事故の後一週間も眠り続けて、ようやく目覚めたみゅうに、医者もみゅうの両親も大喜びだった。
いきさつの説明やら、みゅう自身の検査やら、いろいろ始まったけれど、俺はそれを占い師に全部任せて帰ることにした。もう、くたくただったんだ。
帰り際、みゅうが言った。
「舜、また来てね。あたしが元気になるまで毎日」
俺の手を握るみゅうの手は温かかった。それだけで満ち足りた気分になる……。
ところが、病院を出ると、目の前に子どもが立った。
白い服、おかっぱの髪――みゅうに出会う直前、俺にいきなりバケツを渡して「天使助け」を頼んできた子だ。その背中には白い翼が、頭の上には金色の輪があった。
おまえ自身が天使だったのか……!
俺は驚き、すぐに我に返ってどなった。
「みゅうは連れていかせないぞ! あいつはもう生き返ったんだ! 天使助けなんか絶対やらないからな!」
すると、天使の子が不思議そうに首をかしげた。
「お兄さんはちゃんと手伝ってくれたじゃないか。みゅうを地上に引き止めておいてくれたもんね」
……なんのことだ?
天使が話す。
「みゅうは事故にあって、生きると死ぬのちょうど真ん中にいたんだよ。生きることをあきらめたり、もう充分生きたなんて考えたら、すぐに翼が天国に運んだんだ。ぼくがその案内をすることになってた。でもさ、予定になかった人が死んで天国に来るのって、面倒で大変なんだよね。できるなら、みゅうには死んでもらいたくなかったんだ。だから、お兄さんに頼んだ。お兄さんなら、みゅうにもっと生きたいって気持ちを持たせてくれそうだったから。花嫁の夢をかなえて満足したみゅうが、どうして地上に残ってたかわかる? やっぱりお兄さんのそばにいたい、って、みゅうが強く思ったからだよ」
俺は思わず赤くなった。見た目は小さな子どもなのに、いやに大人びたことを言う天使だ。
すると、天使が手を出した。
「じゃ、バケツを返して」
気がつくと、俺は赤いバケツを持っていた。いつの間に――
「ずっと持ってたんだよ。だから、お兄さんにはみゅうが見えたし、さわれたんだ。それは天使のバケツだから」
俺はバケツを返した。なんとなくまだ不思議な気がする。
「いくら子どもの姿だからって、どうして天使とバケツなんだよ?」
と尋ねてみると、天使がまた首をかしげた。
「どうして、って……最初からぼくが持っていたものなんだ。お母さんがぼくのお棺に入れてくれたんだよ。天国に行っても大好きな水遊びや砂遊びをできるようにって。天使になってしまったら、もうそんなことできないのにね」
そう言って天使は笑った。みゅうが見せていたのとそっくりな、淋しい笑顔だった――。
「みゅうに伝えて。たくさん生きるんだよ、って。やりたいことをいっぱいやって、それから天国に来て、って。もちろん、お兄さんもね」
天使が翼を広げた。
空に飛びたつ。
見上げると、天使の姿はもう見えなかった。
雨上がりの青空に、綺麗な虹がかかっていた――。
――THE END――