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外伝10「ユリスナイ」

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10.方法

 翌朝、ユリスナイは仲間たち全員を天空城の一室に呼び集めました。

 サドラとシーラが死に、ルクァが海に去って、彼らは、少年のリグトを含めて十四名になっていました。そんな中で、ユリスナイは一人椅子に座り、全員の顔を見渡しました。

「地上で何が起きているかわかったのよ――」

 とおもむろに切り出します。

 その顔がまたひどく青ざめていることに、リグトは気がついていました。お下げに結った赤い髪も、眼鏡の奥の大きな瞳もいつもと同じです。なのに、彼女はなんだか急にとても歳をとってしまったように見えました。その場にいる仲間たちの誰よりも年上のような、不思議な静かさを漂わせています。

「それはなんだい!?」

 とキータライトが即座に尋ねました。

「地上の様子は本当におかしいぞ! あれほど素直だった人間たちが、どんどん変になっていくんだ! ぼくが教えた知恵を戦うことに悪用し始めている! まるで本当に――昔のぼくらの戦いを見ているみたいだ!」

 すると、ユリスナイは青年をじっと見つめました。悲しい声で、こう言います。

「その通りなのよ、キータライト……これは闇の竜のしわざなの。あたしたちの中で争いを巻き起こしたように、今度は地上の人々の間に、いさかいと戦いを引き起こそうとしているのよ」

 仲間たちは息を呑みました。馬鹿な! とどなったのはカイタでした。

「あいつはもういなくなったはずじゃなかったのか!? 世界中をずたずたにして、それで満足して消えたんだとばかり――!」

「いたのよ」

 とユリスナイは静かに答えました。

「あれは世界の闇がよどんで生まれてきた悪の権化。人が闇を心に持つ限り、そこから無尽蔵にエネルギーを得て、決して消えることはなかったのよ。……確かに、闇の竜はこの世界を破壊して、それで満足して攻撃をやめたわ。でも、あたしたちが地上へ降りて世界の再建を始めたから、またそれを破壊しようと考え始めたのよ。あれが望むのは破壊と破滅、そして絶望――。一度立ち上がり始めたところで、また打ちのめされれば、人々は今度こそ本当に絶望してしまうわ。すべての命が望みを失って、死に向かってしまう……。闇の竜は、それをしようとしているのよ」

 ユリスナイの椅子のかたわらにはダイダがいました。ユリスナイが何を言っても、ひとことも口をはさみません。昨夜のうちに、すべてを彼女から聞かされていたのです。

 

「シーラが占いで見つけていたというのは、それのことかね!」

 と牧童のケルキーが声を上げました。

「何故、彼女はそんな大事なことを黙っていたんだ!?」

 とレートも言います。すでにいない人物を、つい責める口調になってしまっています。

 ユリスナイは悲しく仲間たちを眺めていました。

「彼女を恨まないで……。シーラには見えていたのよ。闇の竜を倒すための方法も。それをさせたくないばかりに、彼女は真実を自分の胸に納めていたの。そして……彼女は闇の竜に殺されてしまったのよ……」

 仲間たちは、またはっと声を呑み、そうか――とリグトは思わず目を閉じました。闇の竜、つまりデビルドラゴンは、自分の邪魔をするのが天空の国の魔法使いたちだと承知していました。そこで、彼らに手出しをさせないために、彼らの目である占い師を真っ先に死に追いやったのです。

「それならば、なおのこと――! どうして彼女は何も言わずに逝ったんだ!? 彼女は、どんな方法を見つけていたって言うんだ!?」

 とキータライトが尋ね、他の仲間たちも口々に同じことを言います。

 ユリスナイはまた全員を見回しました。その顔が静かなほほえみを浮かべているのを見て、仲間たちは驚きました。いぶかしそうに、自分たちの王を見ます。

「その方法は、もうとっくにわかっていたの」

 とユリスナイは言いました。ほほえみに負けないくらい、静かな声です。

「呪文の研究をしていてね、見つけてしまったの。あんまりものすごい魔法だったから、それだけは呪文書には載せなかったわ。あたしの頭の中にだけ封印して、そのまま、あたし自身が忘れていたの。でも、それは時が巡ったときに再びこの世界に現れる約束だったのよ。闇の竜を倒すためにね。そういう定めだったの――」

 

 リグトは青ざめながらユリスナイの話を聞いていました。仲間たちはまだ意味がわからなくて、とまどっています。でも、リグトには、彼女が何を言っているのか、次第に理解できるようになっていたのでした。

 闇の権化であるデビルドラゴンは、人の心に闇がある限り、決して消すことができない存在です。何度倒しても、何度でも復活してきて、またこの世界を生き地獄に変えようとします。

 けれども、リグトたちの時代には、そんな竜を倒す方法が一つだけ知られていました。それは――

 

「人を媒体にしてね、世界中の聖なる力を光に変えてこの世界に呼び込むのよ」

 とユリスナイは仲間たちに話し続けていました。

「この世界には計り知れない聖なる力があるわ。それがすべて光になれば、さすがの闇の竜も存在していることはできなくなるの。闇は光には勝てないから。闇の竜を完全に消滅させることができるのよ。――あたしは、その魔法の呪文を知っているの」

「光を呼ぶ魔法か……」

 と仲間たちはつぶやきました。キータライトが眉をひそめます。

「だが、闇の竜の力は強大だぞ。それこそ、この世界すべての闇の象徴なんだから。それを完全に消滅させるとなると、光も信じられないくらい強力でなければならないはずだ。そんなすさまじい光を、その呪文で呼べるっていうのかい?」

「ええ、呼べるわ。みんなにはちょっと無理だけどね」

 と言ってユリスナイは笑いました。透き通った、優しい笑顔です。仲間たちは、なんとなく、どきりとしました。いっそういぶかしく、彼女を見つめてしまいます。

 キータライトがまた言いました。

「人は光と闇からできている。体も心も、両方とも。そんなすさまじい光を人を媒体にして呼んで、無事ですむものなのか?」

「すまないわね」

 とユリスナイは答えました。本当に静かな口調です。

「強烈な光は、その人の中の闇も影も完全に焼き尽くしてしまうわ。そうしたら、後には光の部分しか残らない。その人はもう人間ではなくなってしまうの。消滅してしまうのよ」

 仲間たちは完全に声を失いました。リグトは膝が震え出すのを感じていました。デビルドラゴンを消滅させるための唯一の方法。それをやろうとしているのは――それは――その人は――。

「あたしが、やるわ。この体を光にして、世界から闇の竜を消滅させる。それが、魔法の呪文を見つけたときからの、あたしの定めだったのよ。シーラはそれに気がついていたの。だけど、シーラは優しいから――あたしにそんな真似させたくなくて、それでずっと黙っていたのよ」

 ユリスナイのことばに、仲間たちは立ちすくみました。ダイダが顔をそらして、うつむきます。彼はすべてを聞かされているのです。すべてを承知の上で、彼女の隣に立っているのでした。

 

 ユリスナイがほほえみました。

「止めないでね、みんな――。落ち着いてるように見えるかも知れないけど、ほんとはもうドキドキで、がくがくなんだもの。震えて立っていられなくて、それでこうやって座ってるの――。でもね、誰かが闇の竜を倒しに行かなくちゃいけないのよ。そうしなかったら、この世界は未来につながっていかないんだから」

「それなら、わしにやらせるんじゃ、ユリスナイ!」

 とケルキーが突然どなりました。

「わしはもうこの歳じゃ! もう充分生きたし、いろいろなこともたっぷり見てきた! 最後に光になって華々しく退場していくのも、おつなもんじゃ!」

 ユリスナイは、またにっこりしました。

「だめよ、ケルキー。あなたはまだみんなに教えなくちゃ。畑作りのこと、牧畜のこと……。生きていくために、とても大事な技術よね。それに、光を呼ぶ魔法は、みんなの魔力では足りないの。とても強大な力が必要なのよ――あたしが持っているくらいの」

 仲間たちはまた何も言えなくなりました。首を振り、彼女に飛びついて止めようとします。

 

 その時、城の外から雷鳴のような音が響き渡りました。

「何ヲシヨウトシテイル――魔法使イ!? 貴様ラノ下ラヌ企ミナド、実現サセルモノカ――!!!」

 窓の外に巨大な生き物の姿がありました。黒々と光るうろこ、赤く光る目、空を切る音をたてて羽ばたきを繰り返す、大きな四枚の翼――

「闇の竜だ!!」

 と仲間たちは驚きました。闇の怪物は、天空城のすぐ上空に姿を現していたのでした。

 ユリスナイが叫びました。

「あいつを抑えて! 手を出させないで!」

 ガラガラと音を立てて城の一角が崩れました。一同が立っている部屋が大揺れに揺れ、天上が瓦礫になって降ってきます。ぽっかりと開いた穴の向こうに、巨大な竜の鎌首が見えていました。

「レマート!!」

 とカイタが竜に両手を突きつけました。他の仲間たちもいっせいにそれにならいます。闇の竜の羽ばたきが空中で止まります。制止の魔法に抑え込まれたのです。

 ユリスナイはうなずきました。ほほえんだままで一同を見回し、短く言います。

「じゃあ、ね――」

 唇が何か呪文を唱えましたが、それは誰の耳にも聞こえてきませんでした。椅子に座った彼女の姿がたちまち銀の光に包まれ始めます。

 

 リグトは飛び出しました。他の仲間たちは闇の竜を抑えるので手一杯ですが、リグトだけは自由だったのです。ユリスナイに飛びつき、引き止めようとします。

 とたんにまたユリスナイの声が聞こえました。

「やっぱりよ! ダイダ、お願い――!」

 とたんにリグトの体が抑えつけられました。ダイダがリグトを捕まえたのです。

「だめだ!」

 とダイダがどなりました。真っ赤に染まったその顔は、大きく歪められていました。まるで――今にも泣き出しそうに。

「ユリスナイに触るな! おまえまで消滅するぞ!」

 リグトは激しく頭を振りました。死にものぐるいでダイダを振り切ろうとしますが、青年はリグトをがっちりつかんで放しません。リグトはその手に思いきりかみつきました。ダイダが悲鳴を上げた隙に、手を払いのけてまた走ります。

 目の前でユリスナイは銀色の輝きに変わっていました。吸い込まれるように、その姿が消えていきます。

「ユリスナイ!!!」

 リグトは叫んで彼女に飛びつきました。――その瞬間、声が出たことに、自分では気がつきませんでした。

 銀のきらめきは二人を包み、そのまま城の一室から消えていきました。

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