Let's 幽霊ing

朝倉 玲

Asakura, Ley

前へ

2章 ユーレイング

 初めて体験したユーレイングは、驚きの連続だった。

 街の上、街の中を自由自在に飛び回れる。上から見下ろす街の景色は、普段見慣れているそれとは、ずいぶん雰囲気が違って見えた。ビルや建物のひしめく間を道路が縦横無尽に走り、車がひっきりなしに流れている。その中でゴマ粒みたいにうごめいているのが人間だ。

「人間ってちいせぇーー」

 思わずそう呟くと、みっきが隣を飛びながらくすくすと笑った。

「毎日ユーレイングしてると人生観変わってくるわよ。人間ってすごくちっぽけで、毎日あくせくつまんないことやってるなー、ってね。……ほらほら、あそこ。コンサートやってる。行ってみましょ」

 

 黒山のような人だかりの中、公園の特設ステージでアイドルがコンサートをしていた。普通なら見られないようなど真ん前からアイドルをたっぷり鑑賞しても、誰からも何も文句を言われない。アイドルだって全然こっちに気づかない。へへっ、なんだか気分がいいぞ。

 ノリの良い曲が始まると、みっきが俺の手を引いた。

「一緒に踊ろ。えっと……あらやだ、あたし、あんたの名前を聞いてなかったわ」

「周一郎だよ。原田周一郎」

「周一郎? 意外と老けた名前ねぇ」

 みっきはケラケラと声を立てて笑うと、俺の手をぐいぐい引いて宙に昇った。

「ほら踊ろ、正一郎」

「周一郎だったら」

「そんなの、どうでもいいって。踊ろ」

 コンサート会場の上空で、俺たちはなんだかよく分からない踊りを踊った。俺はダンスなんてやってこともなかったけれど、みっきは抜群に上手で、俺の手を取りながら、曲に合わせて上手にステップを踏んでいた。霊体のはずなのに、身を翻すたびに白いドレスの裾がぱぁっと花びらのように広がる。綺麗だなぁ、と俺は思わず見とれてしまった。

 

 その後、俺たちはいろいろなところを回った。

 遊園地(もちろん入場料なんて払わない)、美術館(もちろん入館料なんて払わない)、ネオ東京タワーのてっぺんでは、ユーレイング・ツアー中の人たちにたくさん出会った。みんな、考えることは同じなのよねぇ、とみっきが馬鹿にするように笑った。

 海の上、海の中、猛スピードで走ってくるリニアモーターカーの前に立つ、なんて体験もさせてもらった。自分は幽体だから大丈夫だと分かっていても、リニアが自分に迫ってきて体を突き抜けていくのは、あまり気持ちいいものじゃなかった。

 

 俺が通っている高校にも行った。

 クラスでは国語の授業の最中だった。いつも退屈でたまらなかったはずの授業なのに、教室の後ろに漂いながら聞いていると、何故だか急に涙があふれそうになった。

 クラスメートの懐かしい顔、顔、顔……。みんな変わんねー。あっ、佐々木のヤロー、また寝てやがる。半沢は几帳面にノートを取ってる。たく、こいつって本当に優等生なのな。国分はまた少女漫画描いてら。ははは。ホント変わんねーな。

 俺の机を見ると、プリントやらテスト用紙やらがいっぱいに詰まっていた。だよなぁ、もう3カ月も休んでるんだから。社会のテスト用紙が1枚だけはみ出している。思わず机の中に押し込もうとすると、手がテスト用紙を突き抜けた。テスト用紙は1ミリだって動かない……。

 それを見たとたん、ふいに涙がこぼれた。もちろん、幽体だから、本物の涙ってわけじゃないんだが。

 

「俺、試合中に倒れたんだ」

 俺は後ろに浮かぶみっきに向かって、唐突に話し出した。誰かに話したくてたまらなかった。

「こう見えてもバスケ部のエースだったんだぜ。1年でレギュラー入りして、ばんばん活躍していたんだ。2年で副部長になった。ところが、試合の最中に敵チームのヤツに体当たりされて、そのまま倒れて意識を失ったんだ。かつぎ込まれた病院で、倒れたのは病気のせいだ、って医者に言われたのさ……」

「突然変異型劇症再生不良性貧血」

 とみっきが言って、振り返った俺に、さらりと前髪をかき上げてみせた。

「話には聞いてたわ。赤血球がどんどん壊れていって、しかも自分では再生できない病気。しかも、突然変異型だから、特効薬も治療法もなくて、ただ輸血するしかないんだって」

 俺はうなづいた。

「毎日毎日、ベッドの上さ。走ることはおろか、歩くことも、起きあがることさえもろくにできない。血はどんどん壊れていくから、一日二十四時間、輸血されっぱなし。血がなかったら生きられないんだから、まるで吸血鬼さ」

 俺はクラスの中を見回した。

 国語のセンセの退屈な授業が、お経みたいに響いている。それでも授業を聞いているヤツ、寝ているヤツ、内職してるヤツ……いつもと変わらないクラスの風景。

 でも、誰ひとりとして、俺が同じ教室に漂っていることに気がつく人間はいない。

 誰も……だぁれも……

 

「俺、このまま忘れられていくのかなぁ……」

 思わずそうつぶやいたとたん、みっきにいきなり背中をバン! と叩かれた。

「なに年寄りみたいに湿っぽいこと考えてるのよ。こーんなところにいるから、そんなろくでもないこと考えるんだわ。行くわよ、誠一郎!」

 怒ったような声で言うと、ぐいぐい俺を引っ張っていく。わざとなのか、俺の名前をまた呼び間違えている。

「周一郎だったら。……行くって、どこに?」

「もちろん、もっと楽しいところによ。あんたがそんなふうに、毎日ベッドでめそめそしてるから、ご両親が心配してユーレイング・ツアーを申し込んでくれたんじゃないの。自由に飛び回ることができれば、少しは気が晴れるだろうからってね。さあ、さっさと行くわよ、伸一郎!」

 

 ……どうやら、みっきは本当に俺の名前を覚えていないようだった。

トップへ戻る