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・・・・・・タッタッタッタッタッタ。 シタタタタ、シュバッ、クルクルクルクル。 ゴチンッ。 「・・・あたたたたた。つー・・・」 また着地に失敗した。これで今月に入って3回目。 体重が増えたのかなぁ。若い頃はこれでも颯爽としていてあこがれの的だったのに。 もう少し引き締めなければ。 「と、えーと」 オフィス街も昼下がりの平日。こんな時間に出歩いてるのは暇な学生やおじさんおばさんぐらいなものだ。 道路沿いの小さな公園には申し訳程度の噴水とそれを囲むように並べられたベンチ。 数本のケヤキが煉瓦風コンクリートの地面へ申し訳程度に影を落としている。 秋ともなると日差しも弱く、こんなところでくつろいでる人もいやしない。 「でも、ここだったよな。確か」 左手の5気圧防水腕時計型ナビゲーションシステムは確かにここを示している。 ちなみにこのシステムの誤差は半径1.5km。通信販売で購入した中古品。 あたりを見回してもそれらしいものはないな。 「困ったな」 なんて思っていたら、ちょうどよいところに巡回中のお巡りさん。 白い自転車でえっちらおっちらやってきた。 「あのー」 話しかけるのと同時に、自転車をぴたりと止め、小走りに近づいてきた。 「ここでなにをしている」 「は?」 いきなりの権勢的な発言にちょっとどきっとした。 「公園に怪しい男がいると先ほど通報があってね」 「そうそう。その怪しい男を捜しているんですよ」 警官と熱い視線を交わしてみた。 「おまえだよ」 「へ?」 「紫の全身タイツにおかしなマスクをかぶった男ってのはどう見てもおまえだ」 「それは違いますよ」 「なにが」 「ほらほら。僕は黒いマントを着けているし」 両手でマントの端を持ち、翼みたいにばたつかせてみせた。 「・・・ねっ」 それをみた警官の目はすわっていた。 「とにかくそこの交番まできてもらおうか」 紫の男は有無を言わさず引きずられていった。 雑居ビルに挟まれた小さな交番の事務机の上には白い紙。 スチール製の椅子には、軽く握った手を膝において行儀よく座る紫の男。 「で、職業は?」 沈着冷静って臭いをぷんぷん漂わす警官の質問にちょっとトーンの高い声で答える。 「正義の味方です」 警官は横目でチラリとそのやたらと緊張している男を見た。 マスクで顔が隠れているものの、中肉中背お腹のたるみは下方向へ、露出している口元の肌のくすみと皺、高齢だってのは職業柄すぐにわかる。 そんないい歳の男が紫色の全身タイツに身を包んで正義の味方とは・・・。 「それでは、免許証はあるね?」 「はぁ・・・持ってますけど」 「見せなさい」 パンツの裏にあるポケットから超人協会が発行している免許証を取り出した。 「おいおい、これは普通免許じゃないか。個別活動は二種を持ってないと違反だぞ」 「いや。え・・・わかってはいたんですけど。助けを求める声が」 「言い訳をするんじゃない」 警官は机をバシッと平手で叩いた。 「でも。仲間は今日、ほかに予定があるし」 「何人だ」 「へ?」 「だからチームは何人なんだ?」 「3人です。僕と”うぐいす”と”おうど”の」 免許証には「むらさきマスク」と記されており、特記事項にもその2名の名前があった。違反歴は無し。 警官は照会システムの端末を片手で操作し、登録コードを打ち込む。 「犯罪解決歴は102件か・・・まぁまぁだな」 「いやぁ。長いことやっているものでして」 「へぇー。活動歴が58年ね・・・。このくらいのキャリアがあるのに、なぜ二種を取らなかったのか?」 二種を取るためには実活動5年と犯罪解決30件が必要だが確かにこれはクリアしている。もちろん普通免許のためチームによる実績ではあるが、これは個人データとして履歴に残る。 キャリアを稼ぐために5人以上でチームを組むヒーローもまれだ。 ただし二種取得後のチーム活動は禁止されているため、そのまま普通免許で活動しているヒーロー達が多い現状。この場合は個別活動での変身はできないが、実績によっては特例として許されている。 ちなみに普通免許での営利活動はできない。そのため飲食店や運送業などで活動資金をまかなっている場合が多い。 なにせヒーローは特殊装備などが必要なので金がかかるのだ。 「資金はどうしてるんだ。この歳ならば家族もいるだろう」 「はぁ。息子と嫁が働いてますし、僕と妻で小さな店を開いてますので」 「息子さんはいくつだい?」 「今年で51になります。孫も今年、大学を卒業しました」 ゴーグルの奥にうっすらと見える目を細めて話すむらさきマスク。 「そんなにいい環境にいるのならば。そろそろ引退したらどうだい」 「え。まぁ、そうなんですけど」 その後も質問をしていったが、どうにも要領を得ない。 公園へ行ったのは誰かが助けを求める声に受信機が反応したためとのことだが。 「あっ、むらさきマスクさん。こちらでしたか」 頭からすっぽりかぶる黒い全身タイツにイノシシをあしらった銀色のバックルベルトを身につけた細身の男が声をかけた。 「きさまは黒イノシシ団!」 そう叫ぶと、椅子から飛び上がり空中で3回転。 腰から地面に落ちた。 「あたたたたた」 「ほらほら、無理しないで」 警官に抱き起こされながらも黒イノシシ団に対して戦闘ポーズを決める。 「いや、あのですね。ボスが救急車で運ばれまして」 「えっ」 「散歩の途中に公園で一休みしてたようなんですけど、この寒さでしょ」 「はぁ」 「持病の心臓の方が悪化したみたいでして、そのままバタリと・・・」 「・・・若い頃に無理な改造なんかしたからだよなぁ。いい歳だってのにさぁ」 紫のマスクから露出した口でぽつりとつぶやいたその言葉に、交番の中にはしんみりとした空気が漂った。 「お巡りさん。僕、引退しますわ。長年つきあっていたのもこんな状態じゃ」 軽く会釈して、黒ずくめの男とともに病院へと向うむらさきマスクの後ろ姿は、ヒーローではなく小さく背を丸めた老人へと戻っていた。 これでまた1人の変身ヒーローと1つの悪の組織が、その歴史の幕を閉じるのだろう。 「おやじもこの歳までよく頑張ったよな・・・。息子の顔もわからないと言うのに」 ドアのガラス越しに消える二人を見ながら、むらさきマスクの息子はため息をつくのだった。 THE END
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