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第3巻「謎の海の戦い」

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28.鬼姫

 岩場の上にメールが立ち上がりました。目を青く燃え上がらせています。

「お黙りってば! それ以上、父上のことを何か言ったら、絶対に許さないよ!」

 けれども、人魚たちは平気です。ますます面白がりながら騒ぎ立てました。

「みんな知っていることよ、鬼姫」

「現に、渦王は何度も海の王妃を手に入れに海を渡っているじゃないの。まあ、毎回海王に追い返されてるけど」

「海王がいない今こそ、本当のチャンスよね」

 メールが真っ青になりました。怒りのあまり、息が止まりそうになっています。

 ところが、メールがどなり出すよりも先に、ものすごい音が響き渡りました。音と共に、岩のかけらが岩場中に飛び散ります。驚いて振り向いたメールと人魚たちの目に映ったのは、岩場の入り口に立つ二人の少年と白い子犬の姿でした。ゼンは片手を岩にたたきつけています。岩場に響いたのは、ゼンが岩を思い切り殴りつけて粉々に砕いた音だったのでした。

 メールが、さっと顔を赤くしました。少年たちに人魚とのやりとりを聞かれていたと気がついたのです。

「いい加減にしろよ、おまえら……!」

 とゼンが息巻きながら水辺へやってきました。

「あることないこと好き勝手言いやがって! 今すぐここに渦王を連れてきてやる! 渦王の前で今と同じ話をしてみやがれ!」

 少年の剣幕に人魚たちはちょっとたじろぎましたが、すぐに意地悪い笑い顔になると、また口々に言い始めました。

「あらぁ、嘘じゃないのよ、チビのドワーフさん」

「渦王は若い頃、海王と一人の女性を奪い合ったの」

「青い貴婦人っていう、それは美しい人。二人は彼女を巡って何年間も戦ったのよ」

「そして、とうとう海王が勝ったの。青い貴婦人は海王のお妃になったんだけどね」

「渦王はそれでもずっとあきらめきれないのよね。隙を狙っては、海の王妃を奪いに行こうとするんだもの」

「かわいそうなのは森の姫。愛されてもいないのに、渦王の奥さんにさせられて」

「やっとできた子どもも、男の子じゃなくて女の子で、跡継ぎにもなりゃしないのよね」

「おかげで渦王の怒りをかって、森の姫はあえなく早死に」

「後に残ったのは、男みたいな鬼姫ばかり」

 きゃぁーっとまた人魚たちがけたたましい歓声を上げました。後に残ったのは鬼姫ばかり、という言い回しが気に入ったのか、何度も繰り返しながら、いつまでも笑い続けています。

 

 メールの顔は、青を通り越して蒼白になっていました。怒りに全身をわななかせながら、人魚たちをどなりつけようとします。

 けれどもまた、それより早くゼンが動きました。近くにあった岩をいきなり高々と持ち上げると、それを海の人魚めがけて投げ込んだのです。どぶーんと音がして、激しいしぶきと波が上がります。さすがの人魚たちもこれには仰天して怒り出しました。

「ちょっと、何するのよ!」

「危ないじゃないの! 茶色のちんちくりん!」

 とたんに、今度はフルートが人魚たちを指さして叫びました。

「ポチ!」

「ワン!」

 ポチは一瞬で風の犬に変身すると、うなりをあげて海の上へ飛び出し、人魚たちの周りをぐるぐると飛び回り始めました。海は激しく泡立ち、人魚たちの黄金の髪が風でめちゃくちゃになります。人魚たちは海の中へ潜り、別の場所に出てきてキーキーと怒りましたが、そこへまたポチが飛んできたので、大あわてでまた海に潜っていきました。

 炎の剣に手をかけながらフルートが叫びました。

「これ以上ぼくの友だちを侮辱してみろ! 炎入りのつむじ風をお見舞いしてやる!」

 すると、ぽかっと黄金の頭が一つ海の上に出てきて、一言フルートをののしりました。

「なにさ、チビ!」

 魚の尾がひらめき、それきり、人魚は海中深く潜っていって、後は浮かんできませんでした。

 

 ポチが飛び戻ってきて、フルートの足下で子犬の姿に戻りました。フルートも剣から手を離します。

 ゼンが、ふーっと大きなため息をついてメールを見ました。メールは上背があるので、自然とゼンが見上げるような形になります。

「おまえなぁ、もう少し友だちを選べよ」

 とゼンに言われて、メールは、たちまちかっと顔を赤くしました。

「馬鹿言わないでよ! 人魚なんかが友だちのわけないじゃないか!」

「それなら、あいつらの言うことなんか気にするなよ。マジに受け取ってたら馬鹿を見るだけだぞ」

 そう言うゼンは、意外なくらいまじめな顔をしていました。

 メールは面食らった表情になると、すぐに、ふんとそっぽを向きました。

「大きなお世話だよ。あんたに何がわかるってのさ。ドワーフのくせに海にまで出しゃばってきたりして。ドワーフならドワーフらしく、山の下で穴掘りしてりゃいいんだよ!」

 女の子の姿形になっても、やっぱりメールは毒舌家です。けれども、ゼンは怒りもせず、ただ、ちょっとだけ笑いました。

「あのな、ドワーフが全員地下にいると思ったら大間違いなんだぜ。森で狩りをしていたって、ドワーフはやっぱりドワーフなのさ」

 メールにはゼンが言っている意味がよくわからなかったようでした。いぶかしそうにゼンを見ましたが、ふいにくるりと背中を向けると大声を上げました。

「あーあ、ホントに面白くないことばっかり! いやんなっちゃうよ!」

 と岩場を出口に向かって歩き出します。

 けれども、フルートのわきを通り過ぎる時、ふとメールは立ち止まりました。

「あんた、友だちを侮辱したら許さない、って人魚たちに言ったよね。どうして自分のことには怒らないのに、ゼンのことになるとそんなにむきになるのさ?」

 海のような青い深い目が、一瞬まともにフルートの目の中をのぞき込みました。

 フルートは穏やかにほほえみ返しました。

「ぼく、君のことも一緒に言っていたつもりだったけど? シルヴァ」

 と、わざと、森の中でメールが名乗っていた名前で呼びます。

 メールは、ぱっと顔を赤らめると、そのまま何も言わずに岩場から出て行ってしまいました。肩を怒らせた後ろ姿が遠ざかっていきます。

 

 フルートがそれを見送っていると、突然、ゼンに後ろから頭を殴られました。

「な……! いきなり何するんだよ!?」

 兜の上からだったので痛みはありませんが、出しぬけだったので、フルートはびっくりしました。ゼンは、不機嫌そうに、ふんとそっぽを向きました。

「別に。なんだか急にたたきたくなっただけだ」

「えぇ? なんだい、それ!」

 フルートは思わず声を上げましたが、ゼンはそれ以上何も言いません。フルートにはさっぱりわけがわかりませんでした。

 すると、同じようにメールを見送っていたポチが口を開きました。

「ぼく、メールをそばで見たのは今日が初めてだったんだけど……淋しそうな匂いがする人ですね。強そうに見えるけど、昔のポポロと同じくらい、淋しい匂いがしますよ」

 少年たちは思わずポチを見ました。ポチが誰もいなくなった海を振り返りながら続けます。

「人魚が言ったことがどのくらい本当なのかはわからないけど、メールはかなり本気にしているんじゃないかなぁ。女の子だから跡継ぎにならないとか、女らしくない鬼姫だとか――。ポポロみたいに、お父さんから嫌われてると思いこんでるんじゃないかしら?」

 ゼンはうなずきました。

「そんなところだろうな……。さっき、人魚たちも言ってたけど、メールのおふくろさんは海の民じゃないんだ。この島の森の民のお姫様だったのさ。それで、メールの髪の色は青じゃなく緑色だし、花使いの魔法なんかも使える。おふくろさんが、やっぱり花使いだったらしいな。海の民は魚と同じくらい泳ぎがうまいんだけど、メールはあまり上手に泳げないとも聞いてる。親父の渦王に反発しているのも、そのあたりが関係している気がするんだな」

 そう言って心配そうな顔をしているゼンに、フルートが言いました。

「君と似てるんだね」

 ゼンは人間の血を引いたドワーフです。今でこそドワーフの洞窟でも一目置かれていますが、昔は本物のドワーフではないと言われ、他のドワーフたちから「タージ」と呼ばれて馬鹿にされていたのです。

 ゼンが苦笑いしました。

「まあな……。あいつが気になるのは確かだ。俺は、親父やじいちゃんも人間の血を引いていたから平気だったけど、あいつは自分一人しかいないんだもんな」

 少年たちは揃ってまた、メールが去っていった方向を眺めました。岩場の入り口からは、濃い緑の森が見えるだけで、メールのほっそりした姿は、もうどこにも見あたりませんでした。

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