月夕の刃

- Gesseki no Yaiba -

Kei

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 僕がその場所を思い出したのは、それからずっと後になってからのことだった。まだ少年だった僕が見つけ、まだ少女だったミクが名づけた場所。田舎町の古びた公園の裏山、すこし奥まったところにそれはある。まわりに鬱蒼と茂る木々がすこしまばらで、大きく平らな岩が剥き出しになっている。真夜中にそこから天を仰げば、そこだけ切り取ってぽっかり浮かんだような夜空を望むことができた。また、街の方を見下ろせば、疎らに灯る街の明かりを眺めることもできた。

 

―――――ねえ、ここを「ツキミガオカ」って呼ばない?

 

そんなふうにして、そこは僕とミク二人だけの場所になった。

 

 

 

 あの少年時代から15年の月日が流れるうち、ミクとともに「ツキミガオカ」の存在は次第に僕の頭から消えていった。僕は小学三年生の時に親の都合であの街を離れ、遠い都会で暮らすようになった。都会の雑踏や喧騒は、あの丘から眺めた綺麗な月、身体の下にある冷たい石の感触、そして僕の手を引いて走るミクの手の温もりも、記憶から奪ってしまったのだ。

 ミクは僕が引っ越す前の最後の誕生日に時計をくれた。手のひらに載るくらいの大きさで、白色の時計盤の上には黒く歪んだ模様が施してあり、そこには何故か1から13までの数字が並んでいる。ひどく不思議な時計だ。しかしさらに不思議なことには、その時計は電池を入れる裏蓋も無ければ針を動かすために巻く捩子も見当たらなかった。

 

 不思議な顔をする僕に、「大丈夫、ちゃんと使えるよ。」とミクは言った。僕はその時計が「13時台」を指しているのを見たことがない。僕がいつその時計を見ても―――時計の針の角度はいささかおかしいにせよ―――指している時間は他の時計と寸分の狂いもなかった。僕はその「13時台」を何としてでも見てやろう、と机の上の時計を眺め続けたことが何度かあった。しかし、何度試しても僕が「13時台」を目にすることはなかった。ずっと見つめ続けているはずの短針も、まるで僕の意識の死角を潜り抜けたように、いつの間にか1と2の間に存在していた。

 

 

 僕が都会に引っ越したあとしばらくして、ふと見ると時計は止まっていた。長針と短針は13よりほんの少し左に位置している。この時間を何時と呼ぶのだろうか? 僕にはそれすらも分からなかった。止まってしまったその不思議な時計は引き出しの奥にしまわれ、それから僕がその時計を見ることはなくなった。

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