「しかし、敵を倒すのは決してたやすいことではない」
白い石の柱の上で、エルフが子どもたちに向かって話し続けていました。
「メデューサは今、闇の力で守られている。いくら剣や矢で攻撃しても、その体を傷つけることさえできないのだ」
すると、ゼンが、ふん、と腕組みをしました。最初のうちこそ少し気後れしましたが、もうすっかりいつも通りです。
「どんなヤツにも必ず弱点はあるもんだぜ。メデューサの弱点はどこなんだ?」
敵の強さを聞かされても動じないゼンを、エルフはほほえむような目で見下ろしました。
「闇の石という額の黒い宝石だ。奴はそこから闇の力を取り込んで強大になっている。それを壊せば、奴を守る力は失われ、奴は死んでいく。だが、それも普通の武器ではかなわない。闇の石を壊せるのは、聖なる魔法の武器だけなのだ」
それを聞いてフルートが炎の剣を抜くと、エルフはうなずきました。
「そうだ。その剣ならば闇の石を壊すことができる。ゼンにはこれを与えよう」
とエルフが取り出したのは、三本の矢でした。先端から矢羽根まで銀色で、日の光を浴びてきらきらと輝いています。
「聖なる光の矢だ。あらゆる邪悪なものを撃ち破る力がある。そして、この矢はこの弓でなければ撃つことができない」
エルフが自分の背負っていた弓を差し出したので、ゼンはとまどいました。
「光の矢をもらえるのは嬉しいし、それが素晴らしい弓なのも見ればわかるけど、その弓は俺には大きすぎるぜ。使えねえや」
弓はエルフの身長と同じくらいの長さがあったので、背の低いゼンにはとても構えられなかったのです。
すると、エルフはほほえみました。
「いいから、この弓を受け取るがいい。これはおまえのために準備されたものなのだ」
勧められてゼンがしぶしぶ受け取ると、手の中でいきなり弓が縮み始めました。二メートル近くもあったものが、半分くらいの大きさになってしまいます。ゼンにちょうど良い大きさです。
「ぼくの鎧と同じだ!」
とフルートが言ったので、エルフはうなずきました。
「これは魔法の弓だ。持ち主に合わせて大きさが変わるが、威力は少しも失われない。普通の射手には使いこなせない武器だが、ゼンにならば撃てるだろう」
ゼンはたちまち嬉しそうな顔になりました。
「すげえ! ものすごく強力でいい弓だぜ! ドワーフの洞窟のどんな弓より出来がいいや!」
と、さっそく何度も弓弦(ゆづる)をはじきます。
「弓弦は一瞬で張ったり外したりすることができるし、両端の金具を引くと帯が現れて背負うことができる。ただ、練習が必要だ」
とエルフに言われて、ゼンは弓の弦を外したり張り直したり、帯を引き出してみたりしました。弓弦も帯も使わないときには弓本体の中に収まるようになっていました。やっぱり魔法の道具です。
エルフは、霧のわき立つ方角に目を向けると、また重々しい声になりました。
「闇の神殿には他にもいろいろな怪物が棲みついている。おまえたちはそこを進み、メデューサと戦わなくてはならないのだ。繰り返すが、メデューサのまなざしには気をつけなさい。決して目を見てはいけない。一度石にされてしまったら、金の石の力でも元に戻すことはできないのだから」
「でも、敵を見ないで攻撃するのはすごく難しいです」
とフルートが考え込みながら言いました。どうやったらメデューサを倒せるかと、頭の中で必死に考えていたのです。
「当てずっぽうで射たら、すぐ矢がなくなるしなぁ」
とゼンも言います。
すると、エルフがフルートを見ました。
「国王の占い師がおまえのために道具を選んだはずだぞ」
フルートは目を丸くし、それから、あっと思い出しました。
「鏡の盾だ……! 忘れてた!」
国王の城を旅立つとき、占者のユギルが国王に勧めてフルートに持たせてくれた防具でした。これまで使う機会がなくてすっかり忘れていたのですが、それでも荷物と一緒に走り鳥にくくりつけてきていました。
「鏡の盾にメデューサの姿を映し、それを見ながら攻撃するのだ。鏡に映った目なら、見ても石にされることはない。とはいえ、たやすいことではない。おまえたちは自分の勇気と技量を試されるだろう」
エルフに言われて、うぅん、とフルートたちは考え込んでしまいました。本当に、全然簡単ではありません。でも、それしか方法がないのも確かでした。
「私からおまえたちに助言できることは、これですべてだ。おまえたちのほうで何か聞きたいことがあるなら聞きなさい」
とエルフ言われて、フルートはちょっとためらい、思い切って言いました。
「ひとつだけ、お願いがあるんです」
「なんだ?」
とエルフは聞き返しましたが、その目はフルートの言おうとしていることをすでに承知しているようでした。
フルートは口ごもりながら言いました。
「あの、ポチを……ポチを、ここで預かってほしいんです。ぼくたちが戦いから帰ってくるまでの間……」
「おい、フルート!」
「ワン! そんな!」
ゼンとポチは驚いて同時に声を上げました。
フルートは首を振ると、ポチにかがみ込んで言いました。
「ポチ、やっぱり君は連れて行けないよ。君はそんなに小さいんだもの。メデューサなんかと戦うことになったら、絶対に生きて帰れない。そんな危険な場所に、君を連れて行くわけにはいかないんだよ」
「ワンワン! ぼく、絶対にフルートたちの邪魔はしません! 足手まといには絶対になりませんから……! だから、ぼくを連れていってください!」
ポチは必死で訴えました。犬は泣くことができませんが、もしできたら、きっと大粒の涙を流していたことでしょう。
けれども、フルートはがんとして承知しませんでした。
「ここで待っておいで、ポチ。ここならば霧も怪物も来ないから。ここでぼくたちが帰ってくるのを待って――」
ふと、フルートはことばをとぎらせました。彼らがメデューサを倒して生きて帰ってくる保証は、どこにもなかったからです。
フルートはエルフを見上げました。
「お願いがもうひとつあります。もし、ぼくたちが戻ってこなかったら、そのときにはポチをよろしくお願いします」
「ワンワン! フルート! フルート!!」
ポチはもう泣き声でした。
「嫌です! 嫌です! 絶対にぼくも一緒に行きます! フルートたちがぼくを置いていったら、ぼくは匂いで後を追います! ぼくは犬だもの! 絶対に匂いは見失わないんです! そして、ぼくも一緒にメデューサと戦います……!」
まっすぐな叫びがフルートたちの胸を打ちました。大きな黒い瞳が食い入るように見つめています。
フルートは唇をかむと、ポチから顔をそむけました。ポチがひどく悲しそうな様子になります。
そんな様子に、ゼンはため息をつきました。
「よぉ、連れて行ってやろうぜ……。こいつの気持ち、俺にはよくわかるぜ。本当に俺と同じさ。おまえが好きだから一緒に行って戦いたい。ただそれだけなんだよ」
「だめだ、だめだよ!」
フルートはかたくなに首を横に振り続けました。けれども、そう言っているフルート自身が、ポチに負けないくらい泣き出しそうな顔をしているのでした。
すると、エルフが静かに言いました。
「小さいものが力にならないとは限らない。小さくても役目を負うものはいるのだ。おまえたち自身のようにな」
フルートは思わず返事に詰まりました。確かに、フルート自身が、大人たちから驚きあきれられるくらい、小さくて幼い勇者でした。
エルフは優しく諭すように話し続けました。
「旅の途中で出会ったものたちを大事にするがいい。おまえと旅路を共にするものは、大切なおまえの仲間になるのだから。とはいえ──」
エルフはフルートから目を離すと、ゼンとポチを見ました。
「おまえたちの守りがあまりに脆弱(ぜいじゃく)なのは確かだ。このままでは、フルートも安心しておまえたちを連れて行くことはできないだろう。これを身につけるがいい」
とエルフは帯の中からペンダントのようなものを二つ取り出しました。それは星の形に削られた小さな水晶でした。上に開けた穴に細い革紐が通してあって、水晶の奥では虹色の光がきらめいています。
「お守りだ。魔法の力があるから、おまえたちの身を守ってくれるだろう。ただし過信してはいけない。これをつけていても怪我はするし、死ぬときには死ぬのだから」
エルフが水晶のお守りをゼンに渡したので、ゼンはひとつをポチに渡しました。
ポチはお守りをくわえると、フルートのところへ飛んでいきました。
「ワンワン! ぼくにこれをつけてください! そして、ぼくを一緒に連れて行ってください!」
尻尾をちぎれそうなくらい振っています。
「ポチ──」
何も言えなくなったフルートに、ゼンがにやにやして言いました。
「おまえの負けだぜ、フルート。つけてやれよ」
そこで、フルートはポチの首に水晶のお守りを結びつけてやりました。ゼンも自分の首にお守りを下げて、嬉しそうな顔になりました。
「いいな。なんかフルートの金の石みたいだぞ」
ポチはまた尻尾をいっぱいに振って、フルートたちを見上げました。
「ワンワンワン! 行きましょう! 行って、メデューサを倒しましょう!」
「そうだ! そして、闇の卵とやらをぶっ壊して、霧を追っ払おうぜ!」
とゼンも声を上げます。
フルートもとうとう心を決めました。仲間たちへうなずくと、白い石の上に立ち上がります。
「よし、行こう。みんなで闇の神殿に行って──絶対にぼくたちが勝つんだ!」
丘の上の空はいつの間にか夕焼けに染まり始めていました。太陽から放たれてくる光が、小さな勇者の一行を赤金色に照らします。
「小さな体に大きな勇気を宿す者たちに、星の導きと大地の護りがあらんことを」
エルフが、厳かな声で彼らのために祈ってくれました。