「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第4巻「闇の声の戦い」

前のページ

3.泉のほとり

 西に向かって飛ぶ子どもたちの目の前に、森が近づいてきました。木のほとんどない荒野の中で、その場所だけは、大木が隙間のないほど生え、枝と枝を絡み合わせています。獣と怪物と魔法に守られている魔の森です。

 迫ってくる森を見ながら、ポチが言いました。

「ワン、長老が待ってますよ。森の中央の結界が解いてあります」

 魔の森の中央には、金の石に囲まれた泉があります。そこは真冬でも草におおわれ花が咲く魔法の場所ですが、普段は泉の長老の結界で守られていて、人には見ることも入りこむこともできないのでした。

「直行しよう」

 とフルートが言ったので、ポチはいっそうスピードを上げて、森の真ん中へ飛んでいきました。

 フルートとゼンは、ポチの背中から眼下の景色を見下ろしました。空から泉に行くのは初めてです。木の葉が作る緑の海の上を飛んでいくと、穴があくようにぽっかりと木がとぎれた場所があり、その底で泉が空を映して青く輝いていました。泉の縁を取り囲む金の石がまぶしいほどにきらめいています。

 泉に向かってポチがまっすぐに下りていくと、泉のそばに人影が見えてきました。長い白い髪とひげの老人と、光そのもののような銀の髪とひげの立派な男の人です。老人は光の加減で色合いが変わる長衣をまとい、男の人は星のようなきらめきを放つ黒い衣を着て、金の冠をかぶっています。子どもたちは思わず声を上げてしまいました。

「天空王――!」

 すると、黒衣の天空王が空を見上げてほほえみました。

「来たな、勇者たちよ」

 

 子どもたちは泉のほとりに降り立ちました。ポチはすぐに風の犬から子犬の姿に戻ります。

 フルートは老人と王に駆け寄って頭を下げました。

「お久しぶりでございます、長老、天空王様」

 ゼンとポチも深々と頭を下げます。泉の長老は二千年以上にわたって魔の森と泉を守ってきた魔法使い、天空王は空と正義をつかさどる天空の国の王です。二人とも、計り知れないほどの魔力と持った、偉大な自然の王なのでした。

「よう来た、フルート、ゼン、ポチ」

 と長老が子どもたちに話しかけてきました。よく見れば、長老は岸ではなく、いつものように泉の水面に立っていました。長い長い髪とひげの先は、水に同化して見えなくなっています。フルートは、もう一度ていねいに頭を下げました。

「金の石を通じて呼ばれたので参りました。何があったんでしょうか?」

 すると、長老は静かにほほえみました。

「まだようわかっておらぬようじゃな、フルートよ。わしには、金の石を呼び覚ますことも、石でそなたを呼ぶこともできん。金の石が目覚めたのは、石自身の意志によるものじゃ。世界にまた、大きな闇が迫ろうとしておる。それを石が感じ取ったのじゃよ」

「私は別件でここに来ていたのだ」

 と天空王が言いました。

「だが、金の石が目覚めてそなたたちがここに来たのであれば、それも闇の動きと無関係なことではなかったようだな」

 そして、天空王は大きく一歩横へ動きました。すると、その黒い衣の陰から、一人の小柄な少女が現れました。同じ黒い星空の衣を着て、赤い髪をおさげに結っています。少年たちはびっくり仰天して、思わず大声を上げました。

「ポポロ!?」

 天空の国の少女は、宝石のような緑の瞳にいっぱいに涙をためていましたが、少年たちを見たとたん、両手を広げて駆け寄ってきて、フルートとゼンにしがみつきました。

「ルルが、ルルが――!」

 ポポロはしゃくりあげながら言いました。

「ルルがいなくなっちゃったの! どこにも見つからないのよ――!!」

 そう言うなり、ポポロは、わああっと声を上げて激しく泣き出しました。

 

 ポポロはもともと、とても泣き虫な少女です。非常に強力な魔力を持っているのに、なにかにつけ泣いてばかりいて、フルートたちを困惑させます。けれども、この時のポポロの泣き方は尋常でないほど激しくて、少年たちはひどく面食らってしまいました。泣き叫んでいると言ってもいいほどです。

 ポチが彼らの足下からワンワンと大声で吠えました。

「ポポロ、ルルがいないんですか!? いつから!?」

 ルルは、ポチと同じもの言う犬で、風の犬に変身してポポロを乗せて空を飛ぶことができます。けれども、ポポロはとても答えることなどできない状態で、ただただ少年たちにしがみついたまま、大声で泣き続けています。フルートは助けを求めるように天空王を見上げました。

 天空王は難しい顔になりました。

「ポポロが言ったとおりだ。犬のルルがどこにも見つからん。私のこの天空王の目を持っても、海王や渦王の海の目をしても、天空の国はもちろん、地上にも、海の上にも中にも、どこにも姿が見あたらないのだ」

 ゼンはいつの間にか身をひいて、泣いているポポロをフルート一人に任せてしまっていましたが、天空王の話を聞いて、うーん、とうなりました。

「こんなことはあんまり言いたくないけどよ……死んじまって、この世からいなくなっていたとしたら、いくら天空王や海王たちだって見つけられないよな?」

 とたんに、ポポロが悲鳴を上げていっそう激しく泣き出したので、フルートは思わず友人をたしなめました。

「ゼン!」

 ポチも、足下からウーッとうなりました。

「あまり変なこと言わないでくださいよ。ルルが死ぬわけないでしょう!」

 仲間たちからいっせいに非難されて、ゼンは思わず首をすくめました。

 すると、天空王が言いました。

「断言はできないが、死んではいないだろう。例えば何かに殺されて、体も残らないくらい消滅させられたとしても、私にはその存在の痕跡が見えるのだ。だが、ルルに関しては、本当にまったくその存在が感じられない。これが示す意味は二つだ。ルルは我々の目の届かぬ地下に連れ去られたか、あるいは――」

「闇……ですね? ルルは闇のものに連れ去られたのかもしれないんだ」

 とフルートは言って、泣いている少女のかたわらで揺れるペンダントを見つめました。ペンダントの真ん中では金の石が輝き続けています。

 天空王はうなずきました。

「金の石が目覚めて勇者を呼んだからには、何かが始まる。大きな闇が、また世界に魔の手を伸ばそうとしているのだ。ルルはそれに巻き込まれた可能性が高い。なにしろ、ルルは勇者の仲間の愛犬だ。敵からは目をつけられやすい」

 それを聞いて、ポポロがまたいっそう激しく泣き出しました。いくらなだめて落ち着かせようとしても、まるで泣きやみません。無理もありません。ルルはポポロが物心つく前から姉妹のように仲良く一緒に育ってきた家族なのです。

「ルルが、ルルが死んじゃってるかもしれない――!」

 ポポロはむせび泣きながら言いました。

「地面の底に引き込まれて――そこで――死んじゃってるのかもしれない――! イヤよ、そんなのイヤ!! ルル――!!」

 悲鳴のような嗚咽を上げると、フルートの胸にしがみついたまま泣き続けます。さすがのゼンもポチも、慰めようがなくて、ほとほと困った顔になりました。フルートも困惑した様子でいましたが、震えながら泣き続ける少女を見るうちに、ふいにその顔つきを変えました。きゅっと眉と口元を引き締めると、ポポロの両肩をつかみ、強いまなざしで顔をのぞき込みます。

「ポポロ、泣かないでぼくの質問に答えるんだ」

 思いがけず険しいフルートの口調に、ポポロが驚いて、思わず泣き声を飲みました。普段優しいフルートが、怖いほど厳しい顔をしています。涙はまだ宝石の瞳からあふれ続けていましたが、フルートはかまわずに言い続けました。

「東の大海で戦ったとき、君はぼくの声を聞いて駆けつけてきてくれたよね。どんなに小さな声でも、ぼくたちの声なら聞こえる、って君は言ったよね。――ルルは、君のお姉さんみたいな、大事な家族だ。もしも、そのルルが死にそうになっていたら、ルルは君を呼ばないと思うかい? その声は、君に届かないと思うかい?」

 たたみかけるように問いかけてくるフルートを、ポポロは涙ぐんだ目で見つめ返しました。混乱する頭で、フルートが何を言おうとしているのか、必死で考えているようでした。そんな彼女に、フルートはさらに力をこめて言いました。

「君はルルが死にかけて助けを求める声を聞いてないよね? だったら、ルルは大丈夫。まだちゃんと生きているんだよ」

 ポポロが大きく目を見張りました。フルートは安心させるように、大きくうなずき返して見せます。すると、ふいに、ポポロの目にまたどっと涙があふれ出しました。結局やっぱり泣いてしまうのですが、今度は、さっきまでのような恐怖の涙ではありませんでした。

 ポポロがフルートの胸に顔を埋めて泣き出したのを見て、ゼンが肩をすくめてつぶやきました。

「やるなぁ、フルート……」

 

 フルートは天空王と泉の長老を見上げました。

「天と地と海にルルが見あたらないということは、ぼくたちはどこを探せばいいんでしょうか? 地下に潜ってみるべきですか?」

「いや。我々の目には見えなくなっているというだけのことだ。地下以外の場所にいる可能性は高い」

 と天空王が答え、少しけげんそうな顔になったフルートに、説明するように続けました。

「我々は光の一族だ。天空王である私も、海の王である海王や渦王も、ここにおられる泉の長老も、住まう場所は違っているが、もとは同じ光の仲間であり、我々の魔力も光の力から生まれてきている。光と闇は相反する。闇には我々光のすることは見えないし、我々光の一族には闇のすることを見通すことができない。ルルが闇にとらわれていれば、我々の目にはそれは映らないのだ」

 それを聞いて、ゼンがあきれたような声を上げました。

「天空王たちも案外とできないことが多いんだな! 確か、管轄が違う場所のできごとも見えないし手が出せない、って前に言ってたよな?」

 すると、泉の長老が静かに口をはさんできました。

「言ったはずじゃぞ、ゼン。我々は全知全能ではない。おまえたちが意外に感じるほど、多くの制約と契約を抱えておるのじゃ」

 光の国の王も言いました。

「私は確かに天と地の出来事をすべて見ることができる。だが、私に直接手を下すことが許されているのは、天空の国と空の出来事だけだ。私は地上の出来事にじかに関わることを許されてはいない。地上は人や獣たちの生きる世界だからだ。地上に悪しき出来事が起こったときに、私ではなく貴族が降りていくのは、そのためだ。私は、契約の交わされている場所以外の地上には、下りることさえできないのだよ」

 フルートたちは驚いて天空王を見つめました。

「で、でも、天空王はこうして今、地上にいるだろ?」

 とゼンが言うと、天空王は笑いました。

「ここが長老の治める場所だからだ。私にも立つことが許されている場所なのだ」

 フルートは黙っていましたが、謎の海の戦いの時に、天空王が実体ではなく、幻のような姿で海上に現れたことを思い出していました。戦いに、自分自身ではなく、ポポロを通じて力を送ってきたことも思い出しました。あれは、天空王がそういう制約を抱えていたからだったのでしょう……。

 すると、泉の長老が深い青い瞳でじっと子どもたちを見つめて言いました。

「光の一族の中で、ひとりだけ、闇のすることを見ることができる者がおる。その者は、世界の出来事を見通す目を得る代わりに、世界の出来事に関わる力を捨てた。そして、自分を訪ねあててきた者にだけ、知恵と助けを与えてくれるのじゃ。そなたたちはすでに、その者に会っておるのだぞ」

 フルートとゼンとポチは思わず顔を見合わせました。ポポロも、その時にはほとんど泣きやんでいましたが、長老の話を聞いたとたん、顔を上げて叫びました。

「おじさんだわ! 白い石の丘のエルフの……!」

 長老はうなずきました。

「物見の丘の賢者、というのが、彼の本当の呼び名じゃ。あそこは太古の時代に、世界の出来事を知るために作られた物見の丘じゃ。知恵や助けを必要とする者が、求めるものと出会う場所でもある。ポポロが天空の国から地上に落ちたとき、彼の元に現れて助けられたのも、決して偶然ではなかったのじゃよ」

 すると、天空王が厳かな声で言いました。

「勇者たちよ、彼のもとへ行くのだ。物見の丘の賢者なら、そなたたちに知恵を授け、進むべき道を示してくれるだろう。そして、ルルを救い出し、世界に迫る闇の手を追い払うのだ」

 それは正義の王の命令でもありました。子どもたちはまた顔を見合わせると、大きくうなずき合いました。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク