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第5巻「北の大地の戦い」

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プロローグ 崩れる大地

 凍てついた大地。

 降り続く雪、果てしなく繰り返されるブリザード。

 

 真夏にも氷点下にしかならない世界では、降り積もった雪は溶けることがなく、何千メートルもの分厚い氷の層に変わって大地をおおいつくします。雪と氷だけでできた白い白い世界です。

 大地のはずれでは、氷が壁になり、海に向かってそそり立っていました。気が遠くなるような年月をかけて大地をすべってきた氷の層が、海までたどりつくと、せり出して落ちていくのです。その割れて落ちた跡は絶壁になり、落ちた氷は巨大な氷山になって冷たい海を漂います。

 それは何万年もの間変わることなく繰り返されてきた、極寒の地の風景でした。吹きすさぶ風と雪の中、大地は白くそびえ、海へ氷山を産み落としてきたのです。

 

 すると、突然ブリザードが止みました。

 代わりに柔らかい風が吹き出します。春風のような暖かい風です。けれども、凍てついた大地にとって、それは一度も経験したことがない熱風と同じでした。何万年も凍り続けていた大地に、たちまちひびが入り、そこここで氷の裂け目ができます。クレバスです。やがて、クレバスの底からは水の音が聞こえ始めました。大地の表面で溶けた氷が水になり、裂け目の中に流れ込み出したのです。

 水は大地をさらに溶かしていきました。長い時間をかけて落ちていくはずの氷が、みるみるうちに海へせり出し、音をたてて砕けていきます。白い大きな水しぶきが上がって、海がのたうつような波を立てます。海面が氷山でいっぱいになります。

 大地はいたるところでひび割れる音をたて、次々と崩れ始めました。春のような風は吹き続け、氷がどんどん溶けていきます。暖かい空気に周囲の冷たい空気が流れ込み、乱気流が起こります。大地の周りに強い風が吹き出し、真っ黒な雲が空をおおい、海が大荒れに荒れ始めます。降り出した土砂降りの雨が、氷の大地をいっそう溶かしていきます――。

 

 そんな光景を見つめる男がいました。黒ずくめの服を着た痩せた男です。とりたててどこが変わっているようにも見えません。ただ、その薄青い両目は、底知れない冷ややかさをたたえていました。そして、彼がいる場所は大地の上でも氷山の上でもありませんでした。風が荒れ狂い横殴りの雨が降る空中に、浮かぶようにじっと立っていたのです。

 氷の大地は溶け続け、雪崩を打って海に落ちていきます。どどーん、どどーんと雷鳴のような音が空と海に響き渡ります。それは、大地の周辺の至るところからわき起こっていました。

 すると、黒ずくめの男がふいにつぶやきました。

「まだだ……。こんなものでは、まだまだ手ぬるい」

 人のことばを話しているのに、どこか獣の低いうなり声を思わせる声でした。

 男は頭をめぐらして、どこへともなく目を向けました。

「まずは目が必要だな。あらゆるものを見通せる目、闇も光もすべて見渡せる目だ……」

 暗い雨に閉ざされた嵐の中をゆっくりと見回し、やがて、その視線をぴたりと止めます。

「いたな……」

 そうつぶやいてにんまり笑った口の両端から、鋭い牙の先がのぞきました。

 

 次の瞬間、男の姿は空中から消えました。

 あとには嵐に荒れ狂う空と海と、氷の大地だけが残されます。大地は風と雨に溶かされて、激しく身震いするように、地響きを立てながら崩れ続けていました――。

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