恐竜の祭り

朝倉 玲

Asakura, Ley

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1

 「あれ、ここどこだ……?」

 ぼくは目を開けたとたん、そうつぶやいてしまった。

 一面深い緑のジャングル。人の背より大きなシダが生い茂り、ヤシのような木が何百本とそそり立って、大きな葉を広げている。その木の隙間から遠くに見えるのは、青くかすむ山脈……。

 

 知らないぞ、こんな場所。ぼくは内心すごく焦った。こんな景色、生まれてからこれまで一度も見たことない。どうして、ぼくはこんな場所にいるんだ……!?

 

 すると、かたわらから不安そうな小さな声が上がった。

「ここ、どこぉ……?」

 弟のショウが、ぼくよりもっとおびえた顔をしてあたりを見回していた。小さな手が、ぼくの上着のすそをかたく握りしめている。

 

 そうだ、とぼくは思い出した。

 ぼくたちはお父さんとお母さんと4人で博物館を見に来たんだ。

 隕石のかけらとか、恐竜の化石とか、天井からつるされた巨大な振り子とか、珍しいものがいっぱい陳列してあって、それを順番に眺めているうちに、ショウが迷子になっちゃったんだ。

 ぼくとお父さんとお母さんで手分けして博物館の中を探し回っていたら、中庭でショウが大きな岩に手を伸ばしているのを見つけた。ガラスみたいに光る黒い大きな岩で、周りを柵で囲んであったから、「こら、さわっちゃダメだぞ!」って声をかけようとしたとたん、ショウの手が、すぅっと岩の中に吸い込まれていった。

 あわててショウに駆けよって、服をつかんで引き戻そうとしたとたん、あとは何も分からなくなって…………

 気がついたら、いつの間にかぼくたちはこんなジャングルの真ん中に来ていたんだ。

 

「ここどこ? お兄ちゃん、ここどこぉ!?」

 ショウが泣き出しそうな声で何度も聞いてくる。うるさいな! そんなの、お兄ちゃんのほうが知りたいんだよ!!

 でも、ぼくは歯ぎしりをして、どなりそうになるのをぐっとこらえた。

 ここにはお父さんもお母さんもいない。ぼくがしっかりしなくちゃ、だれもショウを守れない。

 ぼく自身、今にもパニックを起こして叫びだしそうだったけど、不思議と、ショウを守らなくちゃ、って思うと少しだけ気持ちが落ちつくような気がした。

 お母さんにいつも言われてるじゃないか。落ちつけって。

 落ちつかないと、まず一番に何をしたらいいかわからなくなるんだって。

 落ちつけ、落ちつけ、落ちつけ…………怖いけど…………落ちつけ、自分!!!

 

 すると、突然うしろから低い声が響いてきた。

「よかった! 来てくてくださったのですね!」

 聞いたことのない、大人の男の人の声。バリトンって言うのかな。よく響く、不思議な声。まるで、ぼくたちの心の中に響いて来るみたいな…………。

 

 うしろを振り向いたぼくは、息が止まるくらいビックリしてしまった。

 同じく振り向いたショウが、目をまん丸にして、口をぽかんと開けている。

 ぼくたちのうしろに立っていたのは、一匹、いや、一頭の巨大な恐竜だったのだ。

 ずんぐりした体に太いくちばしみたいな口、頭の縁はちょっとエリマキトカゲに似ていて、額と鼻の上には3本の角……ぼく、こいつを知ってる。図鑑で見たことがある。……トリケラトプスだ!!!

 

 すると、またあのバリトンの声が響いてきた。

「ありがとうございます、小さな人間さん。あなたたちが来て下さるのを本当に心待ちにしておりました」

 低い、優しい響きの声だ。まるで弦楽器のチェロの音色みたいな……。

 その声を聞くうちに、不思議なことに、すぅっと怖い気持ちがぼくの心から抜けていった。今にもパニックを起こしそうになっていた頭も、急にすっきりと落ちついてしまった。

 お母さんは、ぼくを『本番に強いヤツ』って言う。それって、こういうときのことを言うのかもしれないな、なんて妙に冷静なことまで考えられるくらいになっていた。

 ショウは相変わらずおびえた顔で、ぼくの手をぎゅっと握りしめていた。今にも逃げ出しそうに、ぼくの手を引っぱっている。

 ぼくはショウに話しかけた。

「大丈夫だよ、ショウ。この恐竜は優しい恐竜みたいだ。怖くないよ」

 トリケラトプスは草食の恐竜。図鑑でそんなことを読んだのも思い出していた。

 草食ならば大丈夫。ぼくたちを獲って食ったりもしないだろう。

 

 すると、そんなぼくの気持ちが分かったように、トリケラトプスがこう言った。

「もちろん、食べたりなどいたしません。あなたたちは、私たち恐竜の救い主なのです。私たちはあなたたちのような方が来て下さるのをずっと待ち続けておりました。お願いです。私たちを助けてください」

 ああ、テレパシーだ。 とぼくは気がついた。心と心で考えを伝える超能力。こいつ、超能力を使える恐竜なんだ……。

 トリケラトプスは心の声で話し続けていた。

「昔々、私たちのご主人はこう言われました。なにか困ったことが起きたのならば、あの黒い峰に向かって助け主を呼びなさい、と。私たちは今、とても困っています。この恐竜の世界の存続に関わる大問題なのです。私たちは黒い峰へ呼びかけました。何日も何日も、何十日も呼び続けました。でも、呼んでも呼んでも助け主は現れない。もうあきらめかけていたとき、私たちの呼び声に返事が聞こえて、あなたたちお2人が、私たちの世界に現れたのです」

「呼び声?」

 ぼくは思わず聞き返していた。ぼくは、そんなものは聞いた覚えがない。

「ショウ、聞いたかい?」

 と振り返ると、ショウがこっくりとうなづいた。

 そうか。それであの黒い岩を触ろうとしていたんだな。きっと、あの黒い岩が恐竜たちの呼び声を受けとめる受信機だったんだろう。でも、ぼくにはその声が聞こえなかったってことは、たぶん、恐竜の声が聞こえる人と聞こえない人がいるってことなんだろう。ショウは、呼び声が聞こえる人間だったんだ……。

 

「助けていただけますか?」

 トリケラトプスがじっとぼくたちを見つめた。黒い宝石みたいな瞳が、ぼくたちの目の中をのぞき込む。哀しそうな目の色だ。こんな小さなぼくたちに、すがりつこうとしているみたいに見える。

 ぼくは、大きくうなずき返した。

「分かりました。一緒に行きます」

 でも、そう答えてから、ぼくは急に不安になった。

 そうはいっても、ぼくたちはただの子どもだ。力も能力もないぼくたちに、恐竜を助けるなんてこと、できるのかな……?

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