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第2巻「風の犬の戦い」

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21.馬車

 ゼイールの町の宿を出た後、フルートたちは馬車で王都に向かいました。王都カルティーナまでは馬で約五日の道のりです。安い乗合馬車もあったのですが、乗り合わせた他の客から余計な詮索をされたくなかったので、フルートは大金を払って箱馬車を借り切りました。

 がらがらと車輪の音を立てて走る馬車の中では、誰からも話を聞かれる心配がありません。子どもたちは、ゼイールの町で出会った怪物について思い切り話し合っていました。

「あれは風の怪物だったよね」

 とフルートが言いました。

「犬のような姿をしているけれど、本体は風なんだ。たぶん、風の勢いで切り裂いてくるんだろうな」

「風にそんなことができるのかよ」

 とゼンが驚くと、フルートはうなずきました。

「父さんが言ってた。猛烈な風がつむじを巻いて吹き過ぎていくときに、まるで鋭い刃物に切られたみたいに人や馬の体が傷を負うことがあるんだって。もちろん、普通はそれで死ぬほどのことはないらしいんだけど、あれは風の怪物だったからね。その力を使って人を殺しているんじゃないかな」

「風の怪物かぁ。どうりで剣でも矢でも手応えがなかったはずだぜ」

 とゼンはため息をつきました。

「ワン。それにしても、ものすごい力でしたよね。それに、あのスピード……」

「うん。どうやってあいつを倒すか、それが問題だな」

 と言って、フルートはじっと考え込みました。ゼンとポチは、そんなフルートの鎧を見つめてしまいました。鋭い刃物で切り裂いたように傷がついています。今までどんな攻撃からもフルートを守ってきた鎧が、今回の敵には役にたたないのです。しかも、魔法の剣や弓矢も、まったく効果がありません。いったいどうやって戦ったらいいのか、子どもたちには皆目見当もつかないのでした。

 

 すると、それまでうつむいていたポポロが、おずおずと口を開きました。

「あの……あのね、みんな」

「うん?」

 少年たちは赤い髪の少女に注目しました。そう言えば、ポポロの声を聞いたのは久しぶりのような気がします。前の晩の事件から後、ポポロはずっと何かを考えるように黙り込んでいたのです。

 少女は、少しの間ためらってから、思い切った様子でこう言いました。

「あのね……あたし、あれを知っていると思うの……。あれはきっと、風の犬だわ」

「風の犬!?」

 少年たちはびっくりしました。聞いたこともない怪物の名前です。

「もしかして、ポポロの国の怪物なの?」

 とフルートが尋ねると、ポポロはうなずきました。

「ええ、そう。……でもね、本当は怪物じゃないのよ。とてもおとなしくて、主人の言いつけをよく聞く生き物なの。国王様や貴族の方たちが乗り物に使うのよ」

「あれに乗るのか!?」

 とゼンは目をまん丸にしました。

「だって、あれって風だろう!? あんなもんに乗れるのかよ!?」

「あたしもどうしてかは、よくわからないんだけど……でも、お城の貴族が風の犬に乗って空を飛んでいくところは見かけたことがあるわ。とても優雅できれいで……偉い方々にしか飼えない高貴な生き物なのよ。本当に、人を襲うような恐ろしい生き物なんかじゃないの……」

 それを聞いてフルートは考え込みました。

「ってことは、こうかな……? 風の犬の中に、何かの原因でおかしくなってしまったのがいて、ポポロの国を飛び出してエスタの国の人々を襲うようになった……」

「何かの原因って、なんだ? それに、ヤツは夜しか出てこないんだろう? 昼間はどこにいるんだよ?」

 とゼンが突っ込みますが、フルートもポポロも答えることはできませんでした。

 ポチが口を開きました。

「ワン、ぼくはあの風の犬の目を見たけれど、あれは正気じゃなかったですよ。何かに操られているみたいな目をしてました」

 子どもたちは思わずうなってしまいました。

「そうだった。フルートの金の石が目覚めたんだよな。ってことは、世界中がやばいくらいの危険が迫ってる、ってことなんだよな。そういや、エスタ国王のお抱え占者たちも、見えない力でぺしゃんこにされたし……。ちぇ、ただ風の怪物を倒せばいいってわけじゃないのか」

 とゼンが頭を抱えました。

「風の犬の後ろには、それを操っている真の敵がいるってことみたいだね」

 とフルートも言って、鎧の中からペンダントを引き出しました。魔法の金の石は、ペンダントの真ん中で、きらきらと輝いています。まるで、そのとおり、と言っているようでした。

 子どもたちは、誰からともなく馬車の窓から外を眺めました。街道は森と荒野が連なる中をずっと続いています。行く手遠くに山脈が見えています。王都カルティーナはその山のまた向こうにあるのでした。

「まずは、とにかくカルティーナに着かなくちゃ。そして、近衛隊長とエスタ国王に会わなくちゃね」

 とフルートは、つぶやくように言いました。

 

 フルートたちの馬車がカルティーナに着いたのは、それから六日後のことでした。馬車は馬ほど早く走れないのですが、それでも最大限急いでもらって、ようやく到着したのでした。

 カルティーナはとても大きな街で、周りを八つの丘に囲まれていました。丘と丘の間にはひとつずつ門があって、それぞれに方角の名前がついています。フルートたちの馬車は南西の門をくぐりましたが、そこにあった関所でひっかかってしまいました。

「どこへ行く。名前と身分は? カルティーナに入る目的は?」

 口ひげをたくわえた衛兵が、じろじろと馬車の中のフルートたちを見て尋ねました。立派な箱馬車の中に子どもと犬ばかりというのは、どう見ても不自然だったからです。

 フルートは衛兵に聞き返しました。

「あなたは近衛隊の隊員ですか?」

「いかにも」

 衛兵がふんぞり返って答えると、フルートは言いました。

「では、シオン隊長にお伝えください。ぼくの名前はフルートです。遅くなりましたが、金の石の勇者が参りました、と」

 とたんに、衛兵がなんとも言えない表情になりました。口が、「馬鹿な!」と子どもたちを叱りかけて、何かを思い出したように声をのみ、まじまじと子どもたちを見つめてきます。それから、あわてふためいて関所の奥の建物に走っていくと、上司らしい恰幅の良い軍人を引っぱってきました。

「来たのです! 本当に来たのです、連隊長! 大隊長のおっしゃっていたとおりでした! 本当に子どもだったんです!」

 興奮した衛兵の声が馬車まで聞こえてきます。フルートたちは思わず顔を見合わせました。連隊長がなにかそれに答えていますが、声の調子からみて、何を馬鹿なことを、と部下を叱りつけているようでした。衛兵の声がまた聞こえてきました。

「ですが! 大隊長のおっしゃるとおりなのです! 金の石の勇者を名乗る子どもです! ドワーフのような少年も、白い犬もいます! そして、フルートと名乗っているのです!」

 さらに連隊長が何かを言っています。どうしても信じられないようで、部下の話に耳を傾けようとしません。じれったくなってきたゼンが、とうとう馬車から飛び下りて声を上げました。

「おい、おっさんたち! シオン隊長から話は聞いてるんだろう!? こちとら、ロムドの国からはるばる呼ばれてやって来たんだ。とっとと、ここを通して城に行かせろよ!」

「ゼン」

 フルートが苦笑いしながら馬車から降りました。さらにポチも降りてきて、くんくんと風の匂いをかいで言いました。

「なんだかすごく興奮した人たちの匂いがしますよ。カルティーナの街の方角ですよね。お祭りでもやっているのかな?」

 衛兵と連隊長は、子犬が口をきいたので、ぎょっとあとずさり、改めて子どもたちを穴があくほど見つめました。シオン隊長から、もの言う犬のことを聞かされていたのに違いありませんでした。

 そこへ馬車からポポロが降りてきたので、フルートはそれに手を貸してから、衛兵たちに言いました。

「金の石の勇者とその一行です。エスタ国王の招きでカルティーナに参りました。陛下にお目通りを願います」

 衛兵と連隊長は、ぽかんと口を開け、ただただ子どもたちを見つめていました。

 

 と、突然連隊長が大きな声を上げて額を押さえました。

「なぜ……何故もっと早く来なかった! そうすれば、大隊長もあれほど苦しいお立場には……! いや、だがそなたたちが姿を見せれば、やはり同じことか。そなたたちは、どうしても勇者には見えん! 本当に、そなたたちは金の石の勇者の一行なのか?」

「天と地に誓って」

 とフルートは答え、厳しい顔になって尋ねました。

「何かあったんですか? シオン隊長に何か困ったことでも?」

「大ありだ。今頃、大隊長は陛下からそのお役目を取り上げられておられるかもしれん」

「ぼくたちがなかなか到着しなかったから……?」

 フルートは思わず唇をかみました。追っ手を避けて闇の森を通り抜けてきたので、シオン隊長がフルートの家を訪ねてきてから、すでに三週間が過ぎていました。その間に、シオン隊長は金の石の勇者をつれてこられなかったと勘違いされ、国王から叱責を受けたのに違いありませんでした。

「急いで城へ行け! 今ならまだ間に合うかもしれん!」

 と連隊長はどなり、かたわらの衛兵に言いました。

「おまえは先触れに城に走れ! 全速力だぞ!」

「はっ!」

 衛兵は詰め所に駆け込むと、間もなく一頭の馬に乗って、風のような勢いでカルティーナに向かって走っていきました。

「急げ! 急ぐんだ!」

 と連隊長は子どもたちを馬車に押し込みながらどなり続けました。

「おまえたちが本当の金の石の勇者でなくてもかまわん! とにかく、大隊長をお助け申してくれ! 我らの隊長は、あのお方しかおらんのだ!」

 フルートたちにはかなり失礼なことばでしたが、連隊長の気持ちは伝わってきました。近衛隊の隊員たちはシオン大隊長を信頼していて、大隊長が国王からおとがめを受けることを心から心配しているのでした。

 

 がらがらと車輪の音を響かせながら、馬車が城に向かって走り出しました。丘の関所を越えると、その先は下り坂です。眼下に美しく整備されたカルティーナの街が見えてきます。

 街の中央に雪で作られたような純白の城が輝いていました。エスタ国王の居城です。馬車は、そこをめざしてひたすら走り続けました――。

 

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