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外伝10「ユリスナイ」

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7.天空王

 「調整完了。天空の国を常時障壁で包むようにしたからね。空高い場所を飛び続けても、薄い空気や寒さに悩まされることはもうないよ」

 とキータライトが言いました。その隣でヒールドムも言います。

「天空の国が乗っている岩盤は非常に堅いものだ。何千年空を飛び続けたって崩れるようなことはないから、その点は心配ない」

 報告を聞いて、ユリスナイはうなずきました。そこはクレラ山の山頂に建つ石造りの建物の一室でした。彼らはそこを「城」と呼び、天空の国の整備拠点にしていました。天空城の始まりです。

 城の最高責任者はユリスナイでした。仲間たちが空飛ぶ国のあちこちから持ち帰る情報や報告をすべて聞き、判断していきます。

 牧童の老人ケルキーがユリスナイに言いました。

「気温が安定したから、これでやっと作付けができるぞ。天空の国に避難してきた連中と畑を作りたいんじゃが、かまわんか?」

 ユリスナイはにっこりしました。

「もちろんいいわ。何か必要なものはある?」

「許可じゃな。一緒に働く連中に、わしが畑作りの魔法を教えることを許可してくれ。そうすりゃ道具も何もいらんからな」

 ユリスナイはまたほほえみました。優しい笑顔ですが、同時に深い悲しみが揺れます。

「気をつけてね……。魔法に足をすくわれてしまわないように」

「なぁに。地面を耕して、ちぃと作物を元気にするだけの魔法じゃ。使い方さえ誤らなければ、怖いことなぞありゃせんよ」

 と老人が安心させるように笑い返します。

「心配性だな、天空王様は」

 とダイダも笑いました。天空王というのは、ユリスナイのことです。彼らは冗談半分のように、自分たちのリーダーをそう呼んでいるのでした。

 ユリスナイは顔を赤らめると、ダイダに向かってあかんべをしました。そんなふうにすると、彼女の顔をおおっている深い悲しみが束の間消えて、昔の明るく屈託ない表情が戻ってきます。

 

 そこへ、白い服を着た男が入ってきました。緊張した声で言います。

「ユリスナイ! 第五避難所の連中が暴動を始めたぞ!」

 城の一室にいた全員は驚きました。

「暴動? ――何故!?」

「地上に戻してくれと言っている。風が吹いたら空から振り落とされる、地面が揺れたら墜落する、と言って不安がっているんだ」

 そう話しているのは、ソエコトという医者です。ユリスナイ十二神の医者の神と同じ名でした……。

「馬鹿な。天空の国では空を飛んでいることなんて少しも感じないはずだぞ。ちゃんと魔法で安定させているんだからな」

 とキータライトがむっとしたように言います。ソエコトが肩をすくめました。

「彼らは空を飛び続けている事実に耐えられないんだよ。緊張と不安で、みんな精神的におかしくなってきているんだ。……どうする、ユリスナイ?」

 赤いお下げ髪に丸い眼鏡の女性は、少しの間考え込み、やがて静かに言いました。

「彼らの記憶を消しましょう。ここが地上から飛び立った天空の国だという事実を……。地上につながった場所だと思わせておくの。そうすれば、彼らが不安がることもなくなるわ」

「だが、国を歩き回れば、すぐに気がつくはずだぞ? 二日もあれば一周できてしまう程度の大きさなんだからな」

 とカイタが言います。

「それも魔法をかけるの……。ここがどこなのか、この場所の外がどうなっているか疑問に思わずに、この中だけで暮らしていける魔法を。もちろん、その魔法を振り切って真実に気がつく人も出てくると思うわ。でも、そのくらい強い力を持つ人なら、ここが空飛ぶ天空の国だという事実にだって耐えられるでしょう」

 なるほど、とソエコトはうなずき、すぐにまた出て行きました。彼は人の体と心の医者です。そういう魔法は彼の管轄でした。

 

 報告は毎日山のように押し寄せてきました。ユリスナイは仲間たちと一緒に、それらを一つ一つ処理していきました。天空の国に人々が住む村ができ、町ができ、町や村をつなぎ合う道ができていきます。道を人や馬が行き交うようになります。そんなふうに一つの国ができあがっていく様を、彼らは山頂の天空城から、つぶさに眺めていました……。

 

 天空の国が空に飛び立って一年がたつ頃、ユリスナイとリグトとダイダはクレラ山を下りて、麓の草原に行きました。草原の中にユリスナイの小さな家がまだぽつんと建っています。それを見て、若い天空王は淋しく笑いました。

「なんだかすごく久しぶり……。つい一年前まであそこで暮らしていたのに、なんだか大昔の夢だったような気がするわ」

 ダイダが首をかしげて彼女を見ました。

「働き過ぎだぞ、ユリスナイ。いい加減、少し休まないと」

 リグトもそれにうなずきました。ユリスナイは天空の国を作り上げるのに必死で、ろくに眠ることもせずに働き続けているのです。いくら若いといっても、このままじゃ倒れてしまう、と少年も心配していました。

「天空の国が落ち着いたらね」

 とユリスナイは答えました。なんだかひとりごとのような口調です。

「みんなが幸せになったら。みんなが――天空の国の人々も、地上に残された人々も、みんなが幸せになれたら――」

 深い悲しみがユリスナイの顔をよぎりました。そのままうつむいてしまいます。

 

 ダイダは大きな溜息をつきました。ユリスナイの細い体にいきなり手をかけると、両腕で抱き上げてしまいます。ユリスナイは驚き、悲鳴を上げました。

「な――何するのよ、ダイダ!?」

「少し眠ると約束しろ。そうしたら下ろしてやる」

「ね、眠るって、そんな暇ないわよ! やることは山積みだし! 今だって、こんなところでこんなこと――ダイダが用があるって言うから来たのよ! 早く城に戻らなくちゃいけないのに――!」

「レムーネ」

 とダイダが言いました。眠りの呪文です。ぱたりとユリスナイの声がやみ、抵抗していた体が力を失いました。赤いお下げ髪の頭をダイダの胸に寄せて眠り始めてしまいます。

 目を丸くするリグトに、ダイダが顔をしかめて見せました。

「目の毒ならあっちに行ってろ。こうでもしないと、こいつは寝ようとしないからな」

 リグトは肩をすくめ返しました。そのしぐさで、確かにね、という返事を伝えます。

 

 ダイダは腕の中のユリスナイを見て、また溜息をつきました。

「責任を感じすぎだぞ、まったく……。いくら自分が作った魔法だからって。それを悪用したのは他の連中なんだ。世界がこうなったのは、おまえのせいなんかじゃないっていうのに」

 リグトは大きくうなずきました。ダイダに抱かれて眠るユリスナイを、悲しく見上げてしまいます。

 そんなリグトにダイダはいいました。

「家に行ってベッドを整えてくれ。今夜くらい、こいつをぐっすり眠らせてやろう」

 リグトはまたうなずくと、草原の中の家に向かって走っていきました。その後から、ユリスナイを抱いたダイダがゆっくりと歩いていきます。

 もう夕暮れ時です。薄赤く染まった青空で、かすかに一番星が光り出していました――。

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