「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第11巻「赤いドワーフの戦い」

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第12章 岩屋

41.通路

 フルートたちは風の犬に変身したポチとルルに乗って、山の地下へ続く通路を飛びました。真っ暗なトンネルは急な下りになっています。何も見えない中、風の音とメールの金切り声が響きます。

「やだ――やだ――やだ!!! 出して! 戻して! 通路が消えて死んじゃうよ!!!」

 本当に、その通路はじきに消える運命でした。ポポロが継続の魔法をかけていないのです。残り時間はあとわずかでした。

 ポチが言いました。

「ワン、もうぼくたちにも先が見えないですよ! 光がもう全然届いてない!」

 いくら暗闇に強い犬たちでも、真の闇の中では何も見えません。その中で通路の岩壁に激突すれば、とても無事ではすみません。すると、急にあたりが明るくなりました。フルートの鎧の隙間から光が洩れています。フルートが急いで首の鎖を引っ張ると、ペンダントの真ん中で金の石が淡く輝いていました。

 その光の中を犬たちはさらに飛び続けました。猛烈な風がごうごうと彼らの耳許を吹きすぎていきます。

 すると、その後ろの方から犬たちのほえる声が聞こえてきました。角犬たちが通路の中に飛び込んできたのです。ウォンオンオン! と声がトンネルの中に響いてきます。

「急げ!」

 とフルートは叫びました。角犬の声が追いかけてきます。

 

 すると、突然それが、キャウン! という声に変わりました。続いて、すさまじい犬の悲鳴が響き渡ります。

 一行は思わずいっせいに振り向きました。淡い金の光の中、全員が蒼白になります。ポポロの魔法が時間切れになって、戻ってきた大地に角犬が押しつぶされたのです。

 半狂乱になったメールを、ゼンは抱きしめました。どれほど抱いても少女の悲鳴や泣き声は止まりません。それでもゼンは言い続けました。

「大丈夫、絶対大丈夫だ――信じろ――大丈夫だ!」

 風はうなり、岩壁が上下左右を流れるように飛びすぎていきます。角犬の声はもう聞こえません。風の音が沈黙より重く洞窟を充たしています。その中で、ゼンは顔を上げ、光の先の闇を強くにらみ続けました。

 すると、ぱたりとメールの悲鳴が止まりました。気絶したのか、とゼンが見下ろすと、思いがけず青い瞳に出くわしました。メールは、泣き叫んでいるうちに、大丈夫だ、信じろ、と言う声を聞いたのです。

 ゼンを見上げて、メールはうなずきました。

「うん、わかった……信じるよ……」

 相変わらず地下は暗く狭く、後ろからは通路がふさがる気配が伝わってきます。全身が震えます。それでも、メールはもう一言も悲鳴を上げませんでした。ただゼンの胸に顔を埋めます。

 ゼンの内側にふいに熱いものがあふれました。それをことばにすることはできなくて、ゼンはメールを強く抱きしめました――。

 

 ポポロはフルートと一緒にルルに乗っていました。猛烈なスピードで飛ぶ犬の背中から、後ろを振り向きます。暗がりに戻った通路の奥で、ずしん、ずしんと空気を震わせて何かが落ちてくる気配がしていました。通路の魔法が切れて、大地が戻ってきているのです。彼らを追いかけるように近づいてきます。

 と、ポポロは息を呑みました。金の石の光が遠ざかる瞬間、通路の奥がいきなり岩壁になったのが見えたのです。まるで上から岩の扉が降ってきたようでした。一面の岩盤になって、また暗闇に沈んでしまいます――。

 ポポロはとっさに手を伸ばしました。通路を継続する魔法を唱えようとします。

 すると、その手をフルートがつかみました。強い声で言います。

「大丈夫だ――! 魔法は外に出るときのために残しておいて!」

 後ろの通路を岩壁がどんどんふさいでいきます。気配はますます迫っているのに、フルートは決して後ろを振り向きません。ただ前だけを見つめ続けます。

 その時、うひゃぁ! とラトムが声を上げました。ラトムはフルートに抱えられていたのですが、ルルの飛ぶ速度があまりに速かったので、短い上着が風をはらんであおられたのです。もぎ取られるように吹き飛ばされていきます。

「ラトム!!」

 フルートはとっさに手を伸ばしましたが届きません。ラトムの小さな体が後ろへ遠ざかります。

 すると、その上着の襟首を白い風の牙が、がっちりとくわえました。ルルの後ろを飛んでいたポチが、ラトムを捕まえたのです。そのまま口にぶら下げて飛び続けます。

「こ、こりゃまた驚き――いや、助かったぞ、ワン公」

 口癖を寸前で止めて、ラトムが言いました。ポチは何も言わずに笑うようにうなり返しました。ラトムをくわえていて話せなかったのです。それを振り返っていたルルが、ほっとして言いました。

「ポチったら、ラトムに触れるようになっていたのね」

 風そのものの体をした風の犬ですが、仲間と認めた相手だけは、背中に乗せたりくわえたりすることができるようになるのです。すると、フルートが短く笑いました。

「それはルルも同じだと思うよ。この次はラトムに直接君たちに乗ってもらおう――」

 

 きらきら輝く魔金の鉱脈の中も飛びすぎ、彼らはさらに深い場所へと飛び続けました。相変わらず岩壁が通路をふさぐ気配は彼らを追いかけてきます。飛びすぎた場所が次々に岩盤に変わっているのです。決して戻ることができない急降下です。

 すると、突然フルートたちの隣に金の石の精霊が姿を現しました。黄金の髪をなびかせて飛びながら話しかけてきます。

「通路の終わりは扉で閉じられている。魔法の扉だから、君たちでは開けられない。時間もない。ぼくが開けたら、すぐに中に飛び込め」

「わかったわ」

 とルルが飛びながら答えます。

 行く手の終わりに扉が見え始めました。みるみる近づいてきます。金の石が放つ光に虹色に輝く白い扉――オパールの扉です。ルルの上ではフルートとポポロが、ポチの上と口元ではゼンとラトムが、それぞれに扉を見つめました。扉は固く閉じていて、このままでは激突してしまいます。後ろから急速に岩壁が追いかけてきているので、速度をゆるめることもできません。全員が声もなく扉を見つめ続けます。ただメールだけは、ゼンの胸に顔を埋めていて、絶対に外を見ようとしませんでした。

 空を飛ぶ精霊が小さな手を前に突き出しました。鋭く声を上げます。

「開け!」

 とたんに、白い扉の真ん中に筋が走り、扉が左右に動き始めました。きらめきながら、ゆっくりと開いていきます。

「急いで!」

 とルルは思わず叫びました。扉はもう目の前ですが、まだくぐり抜けられるほどの隙間はありません。後ろからは岩壁が迫っています。振り返ればもうそれを見ることができるのです。

 すると、フルートがポポロを抱きしめました。そのままルルの背中に伏せて叫びます。

「横向きだ! すり抜けろ!」

 ルルが即座に体の向きを変えました。左の脇腹を上に向けて横向きになったのです。背中に乗ったフルートたちは、滑り落ちそうになって、必死でルルにしがみつきました。その格好でルルは飛び続け、開いていく扉の隙間に滑り込みました。フルートの兜が扉をこすりましたが、ぎりぎりで通り抜けます。

 それを見たゼンもメールを抱いたまま同じように身を伏せ、ポチは右の脇腹を上にした格好で扉の間をすり抜けました。口にくわえられたラトムも、かろうじて隙間を抜けます。

 精霊だけが扉の前に立ち止まり、両手を腰に当ててつぶやきました。

「岩屋の魔法が弱まっていたようだな。扉の開く速度が遅かった。危なかったな――」

 冷静な表情ですが、どこかでそっと冷や汗をかいているような声でした。

 

 すると、いきなり扉の向こうですさまじい悲鳴が上がりました。メールです。ワンワンワン、と犬たちのほえる声も聞こえます。

 精霊は驚いて、すぐさま扉の向こうへ飛んでいきました。そのとたん、精霊がたった今までいた場所に岩の塊が降ってきました。ずしん、と地響きを立てて通路をふさぎ、オパールの扉を押し戻してしまいます。ポポロの魔法が切れて、地中の通路が完全に消え失せたのでした――。

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