「驚いたな！ いつの間に来ていたのさ、ゼン！」
フルートが笑いながらドワーフの少年に抱きつきました。懐かしい懐かしい仲間です。黒い霧の沼の戦いの後それぞれの家に戻ってからずっと会えずにいたので、ほとんど半年ぶりの再会でした。
「ワンワン！ ゼン！ 来ていたなんて、ちっとも気がつきませんでしたよ！」
とポチも飛びはね、尻尾をちぎれるほど振りながらゼンにまとわりつきました。
へへっ、とゼンが笑いました。
「おまえたちをびっくりさせようと思って、風下からこっそり近づいてきたんだ。俺は猟師だから、気づかれないように忍び寄るのは得意なんだぜ。そしたら、なんだか深刻そうな話が聞こえきたんで、そのまま戸の外で聞いていたんだ。で……こっちのおっさんは誰なんだ？」
大国エスタの近衛隊長も、ゼンにかかってはただのおっさん扱いです。隊長はしばらく顔を赤くしたり青くしたりしていましたが、咳払いをすると、ようやく威厳を取り戻しました。
「わしは、エスタ王国の近衛隊長を務めるシオンだ。王都カルティーナに出没する謎の殺人鬼を退治してもらうために、国王の命を受けて、金の石の勇者殿を探しに参ったのだ」
すると、ゼンが鋭い目で隊長を見上げながら言いました。
「それだけじゃないだろう？ まだなんかあるはずだ。家の戸口の前に真新しい血がたれていたぞ。ここで戦いがあった証拠だ。フルートを物騒な動きに巻き込んで、いったい何をたくらんでやがる？」
それを聞いて、隊長はまた絶句し、フルートとポチは感嘆の目でゼンを見ました。ゼンは大人たちの間でばかり暮らしているせいか、こういうことには大人顔負けに頭が回るのです。
「たくらんでいるなどと……人聞きの悪い」
シオン隊長は憮然とした顔になると、うなるように言いました。
「わしを襲ってきたのは、エスタ国王の弟にあたるエラード公爵の手の者だ。エラード公はロムドをことさら嫌っているので、ロムドから金の石の勇者を連れてくるなど、敵の軍勢を我が国に引き入れるのと同じことだと猛反対しておられるのだ。わしが金の石の勇者に助けを求めるのが、なんとしても我慢がならんのだろう」
それを聞いて、ゼンは、ふぅんとつぶやき、こう言いました。
「つまり、エスタの国は殺人鬼の他に、王位を狙って兄貴の言うことを聞かない、ろくでもない王の弟まで抱えて苦労しているわけか。ったく、人間ってヤツはどうしてこういうくだらねえことでケンカばかりするんだろうな。身内ほど醜い争いを繰り広げるんだって親父が言ってたけど、ホント、その通りだよな」
シオン隊長はそれを聞くと目を白黒させて、何も言えなくなってしまいました。実は、本当にその通りの状況だったのです。
ゼンは背伸びをすると、フルートの目をまっすぐのぞき込みながら言いました。
「おい、フルート。こんなヤツの頼みを聞く必要はないぞ。だいたい、近衛隊なら自分たちで殺人鬼を退治しようとするのが本当じゃないか。一度や二度の失敗で金の石の勇者を頼もうなんて、職務怠慢もいいところだ。それに、おまえはエスタの国民じゃない。おまえの王様でもないヤツの頼みなんて、聞いてやる必要はないんだぞ」
「な、な、なんだと……！？」
シオン隊長がはっきりと顔色を変えました。顔中を真っ赤に染めると、突然腰の剣に手をかけます。
「小僧！ 金の石の勇者の仲間と思って大目に見ておれば、聞き捨てのならんことを！ 我ら近衛隊を侮辱する者は、例え子どもでも捨て置かんぞ！」
「はーん。図星さされておかんむりかい。大人げないね。子どもに剣をあげたとなれば、それこそ近衛隊長の名折れじゃないのかい？ それとも、エスタの近衛隊は女子どもにも手を上げるような連中揃いなのか？」
ゼンはますます挑発するように言い続けます。シオン隊長は本気で剣を鞘から半分引き抜きました。
「貴様は人間ではない！ 貴様のような化け物を殺したところで、わしの名には何の傷もつかんわ！ そこに直れ、成敗してくれる！」
「面白い、やってみなよ。人間がドワーフとケンカして勝てるかどうか、すぐに思い知らせてやるぜ」
ゼンは声を上げて笑うと、腰のショートソードを抜こうとしました。
「ゼンったら……」
フルートが、あきれた顔で二人の間に割って入りました。
「やめてよ。今ここでこの人と戦ったって、しょうがないじゃないか。この人はぼくたちの敵じゃないんだから」
「でもよぉ！」
ゼンが口を尖らせてフルートに言い返しました。
「こいつ、信用できないぞ。こいつの口車に乗ってエスタに行ったら、それこそ何をされるかわかったもんじゃない」
「だから、わしは何もせんと言っておる！ ただ、陛下のご命令通り、勇者殿にカルティーナまで一緒に来ていただきたいだけだ！」
とシオン隊長がむきになって反論します。もう大人も子どももありません。
すると、フルートがくすくすと笑い出しました。
「まったくもう、ゼンったら……ぼくが隊長さんの頼みを聞くと思いこんでいるんだから」
ゼンと隊長はびっくりして目を丸くすると、同時に声を上げました。
「違うのか？」
「聞いてはもらえぬと言うのか！？」
片方は意外そうな声、もう一方は非難するような響きの声です。
すると、フルートが言いました。
「いくら行きたくたって行けないんだよ……だって、魔法の金の石はまだ眠ったままなんだもの」
穏やかな笑顔の奥に、ちらりと切なそうな表情がのぞきました。
「あ、そうか……」
ゼンが拍子抜けしたようにつぶやきました。
「そいつを忘れていたぜ。目覚めてなかったんだな？」
「うん。ずっとあのままだよ。だから、ぼくは金の石の勇者にはなれないんだ」
それから、フルートは、意味がわからずにいる隊長を招いて、隣の自分の部屋へ連れて行きました。ゼンとポチも後からついていきます。フルートは自分の机に歩み寄ると、引き出しを開けて、中から金色のペンダントを取り出してみせました。
「これが金の石のペンダントです。真ん中にはまっているのが魔法の金の石なんです」
花と草をかたどった細やかな金の縁飾りの中央に、直径三センチほどの小さな石がはめ込まれていました。その石をつくづくと見た隊長は、不思議そうな声を上げました。
「しかし、これは金色をしておらんではないか。金の石と言うからには、金色をしているのではないのか？ これではまるで、そのぅ……ただの石ころのようではないか」
それを聞いて、フルートはまた笑って見せました。
「金の石は普段はこんなふうに眠っているんです。石が灰色の時には、不思議な魔法の力はまったくありません。石は、世界に危険が迫ったときにだけ目覚めて勇者を呼ぶんです。石はまだ眠っています。だから、今のぼくはただの子どもなんです」
「し、しかし……」
隊長は何かを言おうとしましたが、ことばになりませんでした。
ゼンが吹き出しました。
「なぁるほどな！ どんなに周りの奴らが金の石の勇者を利用したくたって、石が眠っている限りは勇者は現れないんだ。石は本当に世界に危機が迫ったときにしか目覚めないんだからな。へへっ、うまくできてるじゃないか」
すると、フルートはちょっと肩をすくめて見せました。
「うん、おかげで助かってるよ。最初のうちは、怪我や病気を治してほしい、って人がうちに押しかけて来て大変だったんだ。でも、いくら頼み込まれても大金を出されても、できないものはできないんだものね」
「そりゃそうだ」
とゼンがまた笑うと、突然、シオン隊長が声を上げました。
「だが、それではカルティーナの市民はどうなる！？ 夜な夜な現れる殺人鬼に、今日も誰かが殺されるかもしれんのだ！ エスタにはもう、有力な魔法使いや占者は残っておらぬ！ むろん、我らは命の限り街を守る！ だが……敵は姿の見えぬ魔物なのだ！ 我らにはとても力が及ばんのだ！！」
隊長の声は、最後には悔しさのあまり絶叫のようになっていました。誇り高き近衛隊長にとって、自分の部隊の力不足を認めることは、身を切られるように辛いことなのでした。
フルートは、はっきりと気の毒そうな顔になりました。
「すみません。本当はぼくだってなんとかしてあげたいと思います。エスタは敵国だと言われているけど、ぼくは特に恨みを感じてるわけでもないし……。でも、できないものは、本当にできないんです。金の石の力がなければ、ぼくたちは魔物とは戦えません。金の石が目覚めて呼ばない限り、ぼくたちは――」
そこまでフルートが言ったときです。
ふいに、シャララーーン……と澄んだ音が部屋の中に響き渡りました。ガラスの鈴を振るような、耳に心地よい音色です。
そして、フルートが手に持っているペンダントの中央で、小さな魔法の石が光り始めました。みるみるうちに石は灰色から金色に変わり、黄金よりもっとまばゆく、きらきらと輝き始めます。
フルートたちはびっくりして、呆然とそれを見つめてしまいました。
ゼンがうめくように言います。
「おい……マジかよ……」
フルートも目を見張りながらつぶやきました。
「石が目覚めた……」
石はシャララーン、シャララーンと三度繰り返し鳴り響くと、それきり静かになりました。きらめきも吸い込まれるように落ち着いていきます。けれども、石の金色はそのまま残り、窓からの日差しを受けて柔らかに輝き続けているのでした。
ゼンは、そばにあった椅子を乱暴に蹴飛ばしました。
「ちきしょう！ なんで今ここでフルートを呼ぶんだよ！ これじゃエスタに行かなくちゃならないみたいじゃないか！」
「行かなくちゃいけないんだよ」
とフルートは静かに答えました。フルートは金の石の勇者です。石に呼ばれたら、必ずその導く先に駆けつけなければならないのでした。
「カルティーナで起こっている事件は、きっと、エスタの国だけでなく、世界中を危険に陥らせるようなできごとなんだ。ぼくは、行かなくちゃいけないんだよ」
ゼンは、ちっと舌打ちすると、不機嫌そのものの顔つきで言いました。
「俺も行くぞ。おまえひとりで行かせるか」
「ワンワン！ ぼくもついていきます！」
とポチも言いました。
フルートは仲間たちにうなずき返すと、エスタの近衛隊長に向かって言いました。
「ぼくはカルティーナに参ります。そして、陛下に会って、魔物を退治しましょう。……それがぼくの役目だと言うのなら」
シオン隊長は、ことの急な展開にあっけにとられていましたが、それを聞くと、顔を輝かせ、フルートの両手をしっかり握りました。
「そうか……！ 来てくれるか……！！ ありがたい、恩に着るぞ！！」
「ちぇっ。あんたのために行くわけじゃねえや」
ゼンが面白くなさそうに、つぶやきました。
