「以上が、わらわの見た夢じゃ。これを解き明かし、夢が意味していたことをわらわに教えることができる者はあるか？」
城の大広間に集められた家臣へ、玉座の人物はそう尋ねました。編んだ黒髪の上にベールと王冠をかぶった、中年の女性です。身につけているのはドレスではなく、何枚も重ねた上着に裾のふくらんだズボンを組み合わせた、異国風の衣装でした。上着には豪華な刺繍が施され、太い首飾りでは色とりどりの宝石が光っています。頭の王冠が示しているとおり、彼女はこの国の女王でした。ひどく厳しい表情で、家臣たちの答えを待っています。
「おそれながら、女王陛下」
と家臣の一人が口を開きました。
「それは、グル神のしもべドゥーアが、良き知らせを告げるために、女王陛下の夢をお訪ねになったのではないかと存じます。白い竜は我が国の象徴。近い将来、我が国に莫大な富がやってきて、この国が栄えることの吉兆でございましょう」
おお、と家臣たちはいっせいに顔をほころばせました。女王があまり深刻な表情をしていたので、誰もが漠然とした不安にかられていたのです。それは大変めでたい知らせだ、と喜びます。
ところが、女王はいっそう厳しい声で言いました。
「あの夢には、そのような浮ついた雰囲気は、かけらもなかった。陰鬱な世界の向こうに、何か危険なものの潜む気配がしておったのだ。あれは警告じゃ。気休めの追従（ついしょう）など、わらわは求めておらぬ。あれを正確に読み解くことができる者はおらぬのか？」
家臣たちは顔を見合わせました。それはただの夢でございましょう、ご心配のしすぎです、と言いたいのですが、女王に言い逆らうことになるので、困惑して黙ってしまいます。
すると、重臣の一人が言いました。
「グル寺院の大僧正も、陛下の夢には危険な兆候などはない、と言っておいででした。ですが、陛下がどうしても気になるとおっしゃるのであれば、夢を解ける者を探して、お尋ねになれば良いかと存じます」
「夢を解ける者？ 誰じゃ」
と女王は聞き返しました。
「世に賢者と呼ばれる人々は大勢おります。例えば、中央大陸中部のロムド国には、賢王との評判高い国王がいます」
ロムド国！ と他の家臣たちは驚きました。
「それはいくらなんでも！ 我がテトはロムドとは国交がありませんぞ！」
「左様！ しかも、あの国はグル神を信仰しない、異教徒の国だ！」
誰もが口々に反対しますが、重臣は言い続けました。
「ロムド国には賢王だけでなく、この中央大陸随一と言われる占者もおります。まだ年若いが非常に優秀な男で、つい先日も、サータマンの疾風部隊の襲撃を読み取って、王都を守りきったそうです。ロムドはあのエスタ国の同盟国でもあります。表敬がてら使者を送り、女王陛下を悩ませる夢についてお聞きになってみるのは、我がテトにとって決して損とはならないだろうと――」
ふむ、と女王は考え込みました。聡明な顔つきをした女性です。ほんの数秒間思案しただけで、即座に決断を下します。
「では、ロムドの王城を訪ねてみることにしよう。宰相、献上品の選定にかかれ。それから、わらわの乗る象の準備じゃ。支度（したく）が調い次第、ロムド国へ出発する」
家臣たちは仰天しました。女王は、自分自身がロムド国へ行くと言っているのです。表敬訪問を勧めた重臣が、あわてふためいて言います。
「陛下、わたくしは使者をお送りするように、と申し上げたのでございます！ 女王陛下自らがご訪問になるなど、そのような――！ しかも、ロムドとの間には難所で有名なミコン山脈が横たわっております。あまりに危険でございます！」
「それは聞けぬ」
と女王は答えました。
「あの夢を見てからというもの、わらわはずっと眠れぬ夜を過ごしておる。あの夢が解き明かされるまで、わらわに安らかな眠りは訪れぬのじゃ。夢におびえて城で案じているより、わらわ自身で出向いて、一刻も早くその意味を確かめるほうがよい」
そんな！ と家臣たちはいっせいに叫び、口々に女王を止めようとしました。女王の代わりにロムドを訪問する、と申し出た家臣も一人や二人ではありません。
すると、女王は玉座から立ち上がりました。
「夢を見たのは、わらわじゃ。夢解きが正しいかどうかを判断できるのも、このわらわだけじゃ。ロムドへ同行する者は百名で充分。それ以上は足手まといになって、旅路が遅れる。遅うなれば、それだけ良からぬ気配は強まる。それだけはわかっておるのじゃ」
強い口調でそう言い放つと、女王は玉座の間を後にしました。後を大勢の家臣が追いかけて、必死で引き止めようとしますが、足早に歩く女王は彼らを少しも顧みませんでした――。
