「Let's 幽霊ing!」
朝倉玲
7章 上昇

 誰かが泣いていた。
 むせぶような嗚咽が、ひっきりなしに聞こえてくる。

 気がつけば、泣いていたのは俺自身だった。嗚咽と一緒にたったひとつのことばが繰り返しあふれ出る。
「どうして・・・どうして・・・どうしてだ・・・?」
 どうして、俺は死んでるんだ? こんな冷たい霊安室の真ん中で。
 ユーレイング・トラベル社でユーレイングしている間、肉体は安全に保管されているはずじゃなかったのか?
 ユーレイングから戻れば、即座にまた普通に動けるようになるって話だっただろう? いったい、何があったって言うんだ!?

 「あんたはね、病気が悪化していて、もう助からなかったのよ」
 俺の背後からみっきが話しかけてきた。
「残り寿命は、良くてあと半月。あとはもう、苦しんで苦しんで、苦しみ抜いて死んでいくだけだったの。あんたのご両親は、そんなあんたの姿を見たくなかったのよ。だから、最後にユーレイングであんたに思う存分自由を楽しませてあげて、その間に、あんたの肉体を安楽死させたの。病院の医者とあんたの両親とユーレイング・トラベル社の間では、すっかりそういう合意ができていたのよ」

 俺は自分の遺体のそばに立ちつくしていた。
 頭の中が真っ白になって、もう何も考えられない。ただ感じているのは、焼けつくような激しい怒り。
 痛みさえ感じるほど、強く激しい怒りだけだった。

 なんで俺を殺した!
 俺は生きたかったのに!!
 どんなに苦しくても、辛くても・・・死ぬほど辛い想いをしても・・・
 俺は、最後の最後まで、生きていたかったのに!!!

 突然、霊安室のガラスというガラスが粉々に砕けた。
 香立てが空中でまっぷたつに割れ、灰がもうもうと舞い上がる。
 部屋中が地震のように激しく揺れ、地底からわき起こってくるような轟音が鳴り響く。
 と、ピシピシと音を立てて、部屋の壁にヒビが走り始めた。壁の表面がはがれ落ちて床に飛び散る・・・

「ちょ・・・ちょっと、やめて! やめてよ、周一郎・・・!!」
 みっきが悲鳴を上げていた。耳をふさぎ、真っ青な顔で俺を見ている。彼女の白いドレスは、何故か激しくはためいていた。
 俺は我に返った。みっきを見つめ、ベッドの上の俺の抜け殻を見つめ・・・

 耐えられなくて、空へ飛んだ。
 上へ、上へ、どこまでも上へ・・・
 死にたくなかった。死にたくなかった。また元気になれると信じていたからこそ、苦しい治療も我慢して受け続けたのに・・・
 あたりがどんどん暗くなる。夜が来たんだ。ああ、いや、違う・・・ここは・・・

 真っ暗な空の中、星が光り輝いている。
 俺の足下にぽっかりと浮かんでいるのは、白い雲の渦を貼り付けた、青い地球だった。
 俺は、地球の大気圏を抜けて、宇宙まで飛び出していたんだ。

 さすがにもうそれ以上は飛べなくて、俺は宇宙に漂い始めた。
 体中どこを探しても、もう力は残っていない。また霊体エネルギーを使い果たしたらしい。
 ちぇ、肉体が死んだだけでなく、魂まで消失する運命かよ。
 ああ、でももう、叫ぶ気力も残っていない。
 体が動かない。なにもできない。
 ゆっくりと、自分の体が溶けだしていくような気がする・・・・・・


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