恐竜の祭り

朝倉 玲

Asakura, Ley

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2

 トリケラトプスがぼくたちの前に膝をつき、体を低くした。

 ぼくたちに、背中に乗れと言う。

 怖がるショウをなだめすかして、なんとか頭の上に押し上げ、ぼくもこぶだらけの皮膚を足がかりにして頭の上によじ登った。

 トリケラトプスはゾウよりも大きい。ぼくはまるでクジラの上にでもよじ登っているみたいな気分になった。

 恐竜の額の後ろに座って、2本の角につかまると、案外安定して居心地が良かった。

 ショウは、ぼくの足の間に座って、ぼくと同じように角につかまっている。

 ぼくたちがきちんと座ったのを確認すると、トリケラトプスは静かに立ち上がって、ジャングルの中を歩き始めた。

 

 恐竜の足の下でシダが押しつぶされ、周りでヤシのような木がベキベキと折れていく。まるで巨大ブルドーザーみたいだ。

 足元からぱっと一群の鳥が飛び立っていった。綺麗な七色の羽が生えた鳥……あれ? でも、あの鳥、くちばしに歯があって、翼の先に爪がある!??

「始祖鳥ですよ」

とトリケラトプスが説明してくれた。トカゲのようなは虫類から鳥の仲間に進化したばかりの頃の、鳥のご先祖様らしい。

 そういえば、そんな名前を図鑑で見たことがある。ただ、その本の中の始祖鳥はこんなにきれいな色の羽はしていなかったけれど。化石から想像した生前の姿だから、羽の色までは分からなかったのかもしれない。

 

 と、そこまで考えたとき、ぼくは思わず首をひねった。

「ええと……トリケラトプスさん、今はいったいいつなの? 始祖鳥なんて名前、人間があとからつけたもののはずなのに。それに、本当の恐竜時代だったら、人間なんてまだ地球に生まれていなかったはずだ。どうして、ぼくたちを見て人間とわかったのさ?」

 後から考えると、よくその時こんなことまで気がついたもんだと思うけれど、とにかく、その時のぼくはすっかり落ちついてしまって、頭がさえまくっていた。疑問に思ったことは何でも聞いてみたい気分だったのだ。

 すると、トリケラトプスは静かに笑い声を響かせた。

「タイムマシンで太古の昔に連れてこられたとお思いでしたか? いいえ、今は2001年。あなたたちが生きているのと、まったく同じ時代なのです。ここは、あなたたちのいらした博物館の地下深くに作られた、恐竜の王国なのです」

「地下に作られた!?」

 ぼくは思わず大声を上げてしまった。

 だって、ここには空があるじゃないか。頭上には青空が広がっていて、薄い白い雲が流れている。太陽だって輝いている。風だって吹いてくるし、遠くには青い山脈だって見えている…………

「みんな人工的に作られたものなのです」

とトリケラトプスが説明をしてくれた。

「ここは直径3km余りのささやかな地下の空間です。そこに、人口の山を作り、人口の太陽を据えつけ、川や湖を作り……シダやソテツなどの植物を植えて、太古の恐竜の時代そのままの世界を作りだしたのです。遠くに見える山並み、あれは、周囲の岩壁に投影されたただの映像です。あの青空もそう。私たち恐竜が、地下の空間で息苦しさを感じないよう、もともと私たちが生きていた場所にできるだけ近いように、と、私たちのご主人が整えてくださったのです」

「ご主人って……誰? 人間だったの?」

「はい。それももっと未来からの人間、23世紀の地球から私たち恐竜の時代に来られた方だったのです……」

 

 トリケラトプスは遠い目になって話してくれた。

 その人間は、恐竜の調査のためにタイムマシンでやってきた科学者だったこと。

 調査のために数百頭の恐竜に知能を与え、テレパシーで人間と話ができる能力を持たせたこと。

 調査が終われば、その能力はすっかり消して元通りにするはずだったのだが、数ヶ月の調査の間に、恐竜たちは科学者を「ご主人」と呼んで慕うようになってしまったこと。科学者も恐竜たちを友だちのように思うようになってしまったこと。

 恐竜は白亜紀の終わりに環境の激変によって地球上から絶滅してしまう。

 それを知って嘆く恐竜たちに、科学者は言った。

「ぼくが君たちを助けてあげよう。ぼくにはすべての恐竜を救う力はない。だけど、君たちだけくらいなら、きっと何とか助けられると思う。この地下に、ぼくは君たちのために恐竜の世界を作って上げよう。そこで、君たちは長い長い眠りにつくんだ。時代が過ぎて、23世紀のぼくたちの時代がめぐってきたら、ぼくは必ず君たちをその地下の世界から地上に出してあげる。タイムマシンで過去の物質や生物を未来に持ち帰るのは絶対禁止だけれど、地下で眠り続けた君たちは、ちゃんとそれだけの時間を過ごしたことになるから、何も問題はないんだ。大丈夫。ぼくのいる時代は、恐竜と人間がちゃんと共存できる世界だからね、何も心配はいらないんだよ」

 

 そこで、恐竜たちは科学者の作った地下の世界に移り住み、そこで永い眠りについた。

 どういう仕組みになっているのか、恐竜たちにも理解はできなかったが、眠っている間はまるで年をとらない、冷凍睡眠とかいう方法なのだそうだ。

 恐竜たちが目覚めるのは西暦2251年。23世紀半ばの時代のはずだった。

 ところが、何がどうしたのか、それより250年も早く、恐竜たちは地下の世界で目を覚ましてしまったのだ。

 恐竜たちには地上に出ていく力はない。出ていったとしても、そこはもう、彼らの暮らしていた緑豊かな暖かい地球ではない。彼らはすぐに死んでしまうだろう。

 恐竜たちは地下のささやかな世界で生きようとした。

 幸い、植物は豊富にあったし、虫や鳥といった生物も恐竜たちと一緒に目覚めて活動を始めたので、餌に困ることもなかった。ここで生き続ければ、彼らの子孫の子孫の子孫の子孫くらいの恐竜が、23世紀まで生き延びて、ご主人の科学者に助け出されるようになるかもしれない。

 恐竜たちはそう思うことで、自分たちの運命を受け入れようとした。

 

 ところが。

 世界の天井に据え付けた人口太陽のエネルギーが少なくなってきたらしく、だんだん世界を照らす光が弱くなり始めたのだ。

 恐竜の世界は寒くなってきた。シダやソテツといった植物も弱り始めた。植物が枯れてしまったら、恐竜たちの餌がなくなってしまう。人口太陽の光が消えてしまったら、恐竜たちは地下の穴の中で絶滅してしまうのだ。

 その時、恐竜たちはようやくご主人のことばを思い出した。

「もしも、ぼくが君たちを助け出す前に何か困ったことが起きたときには」

 科学者は真剣な面もちで言ったのだった。

「黒い峰のまわりで祭りを開くんだ。歌って踊って、心を合わせてみんなで願って……そして、人間の助けを借りるんだ。助け主になる人間は、黒い峰に向かって呼べば、必ず君たちのところへ来てくれる。きっと、君たちを助けてくれるよ」

 そこで、恐竜たちは黒い峰に向かって助け主を呼び続けた。

 呼んで呼んで、何週間も呼び続けて、もう誰も来ないのかとあきらめかけたところへ、2人の男の子が呼びかけに応えてやってきた。

 仲間の恐竜たちを代表して、一番優しそうな顔つきの(!)トリケラトプスが子どもたちの迎えにやってきた、というわけだったのだ。

 

 「でも、本当に、ぼくたちでなにか手助けができるのかな?」

 ぼくはますます心配になって尋ねた。話を聞けば聞くほど、ぼくたちにそんな力があるとは思えなくなるんだけれど……。

 すると、トリケラトプスが優しい声で言った。

「大丈夫。あなたたちになら、きっとできますよ」

 その時、ショウが声を上げた。

 

「お兄ちゃん、見て! 真っ黒い山! 剣(つるぎ)みたいだよ。剣山だ!」

 ショウが興奮して指さす先に、細くそそり立つ黒い峰が見えた。ガラスのように光る黒い岩。あの博物館の中庭にあった岩と同じものだ。峰の先は細く鋭くなっていて、青空の真ん中を突き刺しているように見えた。

 岩山の周囲はぐるりと何も生えていない土の地面。そこに、何百頭もの恐竜が押し合いへし合いしながら集まっていた。本当に、ありとあらゆる恐竜がいる。ブロントサウルス、ステゴサウルス、パキケファロサウルス、げっ、どう猛なチラノサウルスやアロサウルスまでいるじゃないか! 大丈夫なのかな……?

「大丈夫。今の我々は、肉食恐竜もすべて草と虫しか食べないようになっています。そうでないと、草食の恐竜が肉食の恐竜に襲われて、たちまち絶滅してしまいますからね。ご主人様がそんなふうな体に作り替えられたのです」

 ぼくは、思わずトリケラトプスの顔をのぞき込んでしまった。

 と言っても、ぼくたちはその頭の上に乗っているから、実際には顔のあるあたりを頭の上から眺めやった、という感じだけれど。

「そんなふうに、いろいろ作り変えられちゃってさ……その……きみたち、それで平気だったの?」

 もしもそれがぼくだったら、例えば、肉は食べないで野菜しか食べないように体を作り変えられたりしたら、嫌だけどなぁ……。

 すると、トリケラトプスがまた静かに笑った。

「私たちは知恵のある恐竜でいる道を選んでしまいましたからね。もう本来の恐竜じゃないんです。でもね、坊ちゃん方……」

 トリケラトプスの声はますます優しく、まるで子守歌みたいに響いていた。

「それでも、私たちは生きたいんです。23世紀まで生きて、私たちを友だちだと言ってくれたご主人と再会したいのです。確かに、我々は自然の摂理から外れた生物になってしまいましたが……そう願うことは罪だと思いますか?」

「ぼ……ぼく」

 ぼくは思わずどもりそうになりながら答えた。

「ぼくには、よく分からないよ……そんな難しい話……」

「そうですね。すみませんでした」

 トリケラトプスはすぐに謝ってくれた。その様子があまりにも哀しそうで、ぼくは思わず胸が痛くなった。なんだか、とても悪いことを言ってしまったような、そんな気持ちになった。

 

 けれども、トリケラトプスはすぐに、何もなかったように仲間の恐竜たちへ声を張り上げた。

「さあ、我々の救い主の人間が来てくださったぞ! 祭りを始めよう!!」

 グァアア……ギエェェェ……ギャァアァ……

 いっせいにさまざまな恐竜の鳴き声がわき起こった。

 すると、突然ショウがぼくを振り向いて言った。

「お兄ちゃん、ぼく、がんばるからね」

「がんばるって……お前、今の話、わかったのか?」

「わかった」

 顔に真剣そのものの表情を浮かべて、ショウがきっぱりとうなずく。そうか。トリケラトプスはテレパシーで話しかけていたから、ショウにもちゃんと意味は通じていたんだ。

 「そうだな」

 ぼくもうなずいた。

 ぼくたちにどんな手助けができるのかはわからない。だけど、恐竜たちが助けてくれ、と言ってきたんだから、できる限りのことはしてあげよう。

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