警視庁第三署の第一取調室。
俺の向かいには、昨夜掴まえた男、今野誠一が座っている。
美術品のブローカーだそうだが、少しふてぶてしさが感じられる、苦み走ったいい男だった。これなら、女にももてるだろう。もちろん、バーのマダムにも・・・。
「それじゃあ、調書をとります。出来るだけ正直に答えた方が身のためですよ」
俺は一言、断ってから質問を始めた。
「名前と生年月日、それに住所は」
「今野誠一、昭和38年3月3日生まれ、東京都豊島区C町ー13-2」
「職業は」
「美術品のブローカーだよ」
「さて、今度、貴方が起こした事件ですが、なぜあのサーバントロイドを怖そうとしたわけですか?」
「俺はアンドロイドという代物が気にくわなくてね。夜道でたまたま向こうからやって来たんで、気晴らしに一つ、ぶん殴ってやろうと思っただけで、別に壊そうと思ったわけじゃねぇよ」
「そうですか。しかし、あなたが、あのサーバントロイドの家から付けていくのを、私はハッキリ見てるんですがねえ、どうです?」
今野の顔色がサッと変わった。
しかし、まだふてぶてしさは残っている。
「ああ、確かにあの家から付けていったよ。だが、別に悪気があってしたわけじゃない。ほんとにただの気晴らしのつもりだったんだ」
「そうですか。ではあの近くで7件、立て続けに起きたサーバントロイドの破壊事件には、あなたはまったく関係がないとおっしゃるんですね」
「ほう、そんなことがあったのかい。俺みてえに、アンドロイドが気にくわねえ奴が多いんだろうぜ」
「どうやらそのようですね」
俺はさからわずに、おだやかに言った。案の定、奴はだんだんじれて、頭に血が上ってきている。
「なんで、俺がこんな取り調べを受けなくちゃ、ならねえんだ。俺はアンドロイドを一つ壊そうとしただけ。それも未遂だぞ。弁護士を呼べ、弁護士を」
奴は、とうとうそうわめき始めた。
ここらが潮時だった。
俺はタイミングを見計らって切り出した。
「今野さん、無駄ですよ。あなたが壊したサーバントロイドと、これから壊そうとしていたサーバントロイドのデータバンクは、今すべて分析にかけています。おそらく、あの中の一つのデータバンクにははっきりと残っているでしょうね。あなたが例のマダムのバーの裏から、急いで飛び出してくる姿が」
「な、なんのことだ」
今野の顔色が真っ青になった。
「もう、あなたのアリバイは成立しないって事ですよ。ずいぶん地位のある人があなたのアリバイを証言していらっしゃるようですが、その人も偽証罪にとわれることになりますな。お気の毒に」
「そ、そんなバカな!」
今野は立ち上がり、拳を机に叩き付けた。
「俺はちゃんと頭部をメチャクチャにたたき壊したはずだ。そう言いたいようですな。サブ、入っていいぞ。」
俺は笑って部屋の外に待機していたサブに声をかけた。
ドアが開いて、第三分署の刑事と、頭部をメチャクチャにされたコールマン家のサーバントロイド、キムが横たわった移動ベットを押したサブが入ってきた。
それを見た今野の身体は細かく震えている。
「いいですか、今野さん。あなたはこのアンドロイドのデータバンクを破壊しようとして頭部を狙った。通常のアンドロイドならそれでいいんです。
「ところが、このマツシタARA5型というのは、新しいタイプでしてね、スペースの関係で、データバンクはボディのほうに搭載されているんです。ほら、ここにね」
俺はキムの胸のところのパネルを取り除いた。中には何も入っていない。
「ここにあるんです。分析にまわしているから今はありませんがね」
今野は一瞬大きく目を見開き、そのまま椅子に座り込み、ガックリと肩を落とした。
「くそ、そうだったのか」
低いつぶやきがその口からもれた。
「さあ、早く話した方が刑期が短くなりますよ」
俺は平静を装ってうながした。
ここが大事なところだ。
「ああ、あの女、殺したのは俺だよ。くそ、あの女、借金を返さなけりゃ俺の仕事先に怒鳴り込んで仕事メチャクチャにしてやるなんで言いやがって」
それから15分ぐらい、今野は素直に犯行を自供した。
彼女を殺した後、バーの裏口から飛び出したところをサーバントロイドに見られ、そこからアリバイが崩れるのを恐れて、近くの同じ型のサーバントロイドを調べて、一台一台壊していったことも。
自供が終わったとき、俺はほっとして第三分署の刑事に声をかけた。
「録音してくれましたね」
「ええ、あなたがこの部屋に入ったときから完全に録音してあります」
「まあ、このテープがあれば、別に証拠が無くても、アリバイ作りに協力した男もあきらめるでしょう」
「何だと!」
今野が俺の言葉を聞いて、すさまじい形相で俺を睨んだ。
「だましやがったな。やっぱりブチ壊したとき、データは無くなっていたんじゃねえか!」
「いや、違いますよ」
俺はすました声で言った。
「データバンクがボディにあるのは本当。しかし、あなたはもう一つ知らないことがあったんです。
「マツシタARA5と6は、データバンクを小型化するために、データの自動消去装置が組み込んであって、ある一定時間内に起こった重要でないデータはすべて消去されてしまうんです。”忘れる”んですよ。
「実際、あなたを見たサーバントロイドがどれかは、調べればすぐ分かりますけど、あなたを見たなんでつまらない記憶は残っているはずがないんです。
「あなたは、アリバイを完璧にしようとして、逆にそいつを崩してしまったんですよ」
今野は絶望の表情を浮かべた。
「くそ!」
いきなり椅子を蹴り倒し、俺に飛びかかってくる。
俺は十分、予想していたので、一発くわしてやろうと、すばやく身構えた。
が、俺より早く、それまで黙って立っていたサブが、鈍重な外観からは考えられない、目にもとまらぬ動きで、今野のアゴにカウンターパンチを叩き込んだ。
「グワッ」
今野は壁に叩き付けられ、妙な声を出してのびてしまった。
「後を頼みます」
第三分署の刑事に挨拶をして、俺とサブは取調室を出た。
廊下を並んで歩いていた時、俺はふと思いついて、サブに話しかけた。
「さっき、どうして奴を殴ったんだ」
「アノママニシテオイタラ、アナタニ危害ヲ加エル可能性ガ大キカッタカラデス」
サブはすました調子で答えた。
「しかし、お前なら別に殴らなくても、引き止めることはできたはずだ」
今度は、サブは何も言わなかった。
サブはもちろん、人間に対して絶対必要時以外は危害を加えないよう、プログラミングされているはずだ。
もしかしたら、あの一撃はサブの、仲間を殺した犯人に対する、怒りの表現だったのかもしれない。
「サブ、報告書出したら、博士のところにうまくいったって報告にいくぞ」
「ソンナニ、パメラ・コールマンニ会イタイノデスガ?」
あいかわらず皮肉っぽい口調だ。
しかし、俺は笑って答えた。
「ああ、会いたいとも!」
俺は駐車場に止めてあるエアカーに向かって走り出した。
俺はその時、少しだけサブが好きになっていた。
『アンドロイド殺人事件』 ~End~