耳をふさぐような連打音と共に、グラージゾが姿を現しました。
ゆるやかな下り坂になった通路の下の方から、真っ赤な頭が見えてきます。二本の青い触覚がせわしく動き回り、六つの複眼がぎょろぎょろとあたりを見回しています。
と、その眼がフルートたちの上に止まりました。ガガガガ……という音がやみます。それはグラージゾの足音でした。何十本という足が歩くときに次々と岩を叩いて、激しい音を立てていたのです。
頭の先の黒いくちばしが、大きく左右に開きました。
キキキキィィィ……!!
金属がきしみ合うような鳴き声が響き渡ります。
剣を手に身構えるフルートの後ろで、ゼンがきりきりと弓を絞って放ちました。茶色い木の矢がグラージゾの頭へ飛んでいきます。
すると、突然グラージゾの体がぐんと大きくなりました。青い長い二本の前足と無数の短い足がついた体が、通路の天井すれすれまで伸び上がります。上半身を起こしたのです。そうした姿は本当に巨大なムカデそっくりでした。
矢はグラージゾの腹に当たってはじき飛ばされました。床に置かれたランプの光に、グラージゾの体が鈍くきらきらと光ります。表面をおおっているダイヤの原石です。
「ちっ。けっこう密に埋め込んでるな」
とゼンが舌打ちします。
グラージゾはちょっとの間、迷うようにゼンとフルートを見比べ、すぐにゼンに視線を定めました。獲物を決めたのです。一瞬頭を後ろに引くと、飛び出すような勢いでゼンに襲いかかります。
「せいっ!!」
フルートがグラージゾの頭に切りつけました。
グラージゾは一瞬早く身をかわしましたが、剣はその首のあたりをかすめました。節だらけの体に、ぼっと火の手が上がります。ダイヤモンドに火がついたのです。
キシシシィィィィ……!!!
グラージゾは悲鳴を上げると、体を大きく左右に振って通路の岩壁にぶつけました。壁に体をこすりつけて火を消してしまいます。
けれども、その隙にゼンは次の矢を撃っていました。
ヒュン……ガキン!
また堅い音がして、矢がはね返されました。 グラージゾは長い年月をかけて、自分の体のほとんどすべての部分を、ダイヤの硬い鎧でおおっていたのです。
ゼンは目を鋭く細めました。
「体を狙っても矢は刺さらないか……。弱点はどこだ……?」
とグラージゾを見回します。
再びグラージゾが襲いかかってきました。狙いはあくまでもゼンです。ドワーフだけを餌と見ているのです。
フルートは素早くゼンの前に立って炎の剣を振りました。剣の先から炎の塊が飛び出していきます。
グラージゾは身を引いて炎をかわすと、警戒するような声を上げました。
キィィキキキィィ……!!
耳障りな甲高い声です。
黒い複眼がフルートのほうを向いたので、フルートは剣を構え直しました。もう一度炎の弾を撃ち出そうとします。
とたんにゼンの声が響きました。
「危ないぞ、フルート!」
声と同時にグラージゾが突進してきました。赤い頭を弾丸のような勢いで突き出して来ます。フルートは頭突きをまともに食らって後ろに吹っ飛びました。
「フルート!」
駆け寄ろうとしたゼンに、グラージゾが襲いかかっていきました。長い前足を振り下ろします。
「うわっとぉ……!」
あわててかわそうとしたゼンの背中に、前足の鎌が命中しました。毛皮の服が裂けて血が噴き出します。
ゼンは悲鳴を上げてうずくまりました。グラージゾの毒がたちまち体中にまわって、しびれて動けなくなってしまいます。
「ゼン!!」
フルートは跳ね起きると、かたわらに伸びていた虫の体へ思いきり剣を振り下ろしました。
グラージゾの体がダイヤの原石ごと切り裂かれて、また火を噴きます。
キキキ、キキキキキィィィ……!!!
虫がのたうっている間に、フルートはペンダントを外しながらゼンに駆け寄りました。体を丸めて倒れているゼンに、金の石を押し当てます。
すると、死人のようだった顔に血の気が戻ってきました。背中の傷もたちまち治っていきます。ゼンはすぐに動けるようになって飛び起きました。
「ひゅう、すごい効き目だな。ありがとよ、フルート!」
フルートはうなずくと、ペンダントを首に戻してまた剣を構えました。
グラージゾはまた岩壁に体をこすりつけて火を消していました。頭を持ち上げて、こちらをうかがっています。
「ヤツめ、炎の剣を警戒してるぞ」
とゼンが言いました。
フルートは炎の剣を高く構えて一歩前に踏み出しました。グラージゾめがけて炎の弾を撃ち出そうとします。
すると、突然またガガガガガガ……と耳をふさぐような足音が響き始めました。グラージゾの体が後ろに下がり始め、あっという間に通路から消えていきます。
「あ、待て、この野郎!」
ゼンはあわてて矢を撃ちましたが、怪物はすでに通路から姿を消していました。
グラージゾの足音が地下へ遠ざかっていきます。
ちっ、とゼンはまた舌打ちをしました。
「逃げたな。地底湖に戻ったんだ」
フルートは炎の剣を背中の鞘に戻しました。
「水の中に逃げられたら、炎の剣の威力も半減するね」
「それがヤツの狙いだろう。あいつの目を見てわかった。あいつ、頭がいいぜ。俺たちと同じくらい、いろいろなことを考えてやがる。作戦を立てて俺たちと戦うつもりだ」
そう言ってから、ゼンは急に声の調子を変えました。
「それより、おまえは大丈夫なのか? グラージゾの体当たりを食らって吹っ飛ばされただろうが。怪我してないのか?」
ああ、とフルートは笑いました。
「なんでもないよ。ぼくの着てる鎧は特別製なんだ。それに、もし怪我をしても金の石が治してくれるよ」
それを聞いてゼンは腕組みをしました。
「確かにその石の効き目はすごいな。あっという間に毒が消えていくのがわかったもんな。でも、いくら鎧や石に守られていたって、痛みは感じるんだろう? 無茶はするなよ」
ゼンは本気でフルートの心配をしてくれていました。それが嬉しくて、フルートはほほえんでうなずきました。
「うん、ありがとう。ゼンも気をつけてね。金の石は怪我や病気は治せるけど、死んでしまった人を生き返らせることはできないから」
「わかった。もう、あんなドジは踏まないぜ」
そう言って、ゼンはグラージゾの去った通路の向こうへ弓を構えてみせました。手にしているのは鋼の矢でした。
「さあ、行こうぜ。ヤツは地底湖だ。今度こそしとめて、力のルビーを取り返してやる」
そこで、フルートは床の上からランプを取り上げ、ゼンと一緒にまた通路を下り始めました。地下へ。グラージゾの待ち受ける地底湖へ、と……。