ者を襲うので、誰も恐れて足を踏み入れません。彼はそこに小さな庵(いおり)を作って暮らしていたのです。

 どうやってここまで来たのか、それまで何をしてきたのか、記憶はすっぽりと抜け落ちていました。たぶん、あてもなくさまよううちに、ここに流れ着いたのでしょう。改めて数えてみれば、彼が故郷の墓の前で泣いたときから、五年もの歳月が過ぎていました。

 男はすっかり変わっていました。修業を終えたときから老け込んで見えていたのですが、今では外見も心もすっかり本物の年寄りでした。長く伸びた白髪を振り乱し、杖をつきながら森を歩き回ります。何をするつもりもありませんが、歩き回らずにはいられなかったのです。一日中森を徘徊して、夜は庵に戻りました。

 そんな彼に闇の森の怪物たちはひっきりなしに襲いかかりました。老人を食い殺そう、取り殺そうとします。彼は生きていたいとは思いませんでした。ただ死んでいないから生きているだけなのに、怪物に襲われるといつも撃退してしまいました。反射的に魔法を使ってしまうのです。そんな自分をあさましいと思います。生きる目的など何もないのに、それでも死にたくはなくて、自分の生にしがみついているのです……。

 

 そんな彼が森の変化に気がついたのは、夏も終わりに近い日のことでした。闇の怪物たちが突然、森の奥へと逃げ始めたのです。西から何かが森へ入り込んでいました。

 老人はそちらへ目を向けました。こんな生活をしているのに、その瞳の鋭さだけは変わりません。近づいてくるのが魔法使いだということを見抜きます。きっとロムドの国王軍でしょう。森から国へ入り込む怪物が増えてくると、時々森へやって来て、ひとしきり怪物退治をしていくのです。国王軍の中には、怪物に対抗するために、必ず魔法使いが混じっていました。

 彼は誰にも自分の姿を見られたくはありませんでした。何故こんな場所に住んでいる、と問いただされるのも面倒です。国王軍が立ち去るまで、森の奥へ姿を隠そうとします。

 ところが、その時、彼は振り向きました。近づいてくる魔法の気配が、信じられないほど強大なことに気がついたのです。しかも、一つではなく二つも存在しています。非常に強力な魔法使いが二人もいるのです。闇の森の怪物たちは、魔法で追い払われているのではなく、魔法使いたちが放つすさまじい気配に恐れをなして逃げ出しているのでした。これほどの魔法使いには今まで会ったことがありません。どんな連中だろう、と強い興味をそそられます。

 老人はしばらくためらっていましたが、ついに杖で地面を突くと、森の奥ではなく、近づいてくる軍隊の方へと飛んでいきました――。

 

 意外なことに、それは一組の若い男女でした。ロムド軍は同行していません。たった二人だけで、恐ろしい闇の森へずんずん入り込んできます。女の方は白い長衣、男の方は青い長衣を着て、それぞれ手に杖を持っていました。何かを探し求めるように周囲を見回しています。

 何を探しているのだろう? と老人は考えました。そばに来てみれば、彼らが放つ魔法の気配は肌を刺すほど強く感じられます。これほど強力な魔法使いを見たのは、本当に初めてのことでした。何もかもどうでもよくなっていたはずの心の奥で、ざわざわと泡立つようなものを感じ始めます。彼らの実力を見てみたい、と考えてしまいます。

 すると、ふいに女が鋭い声を上げました。

「そこだ!」

 隠れている老人の方をまっすぐに見て杖を振り上げます。彼はとっさにその場から飛び出しました。隠れていた茂みがいきなり燃え上がり、真っ赤な炎を吹き上げます。彼を攻撃してきたのです。

 老人は男女と向かい合いました。男女はあからさまな敵意をぶつけてきていました。わけがわからずにいる彼に、女が言います。

「この森に住む魔法使いというのはおまえだな! ユリスナイの御名とロムド国王陛下の名の下に命じる! 今すぐこの森から立ち去れ!」

 女はどう見てもまだ二十代でした。彼の娘のような年頃なのに、いやに迫力のある、厳しい声と表情をしています。その白い長衣の胸には光の神ユリスナイの象徴が下がっていました。神に仕える女神官なのです。

 男のほうも女とほぼ同年代に見えました。見上げるような大男で、非常にたくましい体つきをしています。男の青い長衣の胸には武神カイタの象徴があります。こちらは戦いの神に仕える武僧に違いありませんでした。

 いきなり攻撃され、森から出て行け、と言われて老人は驚きました。わけがまったくわかりません。なんのことだ? と聞き返そうとします。

 が、そのとたん、彼の胸をまたよぎったものがありました。彼らの力を見てみたい――。そんな強い誘惑です。燃えていた茂みはいつの間にか火が消えていました。消火の魔法が発動していたのです。彼はそれにまったく気がつきませんでした。ただそれだけのことでも、女が並外れた魔法使いだとわかります。

 

 老人は男女に向かって胸を張ると、杖を握りしめて言い返しました。

「ここはわしの森じゃ! おまえたちのような若造どもに追い出されてなるものか!」

 ――声を出したこと自体、とても久しぶりのような気がします。口調まですっかり年老いてしまっていましたが、自分でも驚くほど大きな声が出ました。

 すると、青い衣の大男が言いました。

「おとなしく立ち去った方が身のためだぞ、ご老体。我々はロムド城を守る魔法軍団の将だ。魔法の腕には自信がある」

 老人は挑発するように笑い返しました。

「わしを追い出したいのならば力ずくでやるが良かろう! できるものならばな――!」

 こんなことを言っていることが自分で信じられません。ついさっきまで、巨大な獣か怪物が現れて自分を食い殺してくれないだろうか、と考えていたはずなのに、今、彼は杖を握り、相手に向かって魔法を繰り出そうとしているのです。その杖は修業の塔で得たものでした。我を忘れさまよい歩いた五年間にも、手放すことなく持ち続けていたのです……。

 

「いたしかたない」

 と女神官は言いました。杖を握り直して、鋭くそれを彼に向けてきます。

 とたんに巨大な光の弾が飛んできました。魔力を一カ所に固めて飛ばしてきたのです。彼は自分の前に魔法の壁を作りました。光の弾が衝突して砕け、魔法の壁が激しく振動します。それが次々にやって来ます。

 老人は驚きました。こんな強力な攻撃が続けざまにできるとは、と考えます。彼の前で魔法の壁がひび割れて、さえぎるものがなくなります。

 とたんに、今度は武僧が出てきました。

「行くぞ、ご老体!」

 あっという間に駆け寄って飛びかかってきます。彼は杖を使いません。素手でつかみかかってきます。老人は大きく飛びのき、杖を突きつけました。魔法の稲妻で武僧を直撃しようとします。

 すると、武僧の頭上で稲妻が散りました。白い魔法の壁がさえぎったのです。女神官がそちらへ杖を向けていました。

「守りを忘れるな、青! 攻撃に集中しすぎだ!」

 と仲間を叱りつけ、自分も前へ出て杖で殴りかかります。彼は自分の杖でそれを受け止めました。魔法と魔法が激突して、激しい火花を散らします。暗い森の中がまぶしいくらいに照らし出されます。

 と、老人はまた飛びのきました。武僧が飛びかかってきたのです。たった今まで老人が立っていた場所を、大きな拳が殴りつけます。とたんに、地震のように森中が揺れ、老人は思わずよろめきました。この男も女に劣らない魔力の持ち主だ、と悟ります。

 その隙に女神官がまた攻撃してきました。体勢を崩した彼へ杖を振り下ろします。老人はそれを受け止め、杖に魔力を込めました。杖が輝き、女を跳ね飛ばします。

「白!」

 武僧がとっさに仲間へ手を向けました。木にたたきつけられそうになった女神官を魔法で守ります。

 いい連携だ、と老人はまた考えました。互いの動きをよく見て、協力して彼に立ち向かってきます。

 戦いながら、老人はいつの間にか笑っていました。心の奥底から、長い間忘れていたものが湧き上がってきます。熱い熱い想い――塔で苦しい修業に耐えていたとき、胸にいつもあった想いです。自分にはどんなことができるのか。どこまで強くなることができるのか。それをどうしても確かめてみたい、という欲望です。戦いを通じて自分の力を推し量れることが、嬉しくてたまりません。

 彼は目の前の二人にも匹敵する、強力な魔法使いだったのです。女神官の繰り出す魔法を受け止めて跳ね返し、飛びかかってくる武僧をかわして反撃します。彼の攻撃は女神官が返してしまいますが、それでも彼は二人相手に決してひけを取っていません。自分はここまで強くなっていたのか――と感動さえ覚えます。

 

 老人は武僧が女神官を守りながら戦っているのに気がついていました。攻撃の主導権を握っているのは女神官です。

 そこで、彼は女の方へ攻撃を繰り出しました。強烈な魔法の弾を飛ばします。彼女が魔法の壁で防いだところへ、さらに二発、三発。先刻のお返しと魔法の壁を打ち砕き、さらに女神官を攻撃します。

 案の定、青い武僧が飛び出してきました。白い女神官を守ろうと杖を振り上げます。彼は杖の向きを変え、武僧の胸をまともに突きました。魔法が炸裂して、男の大きな体が吹き飛びます。

「青!」

 とっさに仲間を救おうとした女神官を、彼は杖でなぎ払いました。渾身の一撃を武僧に繰り出した直後です。威力は半減していましたが、それでも女神官は倒れました。手から杖が離れます。

 老人はその前に飛び込みました。自分でも思いがけないくらい体が良く動きます。杖を突き出し、女神官にとどめの一撃を食らわせようとします。武僧は地面にたたきつけられていて、助けに駆けつけることができません。彼の勝利です。

 すると、地面に倒れた女神官がにらみつけてきました。この状況でも一歩も引かない目をしています。鋭く振り向いた頭の後ろで、束ねた長い髪が光って揺れます。淡い金髪ですが、彼の目には、何故かそれが茶色に見えました。同じ髪型をしていた娘の顔が突然浮かんできて、思わず息を呑んでしまいます――。

 

 その隙を女神官は見逃しませんでした。

 手から魔法を発して老人を跳ね飛ばし、飛び起きて自分の杖を取り戻します。地面にたたきつけられて動けなくなったのは、今度は老人の方でした。そこへ鋭く杖を突きつけます。

 が、女神官は魔法を発動させませんでした。杖を向けたまま、老人を見つめます。武僧が起き上がりながらどなりました。

「どうしたんです、白!? 早くとどめを刺しなさい!」

 白い長衣の女神官は老人を見つめ続けました。厳しい声で尋ねます。

「何故ためらった。私を見て驚いたのは何故だ?」

 老人は目をそらしました。この女は彼の娘とはまったく似ていません。顔立ちも性格も全然違うのに、何故だか本当に娘を思い出してしまうのです。彼の娘も、生きていれば、ちょうどこのくらいの歳になっていたはずでした。

「おまえさんには関係のないことじゃ」

 と老人は答えました。体中を充たしていた熱いものが、急速に萎えて消えていきます。代わりに湧き上がってきたのは苦い苦い後悔でした。

 

 武僧が飛んできました。

「何をしています、白!? あなたがやらないなら、私が――」

「待て、青。この人ではない」

 と女神官が答えました。

「この人からは闇の気配が伝わってこない。今はもう殺意も感じられない。ユギル殿が言われていた闇の魔法使いは、この人ではないのだ」

 なんと、と武僧が驚きました。

「これほどの魔力を持っていながら? 闇の魔法使いは別にいると言うのですか?」

 女神官は杖を引くと、老人へ頭を下げました。

「申し訳ない、人違いだ。我々はロムド城を守る魔法軍団の一員なのだが、ロムドにやがて害をなす闇魔法使いがここに棲んでいる、と城の占者が言ったので、それを退治に来たのだ。だが、あなたは闇に属する者ではない。すまなかった」

 女のくせに男のような口調で話しますが、それが不快ではありません。むしろ潔さを感じます。生真面目な顔の中に、相手を心配する表情ものぞいていました。

 老人はすぐに立ち上がりました。思いやられてとまどう自分を感じます。

「このくらい、どうってことはないわい……。誤解が解けたなら行かせてもらうぞ。まったく、人騒がせな話じゃ」

 すると、武僧の青年が尋ねてきました。

「だが、ご老体は何故こんな場所におられるのだ? 一人でお暮らしなのか?」

 老人は顔をしかめました。彼が一番聞きたくない質問でした。

「おまえさんたちには関係のないことじゃ」

 と突き放すようにまた繰り返し、そのまま森の奥へ立ち去ろうとします。

 

 

 その時、老人は森の奥にすさまじい気配を感じました。全身にたたきつけるような衝撃を感じ、心臓に激しい痛みを感じます。息が詰まって呼吸ができません。

「いかん!」

 と女神官が杖を振りました。一瞬で老人を捕らえていた力が消え、彼は地面に倒れました。

 その前に飛び出して、武僧がどなりました。

「何か来ますぞ! ものすごい悪意だ!」

 言ったそばから次の攻撃がやってきました。見えない力が彼らを打ちのめします。武僧がすぐに杖を振りかざしてそれを防ぎます。森の奥の気配は、ものすごい勢いで近づいてきます。

「青、そのまま! 敵を止めるぞ!」

 と女神官が武僧の先に飛び出しました。杖を振り上げ、強く輝く魔法の弾を森の奥へ撃ち出します。とたんに、悲鳴のような声が上がりました。森の木々が風もないのにざわめき出し、狂ったようにしなり始めます。その中から現れたのは、巨大な白い塊でした。無数の顔、頭、手、足……数え切れないほどの人間で作った蛇のような姿をしています。生きた人間ではありません。死者たちが、腐り果て崩れた体で寄り集まっているのです。白骨化した死体もいくつもありました。

「なんです、これは!?」

 と驚く武僧に女神官が答えました。

「闇の森で迷って死んだ者たちの魂だ。寄り集まって悪霊になっている」

 死者の蛇は彼らの前で立ち止まっていました。女神官が杖を突きつけて、動きを止めているのです。そうしているだけで、息が詰まるほどの悪意と闇の気配が押し寄せます。

「このままにしておくと、こいつはロムド国へ突進する。倒すぞ!」

 と女神官は言い、杖を振り上げました。魔法の稲妻が悪霊の怪物に下ります。ところが、寸前でそれが散りました。一瞬黒い光の壁のようなものが見えます。闇の力で跳ね返したのです。

 武僧が飛び出して、杖で闇の壁をたたきました。黒い光が砕けた瞬間、女神官がまた魔法を繰り出します。白い光の弾が怪物の体を撃ち抜きます。

 

 ところが、吹き飛んだ怪物の体の奥から死者たちが湧き上がってきました。うごめきながら、うめきながら、また蛇の形になっていきます。

 女神官は唇を歪め、また杖を振りました。先より大きな光で敵を吹き飛ばそうとします。すると、向こうも巨大な黒い光を撃ち出してきました。白と黒の光の弾が真っ正面からぶつかり合います。力負けして砕けたのは、白い光の方でした。黒い光が女神官を襲います。 とたんに武僧が女神官の前に立ちました。杖を放り出した両手で黒い光を受け止め、まるで大岩をつかんで放り投げるように、大きく横へと跳ね飛ばします。力ずくで闇の攻撃をそらしたのです。勢いあまって、武僧も後ろへひっくり返ります。

「青、なんてことを!」

 女神官が叱る声になりました。素手で闇の弾を受け止めたために、武僧の両手はひどい火傷を負ったようにただれていたのです。倒れたまま立ち上がることができません。そこへまた闇の弾が飛んできました。女神官は魔法で武僧を癒していたので、反応が一瞬遅れました。光の壁が間に合いません。闇の弾が彼らを直撃します――。

 すると、いきなり弾が砕けました。飛び散り、黒い光の粉になって消えていきます。

 男女は驚いて振り向きました。彼らの後ろから光の弾が飛んできたのです。老人が杖を高くかざし、悪霊の蛇に突きつけていました。自分でも気がつかないうちに彼らを守っていたのでした。

「かたじけない」

 と武僧が跳ね起き、杖を握って蛇に向かっていきました。両手の傷はもう治っています。女神官もすぐ攻撃に移りますが、その前に老人を振り向きました。

「ありがとう」

 老人は目を丸くしました。女神官が一瞬彼にほほえみかけたのです。厳しいほど生真面目な顔が、とても優しくなります。死んだ娘の面影がまた重なります……。

 

 青い武僧は悪霊の蛇と戦っていました。降りそそぐ闇の弾をかわして武僧が攻撃を繰り出します。闇の壁で防いで、蛇が反撃してきます。駆けつけた女神官がそれを受け止めて返します。どれほど攻撃して傷つけても、蛇の体はまた復活してきます。二人の魔法使いは、聖なる魔法を使う聖職者だというのに、どうしても闇の蛇を倒すことができません。

「何か――力が働いているぞ――」

 と女神官が言いました。激しすぎる戦いに肩で息をしています。

「左様ですな――ただの悪霊ではない」

 と武僧が答えました。こちらは、たくましい顔から滝のような汗が流れ落ちています。決め手が見つからなくて、二人とも攻めあぐねてしまいます。

 老人は躊躇(ちゅうちょ)しました。彼に怪物と戦う必要や義務はありません。ありませんが……

 ついに、彼は進み出ました。男女の魔法使いの間に割って入り、さらにその前へ出ます。

「ご老体!?」

「危険ですぞ!」

 若い魔法使いたちが警告しますが、それを無視して蛇の前に立ち、どん、と杖で地面を打ちます。

「醜悪な死人の蛇め! おまえの正体を見せい!」

 濃い眉の下から怪物をにらみつけます。

 

 すると、不思議なことが起きました。何十メートルもある巨大な蛇がみるみる縮み始めたのです。腐った死体や白骨の姿の悪霊が溶けるように消えていき、やがてその中心に一人の人物が現れます。黒い長衣を身につけ、フードをまぶかにかぶった男です。全身から得体の知れない雰囲気を漂わせています。

「あれは?」

 と驚く武僧に老人は答えました。

「昔、この森で死んだ魔法使いじゃな。闇に取り憑かれて悪霊になったんじゃ。自分が消滅せんように、周囲に他の悪霊どもを呼び集めておったようじゃな」

「黄泉(よみ)の魔法使いだな。大昔、エスタ王に仕えていた大魔法使いのなれの果てだ。ユギル殿が占いで言っていたのは、あの魔法使いのことだったのだ」

 と女神官は言い、黒い男に杖を向けて言いました。

「黄泉の魔法使いよ、即刻黄泉の門へ下り、おまえの国である死者の世界へ――」

 とたんに悪霊の魔法使いが攻撃をしかけてきました。無数の闇の弾を撃ち出してきます。青い武僧がとっさに光の壁で防ぎますが、すぐに壁にひびが入り、砕けそうになります。

 老人は自分の杖を壁に向けました。青い壁が緑色を帯び、光が強まって闇の弾を弾き返します。自分の魔法を武僧の魔法に重ねたのです。おお、かたじけない、と武僧がまた礼を言います。

 白い女神官が声高く唱えました。

「光の神の名において命じる! 立ち去れ、黄泉の魔法使い!」

 とたんに白い光が男を撃ちました。激しい風にあおられたように黒い長衣がはためき、フードが外れます。三人の魔法使いたちは、はっとしました。フードの下から現れたのは、年老いた男の顔だったのです。何もかもに絶望しながら、世を恨み続ける目をしています。その黒い姿も暗い顔も、白い光の中に溶けるように見えなくなっていきます――。

 

 森から悪霊の気配が消えました。昼なお暗く、怪物が徘徊する闇の森ですが、それでもいつもの静けさを取り戻します。

「黄泉の魔法使いを倒せましたか?」

 と武僧が尋ねると、女神官は首を振りました。

「寸前で逃げられた。森の奥へ逃げ込んでしまった」

 取り逃がした悔しさに唇をかんでいます。その森の奥を見透かしながら、老人は言いました。

「まあ、おまえさんの魔法を相当食らっておったからな。当分は何も悪さができんじゃろう。闇の森から抜け出してロムド国を攻めるような真似もできんはずじゃ」

 魔法使いたちはそれぞれに緊張を解きました。改めて互いの顔を見合わせます。

 女神官が老人に言いました。

「敵の正体を見抜く魔法か。いにしえの時代にはそんな魔法もあったと聞いていたが、自分の目で見ることがあるとは思わなかった。貴殿は実に素晴らしい魔法使いだな」

 その素直な賞賛に彼は思わずどきりとしました。また記憶によみがえってきたものがあったのです。少女の声が彼に話しかけます。

「お父さんって本当にすごい魔法使いだわ。それに、魔法を使ってる時のお父さんって本当に素敵。あたし、友だちにもたくさん自慢してるのよ――」

 彼がまたうろたえていると、女神官がほほえみかけました。

「我々と一緒にロムド城へおいでにならないか、ご老体? 国王陛下は優秀な人材をいつも求めておられる。貴殿ならば、きっとロムドを守る魔法軍団の将になれるだろう」

「おお、それはよい! ぜひロムドへ来られよ、ご老体!」

 武僧もそう言って笑い出しました。屈託のない笑い声が響きます。

 とっさに誘いを断ろうと思った老人ですが、笑顔の魔法使いたちを見て考えを変えました。ロムド城へ行くということは、この若い魔法使いたちとずっと一緒だということです。それはまんざら悪いことではない気がしました。

 答えを待っている男女に、彼は、ふん、とわざと尊大に鼻を鳴らしてみせました。

「ご老体とはたいそうな呼び方じゃな。わしはそんな年寄りじゃありゃせんわい。わしの名前はテオドールじゃ――」

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