まばゆいきらめきの中にリグトは立っていました。
その手はユリスナイの服をしっかりと握りしめています。
そうしながら、小さな子どもが母親を引き止めるように、リグトは泣きじゃくっていました。
「行かないでよ、ユリスナイ――行かないで――ぼくらを置いていかないでよ――」
光が本当にまぶしくて、ユリスナイの姿もあたりの景色も、とても見ていることができません。それなのに、リグトには彼女が振り向いたことがわかりました。弱った顔でリグトを見てきます。
「困ったなぁ……。だから、ダイダにしっかり捕まえておいて、って頼んだのに」
リグトはまた激しく首を振りました。服をつかむ手に、いっそう力を込めます。
「行っちゃいやだよ! ユリスナイがいなくなるなんて、絶対にいやだ! ずっと、ぼくたちのそばにいてよ!」
「ぼくたちのそば? ぼくのそばって言いたいんでしょ、本当は?」
とユリスナイがからかうように言いました。リグトが思わず赤くなって顔を上げると、光の中に彼女の姿が見えました。ユリスナイはもう髪をお下げにしてはいませんでした。長い髪が肩から背中へと流れています。眼鏡もかけてはいません。その髪も顔も全身も、美しい銀色に輝いています。まるで光の女神その人のようです。
けれども、その口調だけは、以前のユリスナイのままでした。面白がるように、こう続けます。
「話せるようになったのね、リグト。嬉しいわ。リグトの声を聞くことができたし、リグトに名前を呼んでもらえた。最高ね」
ユリスナイ! とリグトはまた叫びました。彼女の服を強く引っ張ります。
「戻ろうよ、ユリスナイ! みんなが待ってるよ! ダイダだって――! 君は行っちゃだめなんだよ、ユリスナイ!」
すると、ふふっとユリスナイが笑いました。静かで優しい笑い声です。
「ダイダはわかってくれたわよ。……不承ぶしょうだったけどね。これはね、どうしてもやらなくちゃいけないことなのよ。ここで闇の竜を倒さなかったら、地上だけでなく、いずれはあたしたちの天空の国まで闇の竜に蹂躙されるわ。みんな一人残らず殺されてしまって、世界に命は一つも残らなくなるの。そんなの、だめよね。世界は続いていかなくちゃいけないんだもの。未来へ――リグトの時代へ、ね」
リグトは、はっとしました。思わず何も言えなくなります。
そんな少年へ、ユリスナイはまたほほえみかけました。
「今はもう、あたしにもちゃんとわかっているのよ。リグト、あなたは未来の時代から来たのよね。あなたは、あたしたち天空の民の子孫。だから、あたしたちがここで全滅してしまったら、あなたはこの世界に生まれてこなくなってしまうのよ――。それはね、絶対に嫌なの。自分が死んでしまうことより、もっと嫌。あなたたちは生きなくちゃいけないわ、リグト。そのために、あたしは光になるの。今のこの世界を、未来のあなたたちの時代につなぐために。この世界を、あなたたちに残してあげるために、ね――」
だから、わかってね、とユリスナイは言いました。小さな子どもに言い聞かせるような口調です。
リグトは泣き続けました。もう彼女の顔を見ていることはできませんでした。うつむいて、ただその服の裾を握り続けます。
すると、ユリスナイが手を伸ばしてきました。リグトの髪をそっと優しく撫でてくれます。
「楽しかったわね、リグト。あなたが来てからの二年半、本当に毎日楽しかった」
ユリスナイ! とリグトはまた必死で服をつかみ直しました。けれども、その手の中で、服は次第に銀の光に変わり始めていました。リグトの目の前でユリスナイの姿が薄れて、光そのものになっていきます。
「泣かないで、リグト」
とユリスナイは言いました。
「あたしは光の中で消えてしまうけれど、あたしの中の光の部分は残り続けて、世界を照らす光と一緒になるわ。それはもう、人の姿ではないし、人の想いも持たないけれど、でも、あたしはずっとそこにいるの。光と共に、ずっとリグトのそばにいるのよ。あたしは世界中のすべての人のために行く。でもね、リグト――あたしは、あなたのためにも行くのよ――」
そして、遠ざかる声は、最後にこう言いました。
「ダイダ! リグトをお願い――!」
強い力が少年を後ろから捕まえました。あっという間にユリスナイからリグトを引き離します。
光の中で薄れながら、ユリスナイが最後にほほえんだことに、リグトは気がつきました。輝く唇が動いて、聞こえない声でささやきかけてきます。
幸せにね。
ユリスナイは、そう言っていました。
そして、銀の光は破裂しました。光は爆風のように広がり、すべてのものを振動させ、巨大な渦となって世界中に伝わっていきます。澄んだ銀のきらめきが世界中を充たし、あらゆるものを鮮やかに照らし出していきます。その中で闇がかげろうのように消えていきました。四枚翼の闇の竜も、光に照らされた影絵のように、薄く薄くなって、吹きちぎられていきます。竜の咆吼が世界中を震わせ――やがて、聞こえなくなります――
リグトが再び目を開けたとき、銀の光はもう消えていました。
そこはさっきの城の一室でした。ダイダがリグトをしっかりと抱きしめていて、ほっとしたように言います。
「戻ってきたな」
リグトはあたりを見回しました。崩れ落ちた天井から青空がのぞいていて、仲間たちが茫然とそこを見上げていました。闇の竜の黒い姿は、もうどこにも見当たりません。
リグトは尋ねました。
「闇の竜は……?」
ダイダは、おや、という顔をしました。
「しゃべれるようになったのか、リグト。あいつは消滅したよ。もうどこにもいない」
リグトは、ふいに、ぎくりとしました。部屋の中にぽつんと残された椅子に気がついたのです。そこにはもう誰も座っていません。
とたんに体の奥底から震えが湧き上がってきました。止めようと思っても、どうしても止めることができません。声まで震わせながら、リグトはまた尋ねました。
「ダイダ……ユリスナイは……?」
青年は何も言いませんでした。ただ、他の仲間たちが見上げている空を、黙って示して見せました。青空には日の光が明るく輝いています――。
リグトは泣き出しました。耐えられないほどの喪失感に襲われて、ただただ泣きじゃくります。
すると、ダイダがまた言いました。
「泣くな、リグト。ユリスナイに言われただろう? 彼女は俺たちのそばにいるんだ。光があるところなら、いつでも、どこにでも、彼女はそこにいる。たとえもう、見ることも、触れることもできなくなってもな――」
ダイダの声がとぎれました。こみ上げてくるものをこらえるように息を止め、拳を堅く握ります。
その一方の手が何かをすでに握りしめていました。金色に輝く丸い石です。不思議なほど心惹かれる輝きを放っています。
「聖なる守りの魔石だ」
とダイダが言いました。
「みんなを守りたいという、ユリスナイの純粋な想いから生まれてきた――。ユリスナイの忘れ形見だよ」
リグトは泣きながらその石を見つめました。ダイダの手の中で、石は静かな金色に輝き続けています……。
すると、ふいにその光景も揺らめいて薄れ始めました。ダイダも仲間たちも城の一室も、急速に遠ざかっていきます。
驚いたようなダイダの声が聞こえてきました。
「おまえも行くのか!」
景色が色の入り混じった流れに変わっていきます。人の気配も話し声も、たちまち押し流されていきます。
その中でダイダが言っていました。
「そうか、元いた所に戻るんだな、リグト――。また――会えたらいいな――」
笑うような声が遠ざかり、聞こえなくなってしまいます。
そして――まったく別の景色がリグトの目の前に広がりました。