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第27巻「絆たちの戦い」

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プロローグ 港街

 カルドラ国のセイマ。

 バルス海に面したこの街には国で一番大きな港があって、いつも大勢の旅人や商人で賑わっていました。時は二月の半ば、まだ寒さ厳しい時期ですが、カルドラは冬でも温暖な場所なので、人も活発に動き回っていました。船から次々と荷物が降ろされ、新たな荷物が積み込まれていきます。

 

 賑わいは夜になっても続きました。船は帆をたたんで港に錨(いかり)をおろしますが、船を下りた人々が歓楽街に繰り出していくのです。

 港から八番目の通りにある居酒屋も、そんな客で賑わっていました。船乗りや旅人がテーブルを囲み、酒のカップを傾けながら、噂話に花を咲かせています。

 このところの一番の話題は、なんと言っても、金の石の勇者とその一行のことでした。ひと月ほど前からとんでもない噂が広まっていたのです。

「なあ、あの話はどう思う? 本当だと思うか?」

 ひとつのテーブルで男が仲間に尋ねていました。

「ロムドの金の石の勇者たちの話か? よりによって、仲間の魔女が裏切っていたって言うんだろう? まったく、ひどい話だぜ」

 と仲間のひとりが答えると、別のひとりが言いました。

「いや、実は勇者もぐるだったらしいぞ。正義の味方のような顔をしながら、実は敵と内通していたというじゃないか。ロムド国の乗っ取りを企んでいたんだってな」

「俺もそう聞いたよ。だけど、金の石の勇者はこれまで世界中のあちこちで大勢を助けてきたって言うじゃないか。だから、噂は本当かなと」

 最初の男がそう言うと、仲間の二人は頭を振って口々に言いました。

「それがまわりを油断させるための芝居だったってことだ! だいたい、なんの見返りもなく敵と戦ったり敵から守ったりする、聖人みたいな奴が現実にいるわけないだろう!」

「そうそう、下心があるのに決まってる! そんなことにも気がつけないんだから、ロムド人たちはまったく馬鹿だ! ロムドの国王だって、賢王なんて言われてちやほやされても、実際にはただのお人好しなのさ!」

 酒も入っているので、テーブルはロムド国の悪口で盛り上がっていきます。

 別のテーブルでも、数人の男がやはり同じ話題を話し合っていました。

「うちの親方がえらくがっかりしてるんだ。世界を救ってくれる英雄だと思っていたのに、とんでもない裏切りだと言ってな」

「そう言う奴は多いな。だけど、そもそも金の石の勇者は子どもみたいな若造だぞ。そんな奴が世界を守るとか、闇の怪物と戦うとか、あり得ないだろう? 敵と通じていて、そいつと戦うふりをして、みんなをだましていたんだよ」

「そうだな。勇者の仲間の魔女は敵の親方の女だったと言うから、魔女を使って勇者を操っていたんだ」

「そうそう。何しろ魔女なんだからな。若造なんかイチコロだ」

 下卑た笑いがテーブルに湧き起こります。

 

 そんな客たちを、女主人が奥のカウンターから眺めていました。黒いドレスに短い赤毛の中年の女です。キセルで煙草をぷかりとふかしてから、隣の男に話しかけます。

「このところ、こんな感じの盛り上がり方ばかりよね。あの子たちの悪口ばっかり。放っておいていいわけ?」

 黒い髪とひげの強面(こわもて)の男は、カウンターにもたれながら肩をすくめ返しました。

「客の話をいちいち訂正できるか。だいたい、あの連中はよそから来た奴ばかりだ。回り回った噂を耳に挟んできているだけで、本当のあいつらなんて見たことも会ったこともないんだからな」

「まぁね。セイマの住人は大半が噂を疑ってるわ。だって、あの子たちはセイマの恩人だもの。でも、こう悪口ばかり広がっていくようじゃ、それもだんだん怪しくなってくるわよ」

「あいつらが姿をくらましているからだ。肝心の当人たちが雲隠れして誤解を解こうとしないから、信じている連中の胸にも疑念が湧いてくるんだ」

 そこへ先のテーブルから酒の追加注文が入ったので、男は、まいど! とすぐに返事をしました。心の中ではどう思っていたとしても、愛想の良い態度で空のカップを取りに行きます。

 女主人はまた煙草をふかすと、視線を天井に向けました。

「本当に、あの子たちったらどこに行っちゃったのかしら。世界中がこんなに大騒ぎになってるっていうのに」

 店内は酔った男たちの声で騒々しいので、女主人のひとりごとを聞きとがめる者はありません。

 そこは居酒屋の「イリーヌ亭」でした。女主人のイリーヌが、内縁の夫のジズと経営している店です。

 彼らは金の石の勇者とその一行をよく知っていました。ザカラス国へ無謀な出兵をしようとするカルドラ海軍を阻止し、このセイマの街を津波や大ダコの魔王から守ってくれたのです。本物の彼らが噂されるような人物ではないことも、充分承知しています。それでも噂は悪意をまとって広がりつつありました。ジズの言うとおり、いちいち訂正したところで、流れが変わるとは思えない状況だったのです。

 

 そこへ新しい客が二人、店に入ってきました。質素な身なりにフード付きの短いマント、体格はいいのですが、なんとも人の良さそうな顔をした男たちで、ひとりは若者、もうひとりは中年でした。

「はい、いらっしゃい──」

 とジズがテーブルに案内しようとすると、年配のほうの男が言いました。

「聞きたいことがあるんだ。メイに行きたいんだが、どこで船に乗れるだろう?」

 ジズは一瞬鋭い目をしてから、肩をすくめて答えました。

「そういうのは港の案内所で聞いてもらえますか。ここはただの居酒屋だ」

 すると、若者が訴えるように言いました。

「案内所にはもう行ったけれど、当分メイに行く船はないと言われてしまったんだ! 我々はどうしてもメイに渡らなくちゃいけないのに!」

 その声が大きかったので、近くのテーブルの客たちが聞きつけて口を挟んできました。

「そうそう。カルドラの王様がメイからの船も、メイへ行くの船も、港から閉め出してしまったからなぁ」

「メイに行きたきゃ、一度南大陸のルボラスのマシュア港に行くしかないぜ」

「ああ、そいつもダメだ。マシュアでもメイ行きの船は締め出されてるんだ」

 すると、年配の男が言いました。

「案内所でもそう言われた。だが、港の物売りに、ここに来ればメイに運んでくれる船を紹介してもらえると言われたんだ」

 ほぅ? と他の客はジズを見ました。疑うような目つきです。

 ジズはあわてて頭を振ってみせました。

「よしてくださいよ、お客さん。ここはただの居酒屋だって言ってるじゃないですか。なんかの間違いだ」

 年配の男は鼻白みましたが、若者はあきらめませんでした。

「俺たちはどうしてもメイからロムドに行かなくちゃいけないんだよ! 俺の命の恩人の一大事なんだ! なんとかしてメイに行く船を見つけたいんだよ!」

 ロムドという地名に、さらに多くの客が注目してきました。ロムドと言えば、噂の渦中の人物の出身国だったからです。

「ひょっとして、あんたの命の恩人ってのは、あの金の石の勇者なんじゃないだろうな?」

 と誰かがからかい、客たちがどっと笑い声をあげます。

 若者は顔を真っ赤にして憤慨しました。

「何がおかしい!? そうだよ! 恩人っていうのは金の石の勇者とその一行だ! 彼らは俺たちの命を救って──」

 けれども、その先のことばは誰にも聞き取れなくなりました。店中の客がテーブルをたたいて大笑いを始めたからです。

「こいつらも金の石の勇者にだまされてるぜ!」

「とんだ間抜けのお人好しどもだ!」

 揶揄(やゆ)の声が飛びかいます。

 なんだと!? と若者が拳を握ったので、年配の男はあわてて抑えました。

「やるか若造?」

 酔っ払った水夫が拳を構えてさらに挑発しますが、とたんに鋭い声が飛びました。

「うちの店で喧嘩は御法度(ごはっと)だよ! 店を壊す気かい!? あんた、その人たちを外へ出しとくれ!」

 イリーヌでした。

 ジズはものも言わずに若者と年配の男の腕をつかむと、そのまま、ぐいぐいと店の外へ連れ出していきました。男たちは必死で抵抗しましたが、ジズは意外なほど力があって、二対一でもかないません。

「なんだかしらけちゃったね。気分直しといこう。みんな、もう一杯やっとくれ。あたしのおごりだよ」

 女主人の気前の良いサービスに、店中に歓声が湧き起こります──。

 

 ジズが二人の男と外に出ると、通りではさらに十人近い男たちが待っていました。皆、質素な旅支度をしていて、店の中の騒ぎに心配そうにしていましたが、仲間が追い出されてきたので、顔色を変えて駆けつけてきます。

 やっとジズから解放された若者が、またわめき出しました。

「なんでみんな彼らを悪く言うんだ!? 彼らはみんなが言うような人間じゃない! 岩の下敷きになった俺を助けてくれたし、ここでも津波や怪物から大勢を助けてくれたじゃないか──!」

 まあまあ、とジズは片手を上げてそれを制しました。周囲に鋭く目を配ってから、低い声になって言います。

「それであんたらがどこから来たのかわかった。ヤダルドールの町の連中だな。で、あんたがゼンたちに命を救われたという町長の息子か」

 男たちは目を丸くしました。若者が驚いて聞き返します。

「俺のことを知ってるのか?」

「ああ、本人たちから聞いた。それで恩返しに駆けつけようとしているんだな」

「本人たちって──金の石の勇者たちを知ってるのか!?」

 若者がまた大声になったので、ジズは、しっと言いました。

「カルドラ王の密偵があちこちに潜んでるんだ。気づかれたら船に乗る前に捕まって、牢屋に入れられるぞ。王はあいつらに味方する奴が出てこないように必死だからな。来い、こっちだ」

 ヤダルドールの男たちは、どこかで密偵が聞き耳を立てているような気がして、周囲を見回してしまいました。ジズが先に立って歩き出したので、年配の男が尋ねます。

「どこへいくんだ?」

「もちろん、メイへ船を出してくれる奴のところだ。メイからロムドへ行きたいんだろう」

 どの港にも正規のルートとは違う裏ルートの船はあるものです。ただ、表だって紹介はできないので、ジズは喧嘩を仲裁するふりをしながら、彼らを外に連れ出したのでした。

 おおっ、と男たちは喜びました。密偵に気づかれては大変なので、声は潜めています。

 意気込む一行を案内しながら、ジズはそっとつぶやきました。

「誰もがおまえらの敵というわけじゃない。今もおまえらを信じている奴は少なからずいるんだ。隠れていないで早く出てこい。そして、おまえらの潔白を証明しろ」

 夜が更けてもまだ賑やかな街の中を、ジズと男たちは通りから通りへ渡り歩き、やがて細い路地裏へ姿を消していきました──。

2020年6月4日
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