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外伝10「ユリスナイ」

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6.裂ける大地

 結局彼らを信じてクレラ山の麓に集まった人々は一万人程度でした。本当はもっと大勢を救いたかったのですが、広範囲に呼びかける余裕も、人々を説得する時間もありませんでした。

 度重なる魔法の攻撃の影響で大地はひっきりなしに揺れ、地下深い場所では巨大なエネルギーがうねり続けていました。世界各地で次々と火山が爆発しています。海底火山の噴火や地震の影響で、津波が海岸地帯を洗い流していきます。

「もうこれ以上待つことはできないわ」

 とユリスナイは仲間たちに言いました。二十名に少し欠ける人数ですが、光の魔法を身につけた魔法使いたちの中でも、特に魔力が強い人々です。その一人一人の顔を見回しながら、ユリスナイが言い続けます。

「ヒールドムが地下のエネルギーの場所まであたしたちを導いてくれる。あたしがエネルギーに火をつけたら、みんなはこの場所を空へ運んで。地上の変動の影響を受けない高さまで、一気に運ぶのよ」

 それを引き継いで、キータライトが言いました。

「この場所の質量は相当なものだ。最初は爆発のエネルギーで飛んでいっても、それを目的の高さまで運ぶのは容易なことじゃない。全員で力と気持ちを合わせなかったら、絶対に成功しない。そこだけはしっかり覚悟しておいてくれ」

 女性のように優しい顔立ちの学者は、そんなふうに念を押しました。

 そこは草原の真ん中でした。集まっているのはユリスナイとその仲間たちだけで、他の人々はもっと安全な場所に避難していました。大地を持ち上げて空に運ぶなど、誰もやったことはないのです。どういう事態になるのか、誰にも想像がつきませんでした。

 ユリスナイがかたわらのリグトを見て苦笑しました。

「本当はあなたにも避難していてほしいんだけどね」

 少年は即座に首を振りました。絶対に嫌だ、ここに一緒にいる! と表情で伝えます。子どものリグトは、大地を飛ばす魔法に加わることができません。もとより、魔法が使えなくなっているのですから、参加しても力にはなれないのです。それでも、リグトは彼らと別の場所に行くつもりはありませんでした。

「いさせてやれよ、ユリスナイ」

 とダイダが言いました。

「これが俺だって、やっぱり絶対一緒にいたいと思うぞ。リグトは俺たちの仲間だ。心は一緒なんだよ」

 ダイダ、ありがとう、とリグトはまなざしだけで伝えました。青年が、にやっと笑って片目をつぶります。

 

 ひときわ大きな地震が彼らを襲いました。立っていられなくなって、全員がその場に倒れます。クレラ山が不気味な音を立て始めていました。火口から薄い煙が立ち上るのが見えます。

「急げ! このままだとクレラ山が爆発するぞ!」

 とヒールドムがどなりました。ユリスナイが叫びます。

「みんな、手をつないで輪を作って! 全員の魔法を一つにするのよ! 急いで!」

 言いながら跳ね起き、近くにいた仲間たちと手をつなぎあっていきます。たちまち十数人が一つの大きな輪になりました。全員が一人の人物を見つめます。赤い髪をお下げにした眼鏡の女性です。

 ユリスナイはうなずいて声を上げました。

「セバトオーチノコヨラカチノチイーダ!」

 すぐに仲間たちがそれに唱和します。

「セバトヨチイーダ――セバト!!!」

 

 リグトは彼らを見つめ続けました。

 足下でまた激しく地面が揺れ、それがたちまち大きくなっていきました。地面の奥深い場所で大地が崩れる音が響き、クレラ山が激しく揺れます。山頂がもうもうと黒煙を噴き上げ始めます――。

 魔法使いたちは手をつなぎ合い、呪文を通じて心を一つにしていました。広大な大地を地表から切り離そうとします。空も森も草原も激しく揺れます。耳をふさぐような音がすぐ足下から響きます。今にも足下が崩れそうです。

「こらえろ!」

 とダイダが叫びました。

「倒れるな! 踏ん張れ!」

 大揺れの地面は、立っているのでさえやっとです。手が外れてしまわないように、必死で隣の手を握りしめ、魔法を支え続けます。誰の手もつかんでいなかったリグトは、また地面に倒れました。草原の中に四つん這いになりながら、彼らの様子を見守り続けます。

 シーラが叫びました。

「大丈夫! 大地は空へ飛ぶわ! 信じて――空へ!」

 その時、また、ばきばきと崩れる音が足下から響きました。地面が陥没して、数人が危うく呑み込まれそうになります。その拍子に彼らの手と手が離れ、一同は倒れました。

「早く!」

 とユリスナイが声を上げました。

「手をつないで! 大地を支えるのよ!」

 思わず逃げ腰になっていた仲間たちが、はっとした顔になって起き上がりました。あわててまた手をつなぎ合います――。

 

 ところが、その中に手をつなごうとしない者たちがいました。地面に倒れたまま、恐怖の表情で茫然としています。

 仲間たちは手を伸ばしました。

「何をしてるんだ!?」

「早く手を!」

 二人は我に返って戻ってきました。けれども、一人だけは戻りません。恐怖に引きつった顔で、陥没した地面を眺め続けます。

「だ……だめだ!」

 と男はどなりました。

「こんなことをしたって無駄なんだ! 大地が空に飛び上がったりするもんか! 俺たちはみんな、ここで死ぬんだ――!」

「サドラ!」

 とダイダが呼びました。ユリスナイも悲鳴のように言います。

「戻って、サドラ! 地下で火山のエネルギーが爆発するわ! 支えていないと、大地が崩れる――!」

 サドラと呼ばれた男は首を振りました。恐怖に目を見開いた顔は真っ青です。手を伸ばし、必死で名を呼ぶ仲間たちにまたどなります。

「い――いやだ! 俺は死にたくない! こんなところで死にたくなんかない――!!」

 あっ、とリグトは心で叫びました。サドラは仲間たちに背を向けると、一目散に逃げ出したのです。卑怯者! と追いかけ、しがみついて連れ戻そうとします。そんなリグトをサドラが振り飛ばし、また先へ逃げます。

 リグトは逃げていく男をにらみつけました。裏切り者! と心でののしります。魔法が使えたら彼の上に稲妻を落として罰を下してやりたい、と考えますが、リグトはやっぱり呪文が言えません――。

 

 残された輪の一端で、ダイダが必死で手を伸ばしていました。

「カイタ! カイタ――!」

 サドラが抜けた痕を埋めてまた輪をつなごうとしているのです。カイタも大きな手を精一杯に伸ばしています。あとわずかというところで、どうしても手が届きません。地面は大揺れに揺れ続けています。草原に地割れが走り、草と土が割れ目に呑み込まれていきます。

「大地が砕ける!」

 とヒールドムが叫びました。

「魔法が暴走するわ!」

 とユリスナイも悲鳴を上げます。切れた魔法の輪から、巨大な魔法の力があふれ出そうとしていました。コントロールを失って、クレラ山とその周辺に襲いかかろうとします。ダイダとカイタは死にものぐるいで手を伸ばし合いました。あと十数センチというところで、二つの手がつながりません。

 

 その時、ほっそりとした一組の手が飛び込んできました。二人の青年の大きな手を、右手と左手でしっかりと握りしめます。

 とたんに、魔法の輪がまた完成しました。魔法エネルギーが暴走をやめ、再び一つの目的に働き始めます。地割れが止まり、揺れが一カ所におさまっていきます。

 ユリスナイやダイダたちは目を見張って手の主を見ていました。

 リグトです。

 少年は右手にカイタ、左手にダイダの手を握りしめ、歯を食いしばって輪の中に一緒にいました。少年の体の中を通り抜けていく魔法エネルギーが、青白い火花になって少年のまわりで散っています。

「だ、大丈夫なの、リグト……?」

 驚くユリスナイに、少年は、にやっと大人のように笑って見せました。魔法のエネルギーはまるで電撃のように激しく体を駆け抜けていきます。痛みさえ感じますが、それでも耐えられないことはなかったのです。呪文を唱えることはできなくても、魔法の力そのものは、リグトの体の中に存在していました。手をつなぎ合うことで、その力が輪の中に解放されていきます。

「たまげた。大した魔力じゃないか、リグト」

 と隣で手をつないでいたカイタが感心しました。少年が、またにやりとします。

 ユリスナイはうなずきました。全員の魔法の力を受けとりながら、声高く呪文を唱えます。

「ベト――エラーソ!」

 岩の砕ける音を立てて、大地が地表から浮き上がりました。轟音の響き渡る中、空へ舞い上がっていきます――。

 

 とたんに、リグトの背後で悲鳴が上がりました。振り向くと、逃げ出していったサドラが、飛び立った大地の外れから足を踏み外して地上へ落ちていくところでした。あっという間にその姿が見えなくなってしまいます。大地はもう地上数百メートルの高さまで浮かび上がっていました。

「馬鹿野郎……」

 つぶやきと共に、リグトの左手がぎゅっと握りしめられました。言ったのはダイダです。歯を食いしばって足下をにらみつけています。サドラはダイダの親友だったのです……。

 

 クレタ山を中心に、大地はさらに高く浮き上がっていきました。

 その下で地上が割れ、不気味な紅い光が地表を走り、炎のカーテンが吹き上がってきます。大噴火と大地震が、いっせいに世界を襲います。ついに魔法の大暴走が始まったのです。世界が引き裂かれ、海が荒れ狂い、轟音が響き渡ります。無数の命が悲鳴と共に呑み込まれていきます。

 地上の地獄絵を後に、大地は空へと舞い上がり続けました――。

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