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外伝10「ユリスナイ」

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5.決断

 ユリスナイの家に十数人の人々が集まっていました。若者が多いのですが、中には壮年の男や老人も混じっています。皆が硬い表情でうつむいています。

「だめだ。どうしても戦火を食い止めることができない……」

 とダイダが悔しそうに言いました。弟のカイタが激しく足を踏みならします。

「一カ所や二カ所なら止めようもあるんだ! だが、戦いは信じられない早さで世界中に広がっている! 今じゃ大陸中至るところが戦場だ! 信じられん!」

「闇の竜が関わっているからよ」

 と占い師のシーラが静かに言いました。長い銀の髪は、家の中でも鮮やかに輝いています。

「世界中に憎しみと恨みと妬みの想いを広げているわ。それは、もともと人が心に抱えていた闇よ。勝てるはずがないわ」

「でも、なんとかしなくちゃ! 世界中が魔法で全滅してしまうもの!」

 とユリスナイが叫びました。魔法戦争が始まってすでに二ヶ月。その間、戦いは驚くほどの早さで世界各地に飛び火して新たな争いを起こし、世界中を巻き込む大戦争に拡大していたのでした。

 ユリスナイは泣いていました。バラ色だった頬は青ざめ、ふっくらした笑顔は痩せてやつれてしまっています。丸い眼鏡と大きな目は相変わらずですが、青白い顔の中、瞳の暗さが際だって見えます。

 すると、キータライトが言いました。

「世界中から魔法の呪文書を消滅させることには成功した。これ以上、世界に呪文書が広がることはなくなったよ。でも、一度人々が覚えた魔法まで消し去ることはできない。やっぱり魔法戦争は続くんだよ」

 一同は黙り込みました。無力感が彼らをおおいます。彼ら自身、決して無能な魔法使いではありませんが、世界中で繰り広げられる大戦争相手には、本当に、なすすべがないのでした。

 

「これからどうなるんじゃろうな?」

 仲間の中で一番年かさの老人が口を開きました。杖を持った牧童の格好をしています。ケルキーという名前で、それは、ユリスナイ十二神の中の、豊饒と牧畜の神と同名でした。

「わしはもうこの歳じゃ。世界がどうなろうとも、わし自身は老い先短いから、見るものも少ない。だが、おまえさんたちはこれからの人間だ。世界がこれで終わってしまうんでは、あまりに悲しすぎるからな」

「そんなこと、させるもんですか!」

 とユリスナイがまた言いました。涙をぬぐいながら、隣にいたリグトを抱き寄せます。

「この世界には、あたしたちよりもっと若いこの子たちがいるのよ! この子たちのためにも、世界の破滅なんてこと、させるわけにはいかないのよ!」

「だが、どうやって?」

 とダイダが重く尋ね、一同はまたことばを失ってしまいました。

 遠くから振動が伝わってきます。魔法の波動です。空を震わせ、大地を地震のように揺らしています。

 リグトの魔法使いの耳には、信じられないほどたくさんの人々の悲鳴と泣き声が聞こえていました。苦痛の声、断末魔の叫び声もひっきりなしに届きます。リグトはユリスナイの腕の中で泣いていました。伝わってくる嘆きが大きすぎて、押しつぶされてしまいそうです――。

 

 シーラがまた言いました。

「間もなく、世界は引き裂かれるわ……。巨大な魔法と魔法が激突して暴走を始めるの。始まってしまったら、それを止めることはもう誰にもできなくなるわ。魔法が世界中をずたずたにして、数え切れないほどの命を奪っていく。その運命の歯車の力はあまりにも強力で、誰にも止めることはできないわ。この場所も海の底に沈んでしまうでしょう……」

 恐ろしい予言を告げる占者の声は、とても静かでした。本当に、この世ではない場所から聞こえてくるようです。仲間たちが立ちすくみます――。

 すると、リグトが、きっと顔を上げました。世界中から聞こえてくる悲鳴を心の中で払いのけ、魔法使いの耳を遮断して、いきなりその場にかがみ込みます。声は出てきません。その分の想いすべてを込めて、右手でばん、と床を強くたたいて見せます。ユリスナイたちの家の床に床板はありません。リグトの手は、むき出しの地面を直接たたいた形になります。

「リグト?」

 驚いたような顔をするユリスナイを、リグトはまっすぐ見つめました。たたきつけた右手を上に動かして見せます。何かを持ち上げるように――。

「何が言いたいんだ、リグト?」

 とダイダが目を丸くすると、シーラがまた言いました。

「彼は――この場所を空に飛ばせ、と言っているのよ。世界が魔法に引き裂かれてしまう前に、この場所を安全な空に移動させろ、と。私の占いに出てきた通りよ。ただ、あまりに突飛な方法だったから、私自身が信じ切れなくて、言わずにいたの……。でも、彼もそれをしろ、と言うのね」

 占者の女性は、青と金の色違いの瞳に薄く涙を浮かべて笑いました。

 

「そんなことできるの?」

 とユリスナイは別の人物を見ました。灰色の服を着た壮年の男です。名前はヒールドム。ユリスナイ十二神の、大地の神の名前です……。

「理論上は可能だな。ここはクレラ山が昔噴火したときにできた、火山性の岩盤の上の土地だ。ここの地下にはまだ火山のエネルギーが蓄えられている。一人二人の魔力では無理だが、大勢が力を合わせて働きかければ、地下のエネルギーを爆発させて、その力でこの土地を空に飛ばすことができる。そのまま空に定着させて風に乗せれば、この土地は空飛ぶ国に変わるだろう」

「空飛ぶ国――」

 と一同は声を失いました。信じられないように互いの顔を見合わせます。その中で、一人だけ、少しも迷いのない顔をしていたのはリグトでした。瞳を強く輝かせながら、もう一度地面を強くたたき、持ち上げるしぐさをして見せます。

 そっか……とユリスナイが言いました。

「あなたにはわかるのね、リグト。あたしたちの未来が。生き残るために、あたしたちはこの場所を空に飛ばさなくちゃならないんだわ。みんなで力を合わせて。……たとえ……たとえ、世界中の他の人たちを見殺しにすることになっても……」

 声が震えました。うつむいてまた泣き出したユリスナイの肩をダイダが抱きます。

「決断しよう、ユリスナイ。とにかく、助けられるだけ助けるんだ。世界中に呼びかけよう。俺たちを信じてくれる者は、この場所に集まれ、ってな――。そして、この場所を空飛ぶ国に変えよう」

 リグトはユリスナイを見上げました。大丈夫だよ、と言ってあげたいと思います。天空の国は無事に空に舞い上がる。そして、世界中を助ける正義の国に変わるんだよ。――やっぱりリグトは声を出すことができません。ただ想いを瞳に込めて、じっと見つめます。

 ユリスナイが泣き笑いしながらリグトを抱きしめました。

「励ましてくれてるのね。昔と逆になっちゃったわね、リグト……。ええ。あなたがそれだけ信じているなら、あたしも信じるわ……。世界中の人々をこの場所へ。そして、この場所を空へ。空飛ぶ国――天空の国を作るのよ!」

 おう、と仲間たちは声を上げると、人々に呼びかけるために家を飛び出していきました――。

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