王の城を旅立って十四日目、フルートはついに北の峰にたどり着きました。
たどってきた道の終わりに切り立った岩壁があって、鉄の扉がそびえています。この奥の洞窟にドワーフたちは町を作り、地下から掘り出してきた金属や石を加工して暮らしているのです。
扉の周辺は一面の雪野原でした。炭の粉を混ぜたような黒い雪が、岩も木も地面もすっぽり包んでしまっています。黒い霧が北の峰の上空まで押し寄せ、黒い雪に姿を変えて降り積もっているのです。霧が雪になったので、あたりの空気は澄んでいましたが、黒く染まった山の頂は、見上げるとなんとも不気味な感じがしました。
フルートは馬から下りて扉の前に立ちました。太い鉄の鋲(びょう)を打ち付けた扉には取っ手がなくて、扉の横に呼び鈴の紐が下がっていました。細い金属の糸を編み上げて作った、いかにもドワーフらしい、手の込んだ代物です。
フルートは呼び鈴の紐をつかんで引きました。……が、何も起こりませんでした。もう一度、力をこめて引きましたが、やはり紐は一ミリも動きません。呼び鈴は寒さで根元から凍りついていたのです。
そこでフルートは扉をたたきました。
「ごめんください! ごめんください! 誰かいませんか――!?」
けれども、何度呼んでも返事はありませんでした。フルートは扉に取りつきましたが、呼び鈴同様、扉も寒さと雪で固く凍りついていて、いくら押しても引いても、びくともしません。
フルートは困り果てました。やっと北の峰の洞窟にたどり着いたのに、こんなところで立ち往生してしまうなんて……。
しかたなく、フルートは別の入り口を探して、岩壁に沿って歩き始めました。黒い雪は切り立った岩肌にも降り積もって、寒さで固く凍っていました。
「まるで誰かが妨害しているみたいだ……」
とフルートがつぶやいたときです。
ひゅっと空を切る音がして、目の前を何かが飛びすぎました。ざくりと雪の壁に突き刺さります。
それは一本の矢でした。茶色い矢羽根がが雪の壁で震えています。
フルートが矢が飛んできたほうを振り向くと、雪が降り積もった大岩の上に、小柄な少年が立っていました。フードがついた毛皮の服を着て革の長靴をはき、矢が入った筒を背負って手には弓を構えています。いかにも猟師の子という格好ですが、肩幅が広くてずんぐりした体型は、間違いなくドワーフでした。
ドワーフの少年は新しい矢を弓につがえながらどなりました。
「おまえは誰だ! 何をしに来た!?」
フルートは少年に向き直りました。
「ぼくはフルート。仲間を捜しに、ここまで来たんだ」
「仲間?」
少年はうさんくさそうな顔をしました。
「人間がドワーフの洞窟に仲間捜しに来たって言うのか? そんな話、聞いたこともない。怪しいな」
「ぼくは……」
フルートが説明のために近寄ろうとすると、足元の雪にまた矢が突き刺さりました。
「むやみに動くな!」
と少年がまたどなります。
フルートは眉をひそめましたが、すぐに目を丸くしました。足元の矢は雪から這い出てきた虫を突き刺していたのです。赤っぽい茶色の体に緑の斑点の、ムカデのような虫です。
岩の上から少年が飛び降りてきました。
「ゴジゾ。地面に住む毒虫だ。服の隙間からもぐり込んできて、刺されたら半月は動けなくなるぞ」
そう話しながら矢を雪から引き抜き、虫を遠くに払い飛ばします。フルートを刺そうとしていた毒虫を、めざとく見つけて退治してくれたのです。先ほど目の前に矢を放ったのも、フルートを立ち止まらせるためだったのでしょう。
「あ……ありがとう」
フルートは礼を言いました。このドワーフの少年は、ぶっきらぼうでも、悪い人物ではないようです。
少年がフルートの目の前に立ちました。焦茶色の髪に茶色の瞳。背丈はフルートの肩のあたりまでしかありませんが、顔つきやしぐさはフルートと同じくらいの年頃に見えました。
少年のほうでもフルートの顔をじろじろ見ていたので、フルートは兜を脱いでみせました。
とたんに少年は驚きました。
「なんだ、まだ子どもじゃないか! おまえ、いくつだよ?」
「来月で十二才になるよ」
とフルートが答えると、少年はますます目を丸くして驚きました。
「俺は再来月(さらいげつ)で十二才だ。同い年かよ……。それが何をしにこんなところに来たって? 仲間って、なんの仲間だよ」
「ぼくの故郷のロムド国を、謎の黒い霧がおおっているんだ。ロムドではもう一ヵ月も太陽が出てきていないし、霧はますます広がっている。霧はここまで流れてきて、黒い雪になってるよ。ぼくは霧が湧き起こっている源まで行って、霧を打ち払わなくちゃいけないんだ。でも、ぼくひとりじゃできない。国王様の占い師に、ここに来れば仲間を見つけられると言われたんだ」
とフルートは正直に話しました。何故だか、このドワーフの少年は信用できるような気がしたのです。
少年はフルートをまじまじと見つめ、それから、用心するように尋ねてきました。
「おまえ、いったい何者だ? もしかして王様の子どもか何かか?」
「まさか」
フルートは思わず笑いました。
「ぼくは普通の子どもだよ。お父さんはシルの町で牧童をしてる。ただ、ぼくには金の石の勇者の役目があるんだ」
「金の石の勇者? 聞いたことがないな」
少年はつぶやくように言うと、くるりと背中を向けました。フルートに手招きします。
「ついてこいよ。俺の親父に会わせてやる。親父なら石のことも知ってるだろう」
と先に立って歩き出しますが、急にまた立ち止まって振り返りました。
「そういや名前を言い忘れていたな。俺はゼン。北の山脈の猟師の子どもだ。よろしくな」
そう言って、少年はにやりと笑いました。茶色の丸い瞳が、いたずらっぽく輝きます。
「よろしく、ゼン」
とフルートもにっこり笑いました。
このドワーフの少年とは良い友だちになれそうな予感がしました──。