地上から気づかれないまま、魔法の力で世界中の空を飛び続けている天空の国。
国で唯一の山の上に建つ天空城の図書館では、レオンが机に向かって本を読んでいました。短い銀髪に水色の瞳の長身の少年で、シャツとズボンの形の星空の衣を着て、黒縁の眼鏡をかけています。眼鏡は最近かけ始めたものでした。熱心に本を読むうちにだんだん下がってくるので、指で押し上げては読み続けています。
彼の前の机は積み上げられた本でいっぱいでした。一冊読み終えると魔法で棚に戻し、机の上からまた別の本を取り上げて開きます。そんなふうにして、彼はもう半月近くも調べものをしていました。数え切れないほどたくさんの本を読んだのに、彼が求める答えはまだ見つかりません。
レオンは体を起こして大きなのびをしました。椅子の背にもたれかかってつぶやきます。
「時間なんだよ……問題は時間なんだ。闇大陸とこっちとでは時間の流れが違う。それをなんとかしないと……」
けれども、ひとりごとを言っても、やっぱり名案は浮かびませんでした。図書館の個室には彼しかいないので、他人の声や物音も聞こえてきません。しんとした静寂の中に、彼のため息だけが響きます。
やがて、レオンの元に図書館の精霊がやってきました。蝶のような羽根の小さな少女の姿をしていて、鈴を振るような声で言います。
「もう閉館の時間よ。もっと利用したいなら、利用時間延長の申請をしてちょうだい」
「いや、今日はもう帰るよ。明日また来るから、ここはこのままにしておいてくれ」
とレオンは椅子から立ち上がりました。明日になってもやっぱり名案なんて思いつかないのかもしれない、と思うと、またため息が出てしまいます。
どうしたらいいんだろう、と彼は考え続けました。
半月ほど前、彼は金の石の勇者の一行と闇大陸へ飛び、パルバンと呼ばれる荒野へ竜の宝を探しに行ったのです。この世に人間の姿でよみがえってきた闇の竜を倒すために――いえ、正確には闇の竜を倒そうとする友人たちを手助けするために。
けれども、闇大陸は二千年前の大戦争の最後の激戦地で、様々な魔法が複雑に絡み合いぶつかり合って、危険きわまりない場所になっていました。特に竜の宝が隠されたパルバンは恐ろしい魔法の風が吹いていて、とても進み続けることができませんでした。そこを安全に行く方法を考え出さなくてはいけないのですが、いくら本を読み込んでも解決策は浮かびません。時が無駄に過ぎていくようで、気持ちだけが焦ります。
するとレオンは出口の柱に額を勢いよくぶつけました。考え事に夢中になっていたので、部屋の出口をくぐりそこねたのです。
「……ったぁ!」
いくら魔法使いでも、ぶつけた瞬間には痛みを感じます。レオンが頭を押さえてうめいたので、図書館の精霊が飛んできました。
「何をぼんやりしてるのよ、レオン? 前をよく見なくちゃだめじゃない」
「ちゃんと見てるさ。一日中座っていたから、ちょっとふらついただけだ」
とレオンは負け惜しみを返すと、額のこぶを魔法で消し、出口をにらみながら出ていこうとしました。図書館の個室の扉は小さくて、周囲にぐるりと蔓草のような装飾が彫り込まれています――。
とたんにレオンは足を止めました。
扉の模様を見つめて眉をひそめ、何かを思い出すような顔になります。
やがて、彼はつぶやきました。
「もしかしたら、ひょっとして……そうなのか……?」
「何か言った、レオン?」
と精霊の少女が振り向きましたが、彼は答えませんでした。さらに思い出すような表情で考え込むと、いきなりきびすを返して部屋に戻り、さっきまで座っていた椅子に座り直します。
彼が魔法でペンと紙を出して書きものを始めたので、精霊は文句を言いました。
「急にどうしたのよ? もう閉館時間だって言ったでしょう?」
すると、レオンは無言で空中から別の紙を取り出し、さらさらとサインをして精霊に突きつけました。図書室の利用時間延長届けを書いたのです。
「ほんとに、急にどうしたっていうのよ?」
精霊は届けを受け取ってもまだ納得しない顔でしたが、レオンは答えようとしませんでした。先の紙に何かを一生懸命書き続けています。
精霊の少女は小さな肩をすくめました。
「明日の朝まで利用延長ね。許可するわ」
と言うと、どこかへ消えていきます。
後にはレオンだけが残りました――。