「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

外伝6「銀の占い師」

前のページ

5.未来の予言

 誰もいない部屋の中で、ユギルは机に向かって座っていました。目の前には黒い石の占盤が置かれています。彼の師匠が彼に残していってくれたものです。

 ユギルは真剣な顔をしていました。念を強く込めて占盤を見つめ、その両手を磨き上げられた石の表面にのせます。浮かび上がってくる様々な象徴を見つめながら、ユギルは占い続けました。さらに深く、さらに遠く。これまで占ったこともないほど真剣に、ロムドの将来を読みとろうとします。あらゆる出来事を示す可能性の中から、確実な未来を見つけ出そうとします。

 と、ユギルは眉をひそめました。

 未来を示す場所に、黒い影が広がっていくのが見えたのです。それは闇の渦でした。深く濃い闇が、ロムドの将来に広がっていきます。どんどん広がってロムドを飲み込み、さらに世界中に広がって、何もかもを飲み込んでいこうとします。

 ユギルは息を飲みました。この映像は以前にも一度見たことがあります。初めて占盤を使って占ったとき、この闇が現れて、やはり世界を飲み込んでいこうとしていたのです。

 ユギルは身震いしました。あやうく闇に連れ去られそうになった時のことを思い出します。気を弱く持てば、再び闇は彼に襲いかかり、また彼を奪い去ろうとするでしょう。必死に気持ちを奮い立たせながら、さらに占い続けます。その闇を払うにはどうしたら良いのか、見いだそうとします。占いというのはそういうものでした。何が起こるかだけではなく、それにはどうしたらよいのかまで見つけ出さなくては意味がないのです。

 すると、闇の中に金の光が見えました。澄んだ美しい光が、渦巻く闇を切り裂き、消し去っていきます――。

 

 王は重臣を集めて謁見の儀を執り行っている最中でした。謁見と言っても、実質は国政会議です。各大臣や担当の者から上がる報告を王が聴き、さまざまな決定をして命令を下します。そこには、国の未来を読む占者たちも何人か呼び集められていました。

 隣国エスタの動向、周辺の国々の動き、まもなく国境に到達する西の街道の整備状況と開拓の現状、今年の気候と生産物の作柄の予想……国をつかさどる者たちが確かめ、判断していかなければならないことは山ほどあります。真剣な報告とやりとりが続きます。

 すると、そこへ突然扉を開けて、一人の少年が飛び込んできました。灰色のフード付きの長衣を着込んでいますが、走ってきたのでフードが脱げ、鮮やかな銀髪がむき出しになっていました。いつもはフードの奥に隠す浅黒い肌や色違いの目も丸見えになっています。それでも少年は気にすることなく、ただ国王に向かって叫びました。

「闇がロムドを襲うぞ! いや、ロムドだけじゃない! 世界中の国々が危険に襲われるぞ!」

 人々は驚きました。会議に闖入してきたのはユギルです。ものすごく興奮していて、その場に誰が居合わせているのかも目に入っていません。リーンズ宰相が、たしなめるようにあわてて声をかけました。

「これ、ユギル殿――」

 けれども、ユギルは黙りませんでした。

「占盤に出たんだ! ものすごい闇だぞ! 世界中がその闇に飲み込まれてしまうんだ!!」

 謁見の間にざわめきが広がりました。ユギルの占いの結果はただごとではありません。――が、どなるようにそれを言っているのは、風変わりな色合いをしたやせっぽちの少年です。居合わせた重臣たちのほとんどは、今まで、まともにその姿を見たことも、声を聞いたこともありませんでした。美しすぎる異形な姿と、それとは裏腹な乱暴なことばづかいに、思わず眉をひそめます。

 

 すると、占者の一人が口を開きました。中年の男で、口ひげをたくわえ、立派な衣を着ています。

「はて、新しい占者殿は奇妙なことを言う。私の占いでは、そのような危険はまったく見えていないのだが」

 とたんに、なんだ、というような雰囲気が部屋中に広がりました。この男はユギルが来るまで城で一番優秀だった占者で、名前をミントンと言います。重臣たちは、ユギルが結婚式の際に占いで要人を守ったことも、その占いが他の占者たちよりも優れていることも聞かされていました。けれども、彼らの目の前に立つ少年があまりにも若くて粗野です。誰もが、少年のことばよりも、今まで一番信頼できたミントンのことばの方を信じたのでした。

 ユギルは思わず歯ぎしりをしました。自分の占いの結果には自信があります。相手がどんなに年上だろうと食ってかかっていきます。

「近眼で未来もよく見えないくせに偉そうに威張るな、へぼ占者! 闇はロムドも世界中も破滅に追い込むんだ! 誰もそれに抵抗できないんだぞ――!!」

 ミントンはユギルをにらみつけました。その顔が怒りに引きつっています。

「生意気なことを言う。ここに居合わせている他の占者たちにも聞いてみるが良い。誰もそのような未来を見たものはいないぞ。空想と占いを混同しているのだな、小僧」

「本当だ! 空想なんかじゃない!」

 とユギルはどなり続けましたが、人々の反応は冷ややかです。ユギルは唇を震わせました。

 

 そこへ、落ちついた声が話しかけてきました。ロムド国王です。

「将来、大きな闇がロムドと世界に襲いかかる、とユギル殿は言うのだな。闇の正体は何であるか、わかっているのか?」

 ユギルは首を横に振りました。占盤の上に現れた闇は、あまりにも深くて濃く、その奥を見透かすことはできなかったのです。ユギルは思わず泣き出しそうになりました。

 すると、国王は続けて尋ねました。

「では、その闇に打ち勝つにはどうしたらよいのか、それはわかったか? そのために、我々は何をすればよいのだ?」

 人々は驚きました。城一番の占者のミントンが目をむきます。国王はやせっぽちの少年の占いの方を信じているのです。

 ユギルは泣き出すのをこらえる顔で言いました。

「俺たちには闇を倒すことはできないよ。それができるのは、金の石を持った勇者だ。闇が襲いかかって世界が絶望に包まれた時、魔の森から金の石の勇者が現れて世界を救うんだ。俺たちがするべきことは、魔の森にその勇者を迎えに行くこと。そうしないと、ロムドに勇者は現れないからだ――」

 ざわめきがいっそう大きくなりました。馬鹿馬鹿しい、とあからさまに声を上げる者もあります。世界を闇が襲うという占いさえ信じられないのです。それを救う勇者の出現など、誰も信じるはずはありませんでした。その人々の前に立つように、占者ミントンが立ちはだかっていました。薄笑いを浮かべながらユギルを見下しています。

 ユギルは思わずまた歯ぎしりをしました。拳を握って殴りかかっていきそうになります。

 

 すると、部屋の騒ぎを抑えるように、男の声が上がりました。

「俺がその勇者を迎えに行こう」

 低いけれども、はっきりした声です。全員が、はっと振り返った先には、黒ずくめの剣士が立っていました。

「ゴーラントス卿……」

 とユギルは思わずつぶやきました。

 そのかたわらに進み出ながら、ゴーラントスは言い続けました。

「ロムドや世界を闇が襲う、というのは聞き捨てならない予言だ。俺が魔の森まで勇者の出迎えに行く。陛下、ご許可を願います」

 と玉座の国王に向かってひざまずきます。

 国王は何故か一瞬言いよどみました。

「だが、ゴーラントス卿、そなたは……」

「この城の中で、ユギル殿の占いを信じて迎えに行こうとする者は他にはおりますまい。ですが、私は彼の占いがいつも正しいことを知っております。私にご命令ください、陛下」

 ざわめきがさらにひどくなります。その中に、何故だか驚くような、意外がるような響きも聞き取って、ユギルはとまどいました。周囲の人々を見回し、王とその前で頭を下げるゴーラントス卿を見つめます。

 王がうなずきました。

「行ってくれるか、ゴーラントス卿。では、そなたに命じる。魔の森に一番近い町におもむき、魔の森から現れる金の石の勇者を迎えよ」

「勅令、確かに承りました」

 ゴーラントスはさらに深く頭を下げました。

 

 とたんに、ミントンが叫びました。

「納得できません、陛下! 私にも他の占者にも、そのような闇も未来もまったく見えておりません! なのに、我々より、そのどこの馬の骨ともしれない子どもの言うことをお信じになられるのですか!? ゴーラントス卿も馬鹿な真似はおやめになるが良い。絶対にそんなことは起こりませんぞ!」

「未来の占いに、絶対なんてことばはあり得ない。俺の師匠の言ったことだ」

 とユギルが言い返しました。そこにさらにミントンが言い返します。

「ならば、おまえの占いこそ、絶対そうなるなどと言えないではないか。子どものくせに城一番の占者にのし上がろうとするなど、身の程知らずも良いところだ。おまえの実力を思い知らせてやろう。――陛下、日を改めて我々二人に占わせていただきたく存じます。私とこの少年とで、ロムドの未来を占ってみましょう。その結果を聞いて、我々のどちらの占いが信憑性があるか、ご判断願います」

「占いの力比べをすると言うか」

 と国王はミントンとユギルを見比べ、少年に尋ねました。

「どうだ、ユギル殿。受けて立つか?」

 少年は色違いの目に悔し涙さえ浮かべていましたが、そう言われて、きっと頭を上げると、生意気なほどに胸を張りながら答えました。

「いいとも。どっちの占いが正しいか、こいつに思い知らせてやる」

「占い比べはいつが良い?」

 と王は占者たちに尋ねました。

「一週間後の次の謁見の儀の際に。星回りが良くなるので、占いの精度も上がります」

 とミントンが答えました。自信にあふれた声でした。

 では一週間後に、と王は宣言し、その日の謁見の儀は終了しました。

 

 人々の刺すような視線の中、ユギルは謁見の間を出ようとしました。怒りと興奮が過ぎ去り、急に自分の姿が気になってきて、灰色のフードをまぶかにかぶります。すると、すれ違いざまに、聞こえよがしに隣の男に話しかけた貴族がいました。

「陛下もとんでもない勅令をお下しになる。ゴーラントス卿は来月に結婚式を控えているではないか」

 ユギルはぎょっとしました。思わず振り向きますが、貴族はそれを無視して隣の男と話し続けています。あわててゴーラントスを探しましたが、すでに部屋を出た後で、どこにも姿が見あたりませんでした。

 ユギルは部屋を飛び出し、象徴を追ってゴーラントスを探し出しました。黒衣の剣士は中庭に出て、いつかユギルが見ていた木を見上げていました。マグノリアの花はそろそろ咲き終わりの時期を迎え、開ききった白い花びらが縁から茶色に変わり始めていました。

「ゴーラントス卿!」

 とユギルは息を切らして駆け寄りました。振り向いた男は落ちついた顔をしています。それへ思わずわめいてしまいます。

「なんでだよ! どうして迎えに行くなんて言ったんだ!? あんた、もうすぐ結婚するんだろう? 結婚式はどうするんだよ!?」

 いつか、この木の下で話をしたとき、剣士がなんとなく嬉しそうに見えていたわけも、これでわかりました。彼自身が心待ちにしてきた結婚だったのです。

 けれども、黒衣の剣士は静かに笑い返しただけでした。

「心配してくれるのか? 珍しいな」

「だって――!」

 ユギルは混乱していました。自分の占いを信じてもらえないのは、ものすごく腹が立ちます。けれども、逆にこんなふうに信じられてしまっても、やっぱり不安が募ってくるのです。未来の占いは不確定なものです。本当にそれが実現するかどうかは、その時が来てみなければわからないのです。

「あんた、無駄に待つようになるかもしれないぞ――」

 と言って、そのままうつむいてしまいます。何故だか本当に涙が出てきそうになります。自分の占いには絶対に自信があるのに、それでも不安がぬぐえません。

「おまえの占いは、そんなにあてにならないものなのか?」

 とゴーラントスが聞き返してきました。ユギルは首を振りました。

「そんなことはない。俺は何十回も占い直したんだ。あんなに本気になって深く占ったことなんか、今までなかった。それでも、本当に何十回やっても、結果は同じだったんだ。闇は本当に襲ってくる。金の石の勇者も必ず現れる。だけど――」

「それなら、堂々としていろ」

 とゴーラントスが言いました。低く力強い声でした。

「おまえはこの国一番の占い師だ。それは俺がよく知っている。おまえの占いはいつも正しい。だから、俺はそれを信じる。ただそれだけのことだ」

 そして、ゴーラントスは中庭から城へ戻っていきました。その後ろ姿にまとわりつくように、優しい日だまりの幻が見えていました。卿の婚約者の象徴だ、とユギルは気がつきました。剣士はこれから婚約者の元を訪れ、王の勅令で魔の森へ向かうことを告げるのでしょう。日だまりが、男を引き留めようとするように悲しげに揺れ続けています。それでも、黒い剣士は決して立ち止まらず、振り向こうともしないのでした。

 

 ゴーラントスが去った後も、ユギルは中庭にたたずんでいました。風が吹いて、頭上のマグノリアの花を散らします。白い花びらがユギルの肩の上に散ってきます。

 それを見ていたユギルが、ふいに頭を上げました。何かを決心した顔つきになると、足早に城に入っていきます。まっすぐに向かった先は自分の部屋でした。

 稽古の時間になっていて、ラヴィア夫人が椅子に座って待っていました。勢いよく部屋に入ってきたユギルに、驚いたように顔を上げます。

「まあ。どうかしたのですか、ユギル――?」

 すると、ユギルは、はっきりと言いました。

「俺に礼儀作法を教えてくれ! 正しいことばづかいもだ! 誰もが俺の言うことを信じるような、そんなやり方を覚えたいんだ――!」

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク