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第2巻「風の犬の戦い」

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第2章 花野の少女

6.花野

 一面の花野原でした。

 赤、白、黄、青、ピンク、紫、薄緑……ありとあらゆる色の花が群れをなして咲き乱れ、見渡す限りの地面をおおっています。まるで大地に巨大な絨毯を敷きつめたような眺めです。

「すげえ」

 ゼンがその景色にぽかんと見とれていました。フルートとポチも、あっけにとられて立ちつくしています。ここはもう、ロムドの国の南のはずれ、かつては沼と森が点在する湿地帯だった場所です。エスタ王国の使者から頼まれて旅立ったフルートたちは、一週間かかって、ようやくここまでやって来たのでした。

「ワン……ここ、黒い霧の沼があったところですよね?」

 とポチが確かめるように言いました。半年前、フルートたちはこの場所で黒い霧の中心を目ざし、闇の神殿で敵と戦ったのでした。激戦の果てに神殿は崩れ、沼は消滅して、一帯は草もない荒れ野になったのですが……。

 フルートがしみじみと言いました。

「白い石の丘のエルフが話していたよね。半年後にまたここに来てみるといい、きっと見渡す限りの花野になっているから、って。そのとおりになったんだ」

 魔法の金の石の聖なる光の中で、黒い霧はちぎれて、あらゆるものが消えていきました。その中で大地は清められ、春の訪れと共に荒野は一面の花に埋め尽くされたのでした。もう、闇の神殿があった場所さえわかりません。

 平和を象徴するような花野を眺めながら、子どもたちは感慨にふけっていました。

 

 けれども、いつまでもそうやって眺めているわけにはいきません。彼らは新しい旅に出てきたのです。白い石の丘のエルフに会って、ゼンの弓を直してもらわなければなりませんでした。

 白い石の丘が花野の向こうに見えていました。青空を背景に、柱のような白い石の群れがくっきりと浮かび上がっています。子どもたちはまた馬の背に乗ると、その丘をめざして、花の中を駆けていきました。

「ワン。エルフはまだあの丘に住んでいるでしょうか?」

 とポチが言いました。ポチはフルートの鞍の前に取り付けられた籠に入って、そこから行く手を眺めています。

 フルートは少し心配そうな顔をしました。エルフは闇の神殿で事件が起こることを予兆して、そのすぐ目の前の白い石の丘から神殿を見張っていたのです。神殿が消滅し、敵が消え去ったので、エルフもどこか別の場所に行ってしまったかもしれませんでした。

「いてくれよ、エルフ。これが直らなかったら、俺はすごく困るんだ」

 とゼンが不安そうにつぶやいて、背負っている弓をそっとなでました。

 

 丘のふもとまでさしかかったとき、細い小川に出くわしました。浅い川で、花野の中をさらさらと音を立てながら流れています。それを越えて行こうとすると、ふいに馬たちが鼻を鳴らして足踏みをしました。

「ワン。馬たちが水を飲みたがってますよ」

 動物のことばがわかるポチが、フルートたちに声をかけました。

「あ、そうか……」

「ここまでずいぶん急いで走らせてきたもんな」

 フルートとゼンは馬を止めると、その背中から飛び降りました。白い石の丘は、もう目と鼻の先です。

「よし、ここから先は歩いていこうぜ。ポチ、馬たちにここで休んで待ってろ、って言っといてくれ」

 とゼンは言うと、もう先に立って丘を登り始めました。ポチが籠の中からワンワンと話しかけると、馬たちは嬉しそうにまた鼻を鳴らし、小川の中に入って水を飲み始めました。

「君が通訳してくれるから、すごく助かるな」

 とフルートは言いながら子犬を籠から下ろしてやりました。ポチはそれを聞いて、ぱたぱたっと尻尾を振りました。

「ワン。フルートたちがそう言ってくれるから、ぼく、すごく自信がわいてくるんですよ。今まで、ぼくが人間のことばを話せることを誉めてくれた人は誰もいなかったんです。みんな、化け物だって言って怖がるばかりで……。でも、フルートたちといると、こんなぼくでもちゃんとお役に立てるんだって思えるから、ぼく、すごく幸せなんです」

「ポチ……」

 フルートは何と言っていいのかわからなくなりました。ポチはあまり自分の過去を語りません。けれども、誰かから化け物呼ばわりされたときの反応や、こんなふうに何かのはずみで語ることをつなぎ合わせて考えると、あまり幸せな日々を過ごしてきたのではないことがわかるのでした。きっと、人のことばを話す犬ということで、人間たちからいじめられ、追い立てられてきたのでしょう。ことばが話せるのは、ポチが悪いせいでもなんでもないのに。

 けれども、ポチは尻尾を振りながら元気に言いました。

「ワン、ぼく、先に行ってますね! ゼンの道案内してあげなくちゃ。白い石の丘にエルフがいるかどうか、ぼくなら匂いでわかるから!」

 はずむように丘を駆け上がっていくポチを見て、フルートは思わずほほえみました。過去はどうであれ、ポチが今、幸せそうにしているのは、たまらなく嬉しい気がしました。

 

 ところが、フルートがふたりの後を追っていこうとすると、ふいに背後でガサッと音がしました。振り返ると、花野の中に逃げ込んでいく黒い人影が見えます。フルートは、はっとしました。エスタの近衛隊長が言っていたエラード公の手のものが、フルートたちを見つけたのかもしれません。フルートは身をひるがえすと、すぐさま後を追いました。

 花野の中を人影が逃げていきます。色とりどりの景色の中を、ひとしずくの闇のように、黒い影が走り抜けていきます。フルートは厳しい顔つきになると、走るスピードを上げました。背中のロングソードに手を伸ばし、鞘の中から抜き放ちます。

 人影の背中が、丈の高い花の間に見えてきました。黒い服を着た小柄な人物です。フルートはさらに速度を上げると、逃げていく者の腕をつかんでどなりました。

「待て! 何者だ!?」

 とたんに、大きな悲鳴が上がりました。

「きゃあぁぁ!!」

 ――それは、女の子の叫び声でした。

 

 フルートはびっくりして、自分がつかまえた人物を見つめました。

 フルートたちと同じくらいの年頃の少女です。鮮やかな赤い髪をたらし、裾の長い黒い服を身につけています。この服のせいで黒い影と見えたのです。真っ青な顔をして、今にも泣き出しそうに緑の瞳を見開いています。

「あ……」

 フルートはひどくとまどって、あわてて少女から手を放しました。そして、自分が抜き身の剣を持っているのに気がつくと、ますますあわてて鞘に戻しました。

「ご、ごめん。敵だと思ったんだ……」

 けれども、少女は何も言いませんでした。おびえた顔でフルートを見つめたまま、じりじりとあとずさると、ふいにぱっと身をひるがえして走り出しました。そして、ほんの数メートル行ったと思うと、突然その姿は消えてしまいました。

「……!?」

 フルートは驚いて少女の後を追ってみました。けれども、そこには一面花が咲き乱れているだけで、どこにも人が隠れるような場所はありませんでした。

 

 フルートが丘を登っていくと、途中でゼンとポチが待っていました。

「おまえの声が聞こえた。何かあったのか?」

 とゼンが厳しい表情で尋ねてきました。フルートと同様、追っ手が現れたのかと考えたのです。

 フルートはとまどった顔のまま答えました。

「花の精に会った……んだと思うんだけど……」

「花の精? なんだそりゃ」

 とゼンが聞き返します。

「黒い服の女の子がいたんだよ。そして、突然花の中に消えちゃったんだ……」

 とフルートは自信なげに答えました。なんだか、夢か現実のことか、自分でもわからなくなってきそうでした。

「黒い服を着た花の精だぁ? んなもん、聞いたことがないぞ」

 ゼンに言われるまでもなく、フルートだって聞いたことがありません。フルートは困りきって、もう一度花野を振り返りました。

 けれども、そこでは色とりどりの花が風に揺れているだけで、黒い闇のしずくのような少女の姿は、どこにも見あたりませんでした。

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