ライトパンサー

朝倉 玲

Asakura, Ley

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9

 ライトパンサーはあたしたちのすぐ目の前にいた。まるで戦艦みたいに巨大な豹。いろいろなものを吸収しながら大きくなっていったという。

 すると、ビオがあたしをかばうように前に出て言った。

「だめだ、メル! この人は食べちゃいけない! 食べるのはぼくだけにするんだ!」

 あたしはあわててビオにしがみついた。

「だめよ、ビオ! だめ――!」

 ライトパンサーは、そんなあたしたちを見つめていた。何故だか、すぐには襲いかかってこない。

 やがて、声が聞こえてきた。

「お兄ちゃん――」

 メル! とビオが叫ぶ。

 すると、あたしたちの目の前に人が姿を現した。宇宙空間なのに、青いリボンのついた白いシャツとスカートを着ただけの女の子。

 実体じゃないんだわ。ライトパンサーと同じように、透き通っている。

 この子がメル……。

 

 ビオが言った。

「迎えに来たんだ、メル! 今までずっと一人にしていてごめんよ――! だけど、この人は関係ないんだ。彼女は助けてくれ!」

 あたしを突き放して離れていこうとする彼を、あたしは必死で止め続けた。少女に向かって叫ぶ。

「メル、だめよ! お兄さんを食べたりしちゃだめなの!」

 メルが首をかしげてあたしたちを見つめた。その後ろで、光の豹も頭を傾ける。

 また声が聞こえてきた。

「もう食べないよ。お兄ちゃんのことも、その人のことも……。だって、食べちゃったら、あたし、もっとひとりぼっちになっちゃうもの」

 メル!? とビオが驚く。

 メルが話す。

「ホントは食べようと思ったの。だって、宇宙は本当に広くて淋しいんだもん。お兄ちゃんと一緒にいたかった。だけど、あたしたちが食べると、人は消えてしまって、いなくなるの。あたしたちは前より一人きりになっちゃうのよ。それはもっと淋しいもん――」

 少女が哀しげに笑う。

 メル……

 

 すると、メルがあたしに尋ねた。

「お姉さん、お兄ちゃんのこと、好き?」

 あたしは一瞬うろたえた。そ、それは――

 少女の目はあたしを見ていた。真実を見抜こうとするように、まっすぐに。だから、あたしも正直に答えた。

「好きよ。まだ出逢ったばかりだけど、とても好き。絶対に死んでほしくないと思ってるわ」

 ビオが驚いたようにあたしを見た。ヘルメットの中で顔を赤らめている。

 メルがにっこりと笑った。

「よかった。お兄ちゃんもひとりぼっちじゃなくなるね……。あたしは大丈夫よ。だって、ライティが一緒にいるから」

 メルの後ろでライトパンサーが急に縮み始めた。みるみる小さくなって猫くらいの大きさになると、メルの足下にすり寄ってニャアと鳴く。

 あっけにとられたあたしの隣で、ビオが我に返ったように、持っていたものを投げた。クッキーの袋と、キャンディの形の髪飾り。

 それは、少女と猫の手前で燃えるように光って消えていった。ライトパンサーが「食べた」んだわ。

 次の瞬間、同じものがメルの片手と髪の上に現れた。

「ありがとう、お兄ちゃん」

 とメルが嬉しそうに言った。

「あたし、時々自分が何かわからなくなりそうだったの。メルなのか、ライトパンサーなのか。ライトパンサーになると、なんでも食べたくてしょうがなくなっちゃうのよ。でも、あたしはメルなんだよね。忘れそうになったら、これを見て思い出すね。そして、ライティに言い聞かせるわ。人を食べたりしちゃだめなのよ、って――」

 

 猫がジャンプした。メルがそれを受け止めて頬ずりする。

 すると、ふたりの姿はまた巨大なライトパンサーに変わった。身をひるがえして走り出す。

「メル!!」

 追いかけようとするビオをあたしは抱き続けた。

「行っちゃだめ! 行かないで――!」

 ビオは振り向き、顔を歪めてあたしを抱きしめた。まるで泣き出しそうに。

 

 宇宙を駆ける光の豹。

 遠ざかり、緑色の輝きになって。

 やがて、流星のように闇の彼方へ消えていった――。

 

――The End――

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