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第1巻「黒い霧の沼の戦い」

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4.勇者志願

 フルートは馬に乗って、街道をずっと進み続けました。

 普段なら旅人や行商人が行き交う街道も、黒い霧のせいで、ほとんど人通りがありません。時々小さな町や村を通り抜けましたが、どこでも人は灯りのついた家の中でじっと息を潜めているようでした。

 夜が来ると、あたりは目の前にかざした自分の手さえ見えない暗闇に包まれました。月や星が出ればいくらか景色が見えるのですが、黒い霧が空も地上もおおってしまっているので、まるで見通しがききません。しかたなく、フルートは街道脇で野宿をすることにしました。

 火をおこして焚き火(たきび)をしようにも、何も見えないので薪(たきぎ)を集めることもできません。フルートは手探りで馬を木立につなぐと、荷物の中からパンと水筒を取り出して簡単な夕食をすませ、マントにくるまって地面に寝転がりました。

 フルートは野宿は初めてではありません。お父さんの手伝いをして、牧場で牛の番をしながら寝たことが何度もあります。道ばたの地面は固かったのですが、二、三度寝返りを打つと、昼間の疲れもあって、たちまち眠りに落ちてしまいました。夢うつつで誰かの話し声を聞いたような気がしましたが、眠気の方が勝って確かめることができませんでした。

 

 話しながらやって来たのは、二人組の人物でした。長い衣のような服を着た男女で、長い木の杖を握っています。彼らは街道の両端を歩いていて、時々杖で道の端をとんと突いていました。すると、突かれた場所が一瞬ぽうっと光って二人を照らし、また暗くなっていくのでした。

「これで街道には邪悪なものが入り込めません。獣も怪物も街道は避けるでしょうが、効果のほどはどうでしょうな。どのくらい持続するでしょう」

 と男が言うと、もうひとりが答えました。

「魔法で護れるのは街道とその近くの場所だけだし、闇にさらされるうちに効果が薄れるから、完璧とも言えない。だが、それでも助かる人は多いはずだ」

 まるで男性のような口調ですが、声は女性です。

 すると、男が寝ているフルートに気がつきました。

「おや、こんなところに子どもがひとりで寝てますぞ。旅の途中らしい」

「この霧の中をか?」

 と女は驚いたようにフルートをのぞき込み、少し考えてから、フルートの上に杖をかざしました。淡い白い光がフルートに降りかかって消えていきます。

「守護魔法をかけておいた。どこまで行くのか知らないが、これで目的地に無事に着けるだろう。さあ、先を急ぐぞ」

 と女は言い、彼らはまた作業に戻っていきました。街道の両脇へ杖を突きながら西へ遠ざかり、やがて杖の光も見えなくなってしまいます。

 フルートはぐっすり眠っていて、男女のやりとりにも自分にかけられた魔法にも、まったく気がつきませんでした。

 

 朝が来ると、空に黒い太陽が昇って、霧の中に景色が見えるようになってきました。目を覚ましたフルートは、パンと水と干し肉で簡単に朝食を取ると、また馬に乗って進み始めました。

 薄黒い霧は、どこまでも続いています。こんなに暗いとオオカミが現れそうな気がしましたが、どこまで行ってもそんな危険には出会いませんでした。

 その日一日、フルートは食事や休憩のために時々立ち止まるだけで、ひたすら進み、夜が来ると道ばたでまた野宿をしました。

 そして、三日目。フルートはゴーリスと来ようとしていたビスクの町に着きました。

 ここにも黒い霧はたれ込めていましたが、大きな町だけあって、通りのあちこちにはかがり火がたかれ、店が開き、人々が通りを行き来していました。

 フルートは残り少なくなっていた食料を買い足し、水汲み場で水筒に水をいっぱい詰めると、あとはどこにも寄り道をせずに街道に戻りました。

 心なしか、黒い霧が少しずつ濃くなってきているようでした。時間が経てば経つほど、フルートの胸騒ぎが強くなってきます。

「急がなくちゃ……」

 フルートはつぶやくと、ビスクの町を抜け、国王の城がある都目ざして進み続けました。

 

 そんなふうに旅を続けて六日目の朝、とうとうフルートは王都ディーラに到着しました。

 小高い丘の上に周囲をぐるりと石壁で囲まれた街があって、街の中央に高い塔のある立派な城が見えます。それが国王の居城のロムド城でした。

 ディーラに入るには衛兵がいる門をくぐらなくてはいけません。衛兵は旅人や戦士の格好の人々に声をかけて目的を尋ねていましたが、フルートは子どもだったので誰かの連れと思われたようで、あっさり通過できてしまいました。

 門をくぐると、街並みの向こうに城の尖塔が見えました。フルートは大通りを通って城を目ざしました。

 王都の城下町はさすがに賑やかで、ビスクの町よりもっとたくさんのかがり火がたかれ、人々は薄暗い霧の中でも普段通りの生活をしていました。広場ではものを売り買いする人たちの声が賑やかに飛び交い、裏通りからは子どもたちの遊ぶ声が響き、教会からは神へ捧げる歌声が流れてきます。けれども、よく聴いてみると、その歌声は黒い霧が早く空から消えて日の光がまた地上に降り注ぐように、と神に祈っているのでした。

 どんなに平気そうに見えても、やっぱりみんな不安なんだ、とフルートは考えました。急がなくては、という気持ちがますます募ります。

 ところが、ようやく城門の前にたどり着いたフルートは、びっくりして目を丸くしてしまいました。

 城門の前に百人以上の人が集まっていて、ずらりと列を作って並んでいたからです。がっしりした体格の、見るからに強そうな男性ばかりで、大半が鎧兜(よろいかぶと)をつけた戦士でした。暗い霧の中でも、その場所だけは霧をはねのけるような、むっとする熱気に包まれています。

 フルートは馬から下りると、列の一番後ろの人に話しかけました。

「あのぅ……これは何の行列なんですか?」

 振り返ったのは全身はち切れそうな筋肉の背の高い男性でしたが、小さなフルートを見ると、声を立てて笑い出しました。

「おやおや! 君が金の石の勇者なのかい!? これはまた、かわいらしい勇者もいたもんだ!」

 フルートは、いきなり金の石の勇者と言われてどきりとしましたが、すぐに自分がからかわれていることに気がつきました。

「もしかして、おじさんも金の石の勇者なんですか?」

 と用心深く聞き返すと、男の人は目を丸くしました。

「おっと。おじさん『も』と来たか! では、やっぱり君も金の石の勇者志願なんだな。こいつはたまげた!」

 話を聞きつけて、前に並んでいた人たちが振り返りました。面白そうにじろじろフルートを眺めて話しかけてきます。

「おいおい、チビさん。ここは国王様に呼ばれた勇者が順番待ちをしているところだぞ」

「おまえは十年早い。十年後に出直してこい」

「小姓の受付窓口はあっちだ。さあ行った行った」

 やっぱりフルートはからかわれています。

 フルートは眉をひそめました。

「おじさんたちはみんな金の石の勇者なんですか? 魔法の金の石って、そんなにたくさんあるの?」

 すると、男たちはどっと笑いました。

「もちろんあるとも。ほら、これが俺の金の石だ」

「俺様のはこれだぞ。本物の金塊だ。すごいだろう」

「なんだ、そんなのは大したことがない。私のは魔金だ。ダイヤモンドより丈夫な、魔法の金だぞ」

 男たちは口々に言いながら、自分の服や荷物の中から金色の石を取りだして見せ合いました。中には、ただの石を金色に塗っただけのものを持っている人もいて、フルートはすっかりあきれてしまいました。

「そんなの、魔法の金の石じゃないでしょう」

 と思わず言うと、男たちはいっせいにまた笑いました。

「魔法の金の石なんて、ただのおとぎ話だ。本当にあるわけがないだろう」

 と最初にフルートと話した男の人が言いました。この人は、金によく似た黄銅鉱という金属の塊を持っていました。

「国王は強い勇者が欲しいのさ」

 と別の男が言いました。

「ああ、強力な軍隊を作るという噂だな。隣のエスタ国と戦争が始まるというじゃないか」

「この黒い霧も、エスタ国の魔法使いの仕業(しわざ)らしいぞ」

「やっぱりな。こちらの視界を奪って攻撃を仕掛けるつもりなんだろう」

「では、いよいよ全面的にエスタと開戦か──」

 大人たちの話は、いつの間にか隣国の陰謀と戦争の話題に移っていました。

 フルートは黙って話に耳を傾けながら、頭の中で状況を整理しました。どうやら、多くの人がこの霧を隣の国からの魔法攻撃だと考えているようです。国王が金の石の勇者を召喚したことも、隣の国と戦うための軍隊を作る口実だろうと思われて、こうして腕自慢が城に集まっているのです。

『でも……』

 とフルートは心の中でつぶやいて、そっと服の上からペンダントを押さえました。

 魔法の金の石は、おとぎ話でも何でもなく、ここに実在しています。そして、フルートは正真正銘、本物の金の石の勇者なのです……。

 フルートは、大人たちにさんざんからかわれながらも、黙って列の最後に並び続けました。

 

 そして、そんなフルートを、城の見張り門の上からじっと見つめる黒い影がありました。

「やっと金の石の勇者が来たか」

 影はそうつぶやくと、滑るように門の上の窓から姿を消していきました。

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