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外伝6「銀の占い師」

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6.占い比べ

 次の謁見の儀は、いつもの謁見の間ではなく、大広間を使って開かれました。城一番の占者ミントンと、半年前、王がザカラスから連れ帰った新しい占者が、占いで対決するという噂は、一週間の間に王都中に広がっていました。貴族たちは暇をもてあましています。こんなすばらしい出し物を見逃す手はありません。しかも、ミントンに挑戦する占者は、銀髪に浅黒い肌、色違いの瞳の、それは美しい少年だと言います。大勢の貴族たちと、それに負けないほど大勢の貴婦人たちが、占者たちの一騎打ちを見物しようとぎっしり大広間に詰めかけていました。

 一段高い壇上には、玉座に着いたロムド王と、いつもの黒ずくめの格好のゴーラントス卿、それに、宰相のリーンズが立っていました。他の重臣たちも王のわきや後ろに並んでいます。

 広間の中央には二つのテーブルが離れて置かれ、それぞれの椅子に二人の占者が座っていました。この日は特に立派な服を着た一番占者のミントンと、いつもの灰色の長衣で身を包んだユギルです。フードをまぶかにかぶっているので、噂の美貌は外からはほとんど見えず、貴婦人たちはおおいに不満でいました。

 

 二人の占者は、さっきからずっと占い続けていました。ミントンはカードを独特の切り方で混ぜ合わせては、そこから次々に札を引き出し、テーブルの上の場に並べて、そこに現れた絵柄を読み解いていきます。

 一方のユギルは黒い石の占盤を使っています。華奢な少年の姿には不似合いなほど大きくごつく見える道具です。盤の上に両手をのせ、じっと表面を見つめ続けています。

 二人ともずっと無言のままでしたが、やがて、ミントンが首をかしげました。壇上の王を見て声を上げます。

「やはり、何度占っても結果は同じです、陛下。世界はおろか、このロムドにも凶兆は何も現れてはおりません。東方のエスタに若干不穏な動きは感じられますが、それも今すぐ侵攻してくるような差し迫った危険ではありません。ユギル殿の言われるような、得体の知れない闇など、どこにもかけらさえも見あたらない。賢王と名高い陛下の統治の下、ロムドの将来は安泰でございます」

 とたんに、詰めかけた人々の間から歓声が上がりました。さすがはミントン殿だ、と賞賛する声も聞こえます。ミントンはことさら平然とした顔で、その声に応えて頭を下げました。誰からも信頼され、認められている占者でした。

 ふむ、と王は言いました。少し離れた場所で占盤を見つめ続ける少年に目を向けます。

「そなたの結果はどうだ、ユギル殿? 先日と、占いの結果に違いは出ておるか?」

 少年は顔を上げました。王に向かって答えようとします。

 

 ところが、その時、ミントンがまた声を上げました。

「やや……これは!?」

 と驚いたように、新たに自分がめくったカードを見つめています。何かあったのか、と王が尋ねてもすぐには答えず、しばらくカードを見つめ続けてから、おもむろにまた言いました。

「私のカードが大変なことを告げております……。ここにおられるユギル殿のことについてです。なんと、ユギル殿は占い師などではない、と。南方諸国の下町の、犯罪者がひしめく貧民街に暮らしていた泥棒だと――!」

 心底驚いたようにそんなことを言うミントンに、壇上のゴーラントスとリーンズ宰相は心の中で舌打ちしました。占いの結果などではない、とわかったのです。ミントンは人を使って、ユギルの素性を調べ上げたのでしょう。それを占いにかこつけて、詰めかけた人々の前で暴露しようとしているのです。

 ミントンが頭を振りました。

「いやいや、大変失礼つかまつりました。これは何かの間違いでございましょう。いくら自分が占った結果であっても、このような馬鹿げたことがあるわけがない。そんな、最低も最低の、卑しい生まれの者が、この王宮に出入りしているなど――ありえませんよな、ユギル殿」

 わざとらしいほど露骨に、ユギルに話を振ってきます。ゴーラントスとリーンズ宰相は今度は顔色を変えました。ミントンは、ユギルに話をさせようとしているのです。下町の乱暴なことばづかいがいつまでも抜けないユギルです。口を利けば、たちまちミントンが言っていることは正しいのだと証明してしまいます。しかも、ミントンはユギルを見下して挑発しています。プライドの高い少年が爆発するのは目に見えていました。

 すると、ユギルが灰色のフードを脱ぎました。銀の髪と浅黒い肌があらわになります。その顔立ちは噂通り美しくて、貴婦人たちだけでなく、貴族たちからも思わず溜息が上がりました。

 少年は青と金の色違いの瞳で、カードを手にした占い師を眺めると、おもむろに口を開きました。

「わたくしがどこの生まれと出たとおっしゃいましたか、ミントン殿? 大変不思議なことを拝聴したような気がいたしますが。南方諸国の貧民街の出身? このわたくしが、ですか?」

 

 ミントンは目玉が飛び出るほど大きく目を見張り、口をぽかんと開けました。先日謁見の間にいて、ユギルの話を直接聞いていた重臣たちも、いっせいに目を丸くします。自分たちの耳が信じられませんでした。あれほど粗野で不作法だった少年が、わたくしと言い、なめらかな口調で話しています。そのことばづかいは丁寧すぎるほど丁寧です。

 さすがのロムド王も、これには驚いた顔をしていました。ゴーラントスとリーンズ宰相も同様です。すると、ユギルはそちらへ目を移し、片手を胸に当てて王に会釈をしてから、また言いました。

「陛下、わたくしの占いでございますが、やはり何度占い直しても結果は同じでございます。いずれ、闇がロムドを含めた世界中の国々に迫ってまいります。それは、世界を破滅に導くほど巨大な闇で、誰もそれに対抗しうる者はありません。ですが、世界が絶望に包まれたとき、魔の森から金の石の勇者が現れます。勇者は人々のため、仲間と共に闇に立ち向かい、世界を闇から救い出すことでしょう。わたくしたちがするべきことは、ただひとつ。魔の森に一番近いシルの町へおもむき、勇者が魔の森から現れるのをお迎えすることです。――その適任者を占盤に問うてみたところ、ゴーラントス卿と現れました。先日の陛下のご命令のとおりです。どうかゴーラントス卿をシルの町へおつかわしくださいませ」

 呆気にとられて、ただただユギルの上品な口調を聞いていたゴーラントスですが、自分の名前が話の中に出てきたとたん、真顔に戻りました。壇上からユギルを見ます。すると、少年は色違いの目でゴーラントスを見返してきました。その表情は少年のものではありません。まだ年若くとも、れっきとした一人前の占者の顔つきをしていました。

 ゴーラントスはうなずき、国王に向かって言いました。

「陛下、改めて私からもお願いいたします。金の石の勇者を迎えに行く役目を私にお任せください」

 先日謁見の間で疑いと非難の声を上げた者たちが、今回は何も言えなくなっていました。気押されたように、若い占者と、それに従うと言い切っている黒衣の剣士を見つめます。

 国王はうなずきました。

「よかろう。その使命、そなたに――」

 

「お待ちを、陛下!」

 とミントンがまた声を上げました。

「この子どもにだまされなさいますな。この者は、自分自身に降りかかる災難さえ占うことができない未熟者です。こんな者の占いを信じては、どのような結果になるかわかりませんぞ」

 と言いながら自分の占いの座から立ち上がり、ユギルに向かって歩いてきました。占盤を置いたテーブルをはさんで、見下す目で少年を眺めます。

「おまえは間もなくとんでもない災難に襲われるぞ。それが見えているか? 悪いことは言わない。今すぐこの場を立ち去るがいい。ロムドの未来を惑わす偽占者には、神の天罰が下ることになっているのだ」

 すると、ユギルは色違いの目を細めました。薄く笑うような顔で言い返します。

「では、その天罰はミントン殿に下ることになりましょう。偽の占いで未来を惑わそうとしているのはあなたです。ご自身の心配をなさいますように」

 ふん、という顔でミントンは笑い、そのまま憤然と背を向けました。大股でまた自分の席へ戻っていこうとします。

 すると、ふいにユギルが立ち上がりました。椅子を蹴倒して飛び出し、後ろからミントンをつかまえて強く引きずり倒します。

 いきなりのことに人々は驚きました。王とゴーラントスと宰相は、やはりユギルがこらえきれずに爆発したか、と考えてしまいます。そんな人々を、バルコニーから吹き込んできた強い風がどっとあおります。

 とたんに、天井のシャンデリアがいっせいに揺れ出し、その中の一つの鎖がブツリと音を立てて切れました。百本近いロウソクを立てた重いシャンデリアが、風にあおられた分だけ斜めの軌道を描いて墜落してきました。落ちた先は、ミントンが占いをしていたテーブルの上です。激しい音を立ててシャンデリアが砕けます。

 大小のガラスと金属のかけら、飛び散るロウソク、立ち上る煙……そんなものがすべておさまったとき、ミントンのいたテーブルと椅子は粉々になっていました。ミントンが席に戻っていたら、間違いなく押しつぶされていたことでしょう。

 ユギルはミントンの前に立ち、背中をシャンデリアに向けるようにして、顔と体をそむけていました。その長い衣が飛び散るかけらからミントンを守っています。

「だから、お気をつけなさいと言ったのです。あなたこそ、ご自分の出会う災難にお気づきになっていなかったのでしょう」

 とユギルはミントンに言いました。男は何も言えずに座りこんでいました。腰が抜けて立ち上がれなかったのです。

 

「大丈夫か!?」

 壇上からゴーラントスとリーンズ宰相、それに国王までが次々と下りてきました。ユギルとミントンに駆け寄ってきます。

「鎖が傷んでいたのか。二人とも無事で良かった」

 とゴーラントスが言うと、ユギルは首を振りました。

「違います。これはわたくしの命を狙ったものです。シャンデリアの切れた鎖をお調べください。細工された跡があるはずです」

「なんと! 誰の仕業だ!?」

 王が厳しい声を上げます。ユギルはまた足下の占者に目を向けました。

「ミントン殿の差し金です。わたくしを殺すか、大怪我をさせて、城から追い出すつもりでおられたのです。ところが、思いがけず強い風が吹いたために、シャンデリアはわたくしではなく、ミントン殿ご自身を直撃しそうになりました――」

「ば、馬鹿な! 私がおまえのような子どもに、どうしてそんなことまでしなくてはならんと言うのだ!」

 とわめきだしたミントンに、ユギルは顔を向けました。

「占いをねじ曲げ、自分の思い通りの未来を呼び寄せようとする占者は、必ず自分自身の占いから報いを受けることになります。あなたは占いにかこつけて、わたくしを亡き者にしようとした。確かにシャンデリアは落ち、災難は起きました。ですが、それはあなたご自身に降りかかる災難になるところだったのです。――わたくしがそれを見抜いてあなたを引き留めていなければ」

 ユギルはミントンを見据えていました。この世ならないものを読み取る青と金の目が、じっとミントンを見つめます。その内側にあるものも、過去も未来も、すべてを見透かすように――。ミントンは青ざめ、思わず目を伏せました。すべては、ユギルの言ったとおりだったのです。

 その様子に、王は厳しい声で言いました。

「この一件の真相に関しては、後ほど詳しく聞かせてもらおう。ミントンを連れてまいれ」

 王の命令に衛兵がいっせいに駆け寄り、あっという間にミントンに縄をかけてました。やっと立ち上がれるようになった占者は、青ざめた顔のまま、黙って連行されていきました。

 

 大広間の真ん中には、まだシャンデリアが砕け散ったままです。人々は騒然としています。城一番の占者が、対抗相手の若い占者を殺そうとしたというのは、刺激好きな貴族たちにも、充分すぎるほど衝撃的な出来事でした。

 その中で、王が言いました。王の声は張りがあって、大広間にもよく響き渡ります。

「では、改めてゴーラントス卿に命じる。ユギル殿の占いのとおり、シルの町へ向かい、魔の森から現れる金の石の勇者を迎えるように。――ロムドのみならず、世界中を闇から守るための大切な役目だ。しかと頼んだぞ」

 ゴーラントスは王の前にひざまずき、うやうやしく頭を下げました。

「陛下のご命令のままに」

 ユギルも、そのかたわらで片手を胸に当て、深々と頭を下げていました。肩まで伸びた銀髪が、さらりと音を立てて揺れました……。

 

 ユギルが自分の部屋に戻ると、そこでラヴィア夫人が待っていました。夫人は、ユギルに続いて、ゴーラントス、リーンズ宰相、国王までが部屋に入ってきたのを見て目を丸くすると、丁寧にお辞儀をしてから、ユギルに笑いかけました。

「どうやらうまくやれたようですね。皆様方の顔を見れば、話を聞かなくてもわかりますよ」

「先生のおかげでございます」

 とユギルは丁寧に答え、老婦人に頭を下げてから、顔を上げました。とたんに、その顔が、にやっと少年らしい笑いを浮かべます。

 ゴーラントスが頭を振って感嘆の声を上げました。

「いやはや。さすがはラヴィア夫人であられる! こんな短期間で彼をここまで仕込めるとは。正直、夢でも見ているのかと思ったぞ!」

「当然だ。わしの先生なのだからな」

 と妙に真面目くさって国王が言い、リーンズ宰相がそれにまた大真面目でうなずきます。

 すると、ラヴィア夫人が言いました。

「ユギル殿は陛下たちよりよほど筋がよろしいですわ。陛下たちはどんなに教えても、いつまでもやんちゃだったり、気が利かなかったりしましたけれど。ユギル殿なら完璧な礼儀作法も身につけられることでしょう。もっとも、今はまだ付け焼き刃ですから、もうしばらく稽古は続けなくてはなりませんけれどね」

 とたんに、ユギルは口をとがらせました。

「ちぇ、けっこううまくできるようになったと思うんだけどな。まだ稽古しなくちゃならないのか?」

「ほらほら、それ! どこででも、そんな言い方は絶対にしてはいけないと言っているでしょう! どこで誰が聞いているかわからないのです。いつでもきちんとしたことばづかいをしなくてはいけませんよ!」

 とラヴィア夫人が叱りつけます。ユギルは亀のように首をすくめ、他の大人たちは声を上げて笑い出しました。

 笑いながら、国王が言いました。

「これで名実共に新しい国一番の占者が誕生したな。よろしく頼むぞ、ユギル。ゴーラントス卿も、頼んだぞ」

 たちまち銀髪の少年と黒衣の戦士は真面目な顔になって、同時に王に頭を下げました。少年は占者として、剣士は勇者を待つ者として、それぞれの勤めに向かうのです。

 

 けれども、その時彼らは誰も予想していませんでした。

 闇が世界に手を伸ばし、金の石の勇者が魔の森から現れるのは、それから十年も後のことだったのです。

 この後、物語はしばしの眠りにつき、予兆の鳥が空を渡ったとき、再びその扉を開くのでした――。

 

To be continued on "The Flute #0 hajimarinomonogatari"

(2007年4月11日初稿/2020年3月20日最終修正)

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