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第3巻「謎の海の戦い」

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17.城の前

 城の前の広庭に二本の太い杭が高くそびえていました。

 その上の方に、鉄の鎖で縛り付けられている二つの影があります。小柄でがっしりしたドワーフの少年と、白い小さな子犬です。

 城の牢獄で受けた拷問で、ふたりは体中にひどい傷を負っていました。杭に縛り付けられても、顔を上げる力もなく、ぐったりと頭をたれています。その足下ではヒトデや怪物のような海の生き物たちが、手に手に槍や剣を持って警戒していました。間もなく処刑が始まるのです。空には燃えるような夕焼けが広がっていました。

 城までたどりついたフルートは、その光景を見たとたん、我を忘れて飛び出していきました。

「ゼン! ポチ!」

 大声を上げて駆け寄ろうとすると、渦王の手下の海の生き物たちがいっせいに襲いかかってきました。フルートは走りながら炎の剣を抜きました。

「邪魔をするな!!」

 とどなりながら、飛びかかってくる生き物たちを次々に切り捨てていきます。死体がたちまち炎を吹き上げ、黒い炭の柱になります。

 

 ところが、あと少しでゼンたちのところへたどりつくというところで、行く手に人影が立ちふさがりました。青い髪に青い服を着た大きな男です。それが渦王なのだと、フルートにはすぐわかりました。

「ゼンとポチを返せ!」

 とフルートはどなりました。怒りに体が震えます。

 すると、渦王があざ笑いました。

「やれるものなら、やってみるがいい、ちっぽけな勇者」

 その声に聞き覚えがあるような気がして、フルートは思わず、はっとしました。渦王の黄色い目が、じいっとこちらを見据えています。

 すると、声で気がついたのか、ゼンが頭を上げました。元の形を留めていないほど、顔中が腫れ上がっています。拷問でさんざんに殴られたのです。それでも、ゼンは大声を出しました。

「逃げろ、フルート……! おまえのかなう相手じゃない! この島から離れるんだ!」

 隣の杭に縛り付けられたポチも、顔を上げて吠え始めました。

「ワンワン、フルート! 早く逃げてください! フルートまで殺されます……!」

 ポチの両目はつぶされて、顔中が血だらけになっていました。

 フルートは驚きと怒りで今にも息が止まりそうになりました。友人たちをこんな目に遭わせた渦王が許せませんでした。

「そこをどけ、渦王!」

 と剣を構え直してどなりましたが、渦王は薄笑いを浮かべて、こちらを見ているだけです。

 フルートは声を上げながら渦王に切りかかっていきました。

「やあぁぁっ!!」

 すると、突然、渦王の周りで黒い光が輝き、フルートをものすごい力で突き飛ばしました。フルートの小柄な体が地面を何メートルも転がります。魔法の鎧を着ていなければ大怪我をしたところでした。

 黒い光に包まれた渦王を、フルートは信じられないように眺めました。これは闇のバリアです。かつて、天空の国で魔王と戦ったとき、魔王を守っていた闇の光です。

「まさか……」

 とつぶやくフルートの目の前で、渦王の姿が溶けるように薄れ、別の人物に変わり始めました。青い髪や服が消えて、代わりに黒い髪と服が現れます。口の両端に鋭い牙が突きだし、頭には大きな二本のねじれ角が伸びてきます。

 フルートは立ちすくみました。

 そこに現れたのは魔王でした。黄色い目でフルートを見ながら、またからからと笑います。

「久しぶりだな、チビの勇者よ。まさか、本当にわしが復活しているとは思わなかったか? わしは何度でもよみがえるぞ。おまえたちに半年前の復讐をするまでは、本当に、何度でもな」

 

「逃げろ、フルート! 俺たちにかまうな!」

 とゼンが杭の上から必死で叫んでいました。

「ワンワン、フルート、逃げるんです!」

 と血まみれのポチも叫びます。

 魔王は笑い続けていました。

「逃がすものか。勇者には仲間たちの最後をしっかりと見届けてもらわねばな」

 と片手をゼンとポチに向けます。

「やめろ!!」

 フルートは悲鳴のように叫んで駆け出しました。その周りで、何もかもが突然ゆっくりに変わります――。

 魔王の手のひらから黒い魔弾がいくつもいくつも飛び出してきました。闇の魔法で作られた、黒い光の弾丸です。杭にしばられたドワーフと子犬めがけて飛んでいきます。

 フルートは必死で走りました。音は何も聞こえません。声も聞こえません。ただ、自分の心臓の音だけが、まるで雷鳴のように響いて聞こえてきます。

 魔弾がゼンとポチに迫りました。弧を描きながら四方八方から押し寄せ、あたり構わず貫いていきます。皮膚が裂け、鎖や肉がちぎれ、血しぶきが飛びます。それでも、魔弾は止みません。ふたりの体のいたるところを突き破り、しまいには杭そのものまでも破壊してしまいます。縛り付けられていたふたりが宙から落ちてきます――。

 フルートはやっと仲間のところまでたどりつきました。ゼンもポチも全身血だらけで倒れていました。ふたりとも息をしていません。心臓も、もう動いてはいません。フルートは必死でふたりにすがりついて揺すぶりました。

「ゼン! ゼン! ポチ――!!」

 そんなフルートを押しつぶすように、魔王の笑い声が響いていました。地からわき起こるような、低く楽しそうな笑い声です。

「どうだ、チビの勇者よ。わしの力を思い知ったか」

 そして、それに重なって、また別の声が聞こえ始めました。

「おい……おい。おいったら……!」

 高く澄んだ少年の声です。

 ふいに、フルートの体が見えない手につかまれて、勢いよく引き上げられました。血まみれの光景が遠ざかっていきます。

 そして――フルートは目を覚ましました。

 

 シルヴァの青い瞳がのぞき込んでいました。心配そうにフルートを見ています。

「おい、大丈夫か? ずいぶんうなされてたぞ」

 と言われて、フルートはようやく今のが夢だったことに気がつきました。また、あの悪夢を見てしまったのです。鎧の内側で冷や汗をびっしょりかいていました。

 フルートは、のろのろと体を起こしました。さっき食事をした川のほとりは、眠りについたときと何も変わりがありません。フルートはため息をつくと、兜を脱いで、顔をぬらしていた汗と涙をぬぐいました。

 その輝く金髪と少女のように優しい顔を見て、シルヴァが急にまた意地の悪い表情になりました。

「ほぉんと、大した勇者だよな、あんた。夢でまで友だちを呼んで泣くんだから。感動的な友情だ」

 とからかいます。けれども、フルートはそれには何も答えずに兜をかぶり直すと、留め具を締めました。さらに、背中の二本の剣の帯も締め直すと、リュックサックの上にかぶせるように付けていた丸い盾を外して、左腕に留めつけました。魔法のダイヤモンドでメッキされた強力な盾です。

「おい……?」

 戦いの装備をすっかり整えたフルートに、シルヴァが目を丸くしました。

「ぼくはフルートだよ」

 と今さらながら名乗ると、フルートはあたりを見回しました。森全体が赤みがかった色に変わっていました。夕暮れが近づいているのです。

 フルートは森の少年に尋ねました。

「シルヴァ、渦王の城はどっちだ?」

「あっちだけど……おい、ホントに急にどうしたんだよ?」

 フルートはそれには答えずに、シルヴァの指さした方向へ歩き出しました。少年があわてて追いかけてきました。

「おいったら。何をするつもりなんだ、フルート?」

「決まってる。ゼンとポチを渦王から助け出すんだ」

 その脳裏に血まみれの悪夢がよみがえってきましたが、フルートはすぐにそれを振り捨てました。

 待ってろ、ゼン、ポチ――!

 自分だけに聞こえる声で、フルートは強くそうつぶやくと、渦王の城を目ざして、まっすぐ森の奥へ進んでいきました。

 森の上には夕焼けが広がり始めていました。

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